写真から自己理解を深めてみる── 無意識を意識する
写真を撮るとき、
私はいつもふっと宙を仰ぎます。
息を整える、というほど大げさではないけれど、感覚のスイッチを入れる感じ。
メンバーシップでは「自己理解」や「自分の軸」の話をします。発信を始める前に、まず自分を知ることが土台になる、と。
そう書いていますが、
最近は、それをいちばん教えてくれるのは写真かもしれない、と思うのです。
内観やジャーナリングのように、机に向かって言葉を探す時間も好きです。
でも写真は、もっと日常の中にあります。
暮らしの途中で、立ち止まる。
ただそれだけでいい。
レンズを向けた先に、何を見つけたのか。
どんな気持ちで、シャッターを切ったのか。
そこには、言葉になる前のわたしが、たしかに映っています。

ここ最近で撮った中で、いちばん好きな一枚です。
(我が家ではなく義実家です。小さなフォトエッセイ『Yチェアを知った日。』のアイキャッチに使った画像。)
やわらかい光。
窓辺のグリーン。
午後のゆったりした空気。
撮っているときは無意識。
「なんかいいな」とだけ感じてる。
でも、この写真は、わたしが「こうありたい」と思う時間で満ちています。
言葉よりも先に、
わたしの願いや価値観を、そっと差し出してくる。
撮った一枚を眺めながら、
「ああ、わたしはこれを大切にしたいんだ」と、心に落ちる。
昔、とても忙しかった頃の写真を見返すことがあります。
枚数的にはほぼ無いに等しいんですけど、
そこにはなぜか、水の写真が数枚残っていました。
山奥の湧水池や、澄んだ流れ。

この写真も、当時はただ
「きれいだな」と思って撮っただけ。
でも、今振り返ると、
きっとあの頃のわたしは、癒しを求めていたのだなと思います。
透明な水の中に、
自分の疲れを溶かしたかったのかもしれない。
あれから十年以上が経ち、
「いいな」と思う瞬間にも、少しずつ変化が生まれています。
その変化に気づくこと自体が、
小さな自己理解なのだと思います。
特別な技術はいりません。
うまく撮る必要もない。
ただ、自分の心が動いた瞬間に気づいて、
そこに置いておく。
それをあとで見返すとき、
写真は小さな鏡になって、今の自分を映してくれます。
暮らしの中で出会う光や色や気配が、
少しずつ私の輪郭を教えてくれる。
そんなふうに思いながら、
今日もまた、何気ない一瞬にカメラを向けています。
💭今回は、ちょっとエッセイ風にしてみました。
昔の写真と今のお気に入りの写真を見たとき、「ああ、あの頃と今って求めているものがぜんぜん違うな」って思ったんです。
それを言葉にしてみたくなりました。
写真はいつだって日常の記録であると同時に、心の記録でもあって。
その積み重ねが、あとから振り返ったとき、自分を理解するための地図になってくれるのかもしれません。
【おまけ】

ピンが甘くなってしまった写真ですが、好きな一枚。
これもまた、わたしが大切にしている時間です。

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