おばさんのスマホ
電車に乗って通学していると、ふと他人のスマホが目に入ってしまうことがある。
そんなプライベートなものを見るのはあまりにモラルに欠けているので、基本的には目に付いてしまってもサッと逸らすようにしている。なにより、自分が見られたら嫌だし……
しかし、時折、どうしてもその画面から目を離せなくなることがある。きっと皆様にも一度くらいはあるだろう。今日はその話をする。
どうしても目を離せなくなる他人のスマホ、その大半がおばさんやおじさんのスマホだ。
わかるだろうか?若者のスマホなんてチラリと見てしまっても微塵も興味が湧かない。だって自分も同じようなものみてるし。YouTubeやらNetflix、インスタ、Twitter(Xともいう)、その画面に映し出されているものは私のそれとほとんど変わらない。だから視界に入っても意識が反応しないのだ。
しかしおば/おじさんのスマホは違う。まず文字のデカさが違う。一度とんでもなくデカい文字サイズに設定されているのを見て、「むしろ見えずらいんじゃないか」とすら思ったことがある。文字サイズの分、改行がたくさんされていてスクロールの回数が明らかに増えているから。
使ってるアプリやサイトも違う。私のバイト先には系列店で使えるポイントアプリがあって、ダウンロードしていただくためのQRをレジ横に設置しているのだが、おばさんのお客様がまじで怪しすぎるQRコード読み取りサイトを開いていてびっくりした。案の定、そのQRコードを読み込むと広告が流れ、その広告を誤タップしたおばさんが「このアプリであってる?」と聞いてきた。そんな美少女ゲームなわけねぇだろ。
と、このように、我々はおば/おじさんのスマホを見ると「違うもの」と認識し、意識が向いてしまうことはご承知いただけただろうか?つまりここまでは私のモラルに欠けた行動をなんとか正当化させようと(できてない)した言い訳である。
さて、先日大学から帰る途中、ふと目に付いたおばさんのスマホがある(以下、そのおばさんの個人情報保護のため、一部フェイクを混ぜた文章になっている)。
まず、目に飛び込んできたのはiPhoneにデフォルトで入っているメッセージのアプリだ。そう、私はメッセージなど使わない。LINEやインスタのDMが主流となる中、そもそもメッセージが誰かの主要な連絡手段になっていることが驚きだった。
次に飛び込んできたのは、ビックリするくらい長文のメッセージ。そのおばさんが送っている内容も相手が送っている内容も、双方が長くて、喧嘩でもしてるのかと思った。しかしチラリと視界に入ったのは、おばさん側が送信した「自分軸を持てるのはすごい!」という一文だった。少なくとも喧嘩では、ない。
もう一度チラリと見た。「3回目で自分軸を持てるのはすごい!」だった。これは、なるほど。怪しい。有料のセミナーですか?怪しいよ。
どうやらそのおばさんは、恐らく別のおばさんに対して「自分軸」に関する催しに勧誘し、お礼のメールにさらに返信している最中だった。この目の前にいるおばさんも「自分軸」を持っているのだろうか?と思った。
もう一度見た。先程のチャットとは違う相手に変わっていた。会話の相手はおばさんに向かって「アサイーにチャレンジしたんだね!この勢いで春菊にもチャレンジしてみない?」と、促している。……違かった。このおばさんは自分軸を持っている人ではないのだ。自分軸があったら恐らくそんな勧誘を受けないし、こんな風にあからさまに返信の手が止まったりしない。そうだ。おばさんの手は明らかに先程よりも止まっている。春菊チャレンジへの迷いが見て取れる。
そんな中、電車のアナウンス。もう私は降りなくてはならない。
おばさんも同じ駅で降りた。階段を下り、乗り換えのホームに向かっていると、目的の電車がもう到着しかけていた。10分も待たずに次の電車が来ることを考えて、私は無理に走らなかった。
すると、私の肩にかけていたトートバッグにドン、という軽い衝撃があった。
あのおばさんだ。おばさんは小走りで私を軽く押しのけながら抜かしていった。
これが、おばさんなりの「自分軸」なのだ。私は納得した。彼女は間違いなく自分軸をしっかりもっていたのだ。
彼女の後を追うように、私もホームに到着した。
おばさんは、間に合ってなかった。
