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「どこに住むか」より大切だったもの

これは、80代になった両親が、「住み替え」を考える中で、自分たちが大切に思っていたものに気づいていく物語。

そして、当時56歳だった私が、母からの1本の電話をきっかけに、親のために奔走した日々の記録でもある。


母からの1本の電話

「あのね、ゆくゆくはお姉ちゃんたちの近くで暮そうかな…なんて思ったりしてね。」

2024年7月。梅雨入りしたというのに異常に暑い日が続いていた午後、母からの電話で全ては始まった。

母の言う「お姉ちゃんたち」とは、私と私の2つ下の妹のこと。私たち姉妹は、場所は離れているものの同じ東京の西部に住んでいる。母からすれば同じような場所に思えるのかもしれない。

ゆくゆくはって言うけど、どのくらい先の話なんだろう。

というのもこの時点で父は83歳、母は80歳。今はまだ何事もなく日々を元気に過ごしている両親の先々のことを考えなくはない。でも、自分事として捉えているかと言われれば全然で、かなり漠然とした想像しかしていなかった。

「私たちに何かがあったときにすぐに来られないでしょ。それにね、お姉ちゃんに車で往復させるのも心配なのよ。」

確かに、私の住む家から実家である両親の家までは、どんなにスムーズでも車で1時間半、電車を使うとゆうに2時間を超える距離。遠いとは言い切れないが決して近くはない。

母からの電話で、急に両親の先々のことがぐっと身近に引き寄せられて、頭の中がじわじわと占領されていく。こうなるともう行動せずにはいられなくなるが、何から考えて良いのか全くわからない。

父も母も今のところ元気に暮らしている。

母は、大好きだった歌の教室を辞めて、今度は体操の教室に通っている。教室が休みの日は、スマホに送信される動画を見ながら体を動かしていた。

父は、少し行けば豊かに広がる自然の中を、毎日歩いている。ガラケーからスマホに買い替えたときに「万歩計はついているか」と心配していた。

「とりあえず、そっちに行くから」
とだけ返して、日を改めて実家に向かった。

両親の不安と娘の不安

実家のリビングの入口(撮影:母)
家族写真が飾ってある

実家で両親を前にして、話を聞く。

両親、特に母は80歳になってから、何かあったときに娘たちにすぐに来てもらえないという不安を抱えていたようだ。

母から電話をもらってから実家に来るまでの間に、私も何もしなかったわけではない。

今の両親の状況と、これから先に何が起こり得るのかを、少し具体的に考えてみた。そして、ネットを調べても情報が多すぎるので、体験者の本を買って読み、なんとなくではあるが住み替えの手順は頭に入れてきた。

「でも、迷っているのよ。ずっとここで暮らしてきたしね。この歳で新しい場所に移るのはどうなんだろうって」と、母。

そりゃそうだろう。
40年以上もここに住んでいるのだから。私自身、ここが両親の終の棲家だと思ってきた。それが今覆されようとしている。

「パパはどう思っているの?」

普段から寡黙な父だが、この日はさらに口数が少ない。やっと口を開いたと思ったら、「パパは動きたくないな」と一言。

え?何この展開。母は迷っていると言ったけど、迷うも何も父の気持ちはまだそこまでいっていないという状況。もしかして、母は父を説得して欲しくて私に電話をしたのか。まあ二人の関係性を考えるとそれもあるのかもしれない、と思いつつ、私の気持ちも言わせてもらった。

「住み替えの話は別として、これからの暮らしのことって考えてる?」と切り出した。

一番は車だ。実家は、住宅地ではあるが、少し行けば緑や畑が広がるのんびりとしたところにある。ただ、駅やスーパーなどから遠く、バス便などもない立地であるため、車ありきの暮らしだ。

私がまだ実家に居た頃は、最寄り駅までは自転車か徒歩だった。徒歩だと、10代の足でどんなに速く歩いても25分はかかった。

そういう立地だから、車に乗らなくなればたちまち生活が不便になる。父は83歳。そろそろ免許返納が見えてくる年齢だ。

今回、私が話したかったのはそこだった。父はどう考えているのだろう。

でも、動きたくないというのだから、きっと私と同じように、これからの暮らしを漠然としか見ていないのだろう。無理もない。だって、今は自分たちだけで何でもできるのだから。

それでも、ここでうやむやにしたらせっかく突っ込んで話せる機会を失うことになる。

「今は元気だからね。でも元気なうちにしか動けないよ。いつかは車に乗れない日が来る。必ずやってくるその日のこと、それからの暮らしのことを一緒に考えようよ。」

少しドキドキした。
父は、昭和を生き抜いた企業戦士という言葉がぴったりな人間だ。寡黙だがいつも筋が通っており、父が口を開く瞬間は娘の私であっても怖い。

3人の間に沈黙が流れる。
そして、父が急に立ち上がった。

実家の査定

「もしもし、家の建築でお世話になったT木です。担当の方いますか?」

何を思ったのか、急にどこかへ電話をする父。
父はいつもそうだ。

── 数年前のこと。

以前、父は、SUVの大きな車に乗っていた。
実家に帰ったときに、「タイヤ、減ってないか?見てくれよ」というので見たら、亀裂が入っており、車検時に交換した方がいいことを提案しようとしたことがある。

でも、私は、父の年齢も考えて、車を買い替えたらどうかと思っていた。

「ねえパパ。もうすぐ車検なら、タイヤじゃなくて車を買い替えたらどうかな。もう少しコンパクトで最新の安全装備がついているものに。」

言ってしまってから、言い過ぎたかもしれないと少し後悔もした。すると、父は無言で電話をし始めた。

「もしもし、あ、Y君?T木です。いや~Y君、私もね、ついにその時がきたようだよ。」

Y君とは、父がお世話になっているディーラーの担当者。まだ若いんだそうだ。

ついにその時がきたってどういうことよ、もしかして免許返納?と思っていると、電話の向こうのY君も同じことを思ったらしい。

それを受けて父は、「違うよ。そういう意味じゃなくて。もっと小さい車にしようと思ってさ」と。なんとも紛らわしい言い方である。Y君もさぞ言葉選びに苦慮したことだろう。心中お察しする。

結局、父はこの電話の1週間後には新車を契約した。自分で提案しておいてなんだが、父のこの行動力には驚かされる。

実家のリビング(撮影:母)

父は、今の家を建てた住宅メーカー、S社に電話していた。

「もしもし、Mさん?いや、今度ね、娘のそばで暮らそうかと思ってさ。うん、それでね、この家売ったらいくらになる?」

いやいや、バイクや車じゃないんですけどって思わず突っ込みたくなる行動力。

その時、黙って聞いていた母がボソッと「パパはお姉ちゃんが言うとすぐ動くんだよね」と。

まるで、私の言うことなんてちっとも聞いてくれないという母の愚痴のようにも聞こえるが、聞こえなかった振りをして「それにしてもパパって行動が早いよね」と同意を求めてみた。

すると、「行動の速さは誰かさんと一緒でしょ」と母。

え、なんで機嫌が悪いのよ。流れとしては母の希望に沿っていると思うんだけど、と、ちょっと納得がいかない。とにかく電話が終わるのを待った。

実家は、40年以上前に購入し、私たち姉妹が独立後に1回建て替えている。夫婦だけで暮らすことを考えて、4LDKから2LDKにし、収納スペースを増やした。

その時にお願いしたのがS社。父が言うには、そのS社にこの家の情報が全部あるから、だいたいの査定はすぐに出るはず、とのことだった。

父の言う通り、1週間も待たずに査定結果が出た。その額は、私の住む街周辺で、多くを望まなければ2LDKのリノベーション済み中古マンションをギリギリ購入できるかもしれない額だった。

両親の場合、都市部から自然豊かな場所へ移るのではなく、その逆。だから、この査定結果は、住み替えられるかどうかの最低ラインになる。

父の行動には驚かされたが、まずは実家がいくらで売れるのかを知らなければ、住み替えの話はできない、ということなのだ。

この結果を受けて、父は少し不満そうだったが、母の表情は少し明るくなったように見えた。

住み替えの予算

母は、すでに新たな土地への期待があるようだが、その前に住み替えの予算を決める必要がある。

買い先行か売り先行か?S社の担当のMさんに実家に来ていただき、いろいろと尋ねてみる。実家が売れるのを待ってから住み替え先の物件を買うのか、それとも、物件を購入して住み替えて、実家はゆっくりと売れるのを待つのかを決める必要があるとのこと。もちろん、賃貸という選択肢もある。

実家が売れるのを待っていたら、住み替えがいつになるのかは不透明だ。でも、ここで焦ると希望の金額よりも安くなってしまうことがあるとMさんは言う。理想は、先に物件を購入して住み替えて、実家は希望の金額で売ることなのだそうだ。

「というと、父の年齢ではローンは組めないから…」と、私が口を開きかけたところで、間髪入れずに「現金一括購入になります」とMさん。

そのやり取りを聞いていた父が、落ち着いた声で「現金で買いますよ」と。この一言で、今まではどこかふわふわとして現実味のなかった話が、一気に輪郭が描かれたかのようにくっきりとしてきた。

予算は、実家の査定額と同額。先に物件を購入して、実家は時間がかかっても希望の金額で売る。

その日から、物件情報とのにらめっこが始まった。

住まいの希望とお金の現実

住む場所は、私の家から近い距離にすることで一致。いわゆる「近居」である。

今は、親世帯と子世帯が日常的に行き来できる距離に住むことを「近居」というのだとネットの情報で知った。

妹もいるが、彼女はフルタイムで働いているので、比較的自由に動ける私の家の近くがいいだろうということになった。

最寄駅から遠くても、バスが頻繁に来る場所なので、それは問題ない。少し行けば、何でも揃うショッピングセンターも、病院も、市役所などの公共施設もある。車を手放しても便利に生活はできる。

戸建て、もしくは新築マンションがいいという母だったが、予算的には2LDK~3LDKのリノベーション済み中古マンションが、現実的な選択だった。

もっと希望を叶えてあげたいとは思いつつも、現実を目の当たりにして、予算を最大限に活かすことしかできないと、少し申し訳ないような気持ちになった。

何十件もの物件情報を、目を皿のようにしてチェックする毎日。そうしているうちに、私はひとつのある答えにたどり着いていた。

両親の場合は、生活に便利な立地を取って、築年数や広さ、リノベーションに折り合いをつける。もしくは、部屋の住みやすさ(広さ、新しさ)を取って立地を諦めるかのどちらかだ。

そしてついに、3件の物件に絞られた。

第一希望の物件Aは、私の家から徒歩圏内。歩いてすぐのところに公園、大型スーパーやドラッグストア、バス停がある。少し古いマンションだが、3LDKのフルリノベーション物件で、予算ギリギリ。敷地内の駐車場はすでに満車だったが、この辺りは駐車場が多く、困ることはない。

「このスーパーまでは、この道を使うと最短でいけるんだ」「ウチまではこの道でくれば、ゆっくり散策しながら来られるよ」と、なぜか、私の夫がかなりノリノリで物件周辺の調査をしてくれた。暇さえあれば時間帯を変えて、実際に歩いていろいろなことを確かめてくれた夫には感謝しかない。

帰省した際に、両親にそんな様子も含め伝える。すると、「パパさ、自分で決められなくってさ」と、父が口を開いた。

父の迷いと母の勇み足

どういうことだろう。もしかしたらやっぱり住み替えはやめたいということかもしれない。もちろん、無理を強いるつもりはない。両親の人生だ。一瞬そんなことを思いながら、次の言葉を待った。

「K子に電話したんだよ。パパは自分で決められなくてさ。」

K子おばちゃんは、父の妹で、東京に住んでいる。私たち姉妹も何度も家に遊びに行った記憶がある。

「そうしたら、K子に、何悩んでんのよ、まひろちゃんの言う通りにしなさいよ、って言われたよ。」

父は、そう言って、ばつが悪そうに笑った。

その言葉を聞いて、少しぐっときてしまった。昭和の強い父親というイメージがぴったりな父の、意外な一面を見たような気がしたからだ。

後で母に聞いたら、ずいぶん悩んでいたらしい。いろいろな思いがあったのだろう。

ふと思い返せば、父が高齢になって、ガラケーをスマホに変えたとき、パソコンを新調したとき、車を買い替えたとき、そのどのときも私の意見を一番に尊重してくれていた。今回は、家だ。残りの人生を過ごす場所だ。

父の迷いを知って、私も気持ちを新たにした。

一緒に話を聞いていた母が、「実はね…」と話し出す。そんな話を聞いた後だから、自然と背筋が伸びる。

「ママね、百貨店の友の会を解約してきたの。」

え、なに?話を理解するまでに少し時間がかかった。

要するに、住み替えたら地元のデパートには行けないから、入っていた友の会を解約したということ。「え!もう?まだどうなるかわからないんだよ?」と言ったものの、母の中ではすでに新たな生活が始まっているのだろう。

「気が早いんだよ。まったく。」
ため息交じりの父の言葉に、苦笑いするしかなかった。

物件Aの内覧

その日はうだるような暑さで、一歩外に出るだけで汗が吹き出すようなそんな日だった。

数日前、住宅メーカーS社のMさんが、物件Aの詳細を調べてくれて、担当してくれることになった。Mさん曰く「この条件でこの価格はかなりお得だと思います。もしかしたらもう売れているかも」と。

人というのは年齢など関係なく、こういう言葉にもれなく弱いものだ。早々に内覧することになった。

そして、当日。Mさん自らハンドルを握り、社用車で両親を連れてきてくれるという。私は物件のマンションの入口で待っていた。約束の時間に40分ほど遅れてやってきた両親。

「あら、お姉ちゃん、汗びっしょりじゃない。大丈夫なの?」

母のその言葉に、ぬるくなったペットボトルの水を飲み干し、「大丈夫、若いから」と少しおどけてみせた。

80代になって、この暑さの中、知らない土地へ訪れるのはなかなかできることではないと思う。

ちょうどこの日は、マンションの会合が開かれているらしく、1階の会議室のような部屋に人が出たり入ったりしていた。

このマンションは1階と3階の2つの物件が売りに出されていた。1階の方が3階より300万ほど安い。どちらも内覧したいと思っていたが、残念なことに1階は売れてしまったそうだ。

階段で3階に上がる。階段も、各戸の扉が並ぶ廊下も思っていたより狭かった。304号室の前に来て、Mさんが、間取り図に記された情報と照らし合わせて大きく頷くと、鍵を差し込んだ。

扉が開かれ、玄関と、そこから続く廊下が見えた。

理想と現実

立地は申し分なかった。フルリノベーションされた部屋は綺麗だった。でも、今思えば入った瞬間に結果はわかっていたような気がする。

実家の家に比べてすべてがコンパクトだ。玄関も、トイレも、お風呂も、キッチンも。天井も低く感じる。それはわかっていたことだが、図面で見るのと実際にそこに身を置くのとではずいぶん違う。

304号室に足を踏み入れたとき、両親から伝わる温度が急速に冷めていくのを感じた。すべてを確認して、父は、内覧者用に設えてある椅子にゆっくりと腰をかけ、窓の外を見ながら言った。

「パパたちにここに住めっていうのかい?」

その口調は、誰を責めるでなく、どこまでも穏やかだった。
そして、その言葉がすべてだった。

マンションを後にし、Mさんにお礼を言って、そのまま1人で帰っていただいた。もうお昼を過ぎてお腹ペコペコだったので、両親を私の車に乗せ、駅直結の百貨店に向かう。

両親は何も言わなかったが、涼しい店内で、好物の天ぷらを食べて、買い物もすると少し落ち着いたようだ。

「お疲れさま。疲れたでしょ。自宅まで送るから。」

私がそう言うと、「いいよいいよ、電車で帰るから、大丈夫」と母。でも、その顔には明らかに疲労が見て取れる。

「2時間かけて?その荷物を持って?そっちの方が心配だわ。いいから、送っていくから。」

帰り道、後部座席の母が、「現実を見たね。厳しかったわ」と一言。そして、「でも、ちゃんと動いたからわかることってあるのよね」とも。

確かに、実際に動いて、見て、わかることはある。でも、今回は、高齢の両親を振り回しただけだったんじゃないか、もっとできることはあったのではないか、私は自分の至らなさを感じていた。

助手席の父は何も言わず、ただ窓を流れる景色を眺めていた。

80代両親の「どこに住むか」より大切だったもの

両親は、今でこそ、そこそこ豊かな暮らしをしているが、最初からそうだったわけではない。

父も母も、高校を卒業して、地方から上京し就職。私が生まれた頃は、借家住まいだった。母は、私が小学校低学年までずっと内職をしていて、高学年になると、外に働きに出た。2人で懸命に働き、這い上がるようにして今の暮らしを実現させたという背景がある。

特に母は、私が幼い頃から「ソファのある暮らしがしたい」と言っていた。それだけ、自分が住む空間への理想や憧れがあったのだと思う。父は、少し高くても「長く使える良いもの」を選びなさいと身をもって教えてくれた人だ。それはきっと家にも言える。今の実家は、おそらく人生をかけて共に作り上げた2人の理想に近い家なのだろう。

母が手入れしている庭(撮影:母)

後日、改めて帰省したときに、ようやくいろいろと話ができた。

「もう少し、予算を高くしても良かったの」と、お茶を淹れながら母が口を開く。

「でも、思ったのよ。この家よりも良い家ってある?って。」

ソファに腰を下ろし、入れたお茶を私の目の前に置きながら続ける。

「そんなに広い家じゃないし、庭だって狭いけど、パパとママにとってここは最高の場所だってわかったの。」

「便利な立地も魅力的だった。でも、どこに住むかよりも、大切なのは住み心地なのよ。」

「わかっていたはずなんだけど、改めて実感したというか。だから、本気で住み替えを考えて良かったと思ってるの。」

母のその言葉を聞いて、ようやく肩の力が抜けた。

帰り際、父に呼ばれた。
「まひろ、本当にありがとう。いろいろ助かった。」

滅多にお礼など言わない父からの予想外の言葉に、胸が詰まってしまい「うん」と頷くのが精いっぱいだった。私はただ右往左往していただけなのに。

次の言葉が見つからず、母の方を向いて「で、友の会はどうなったの?」と、今関係ないことが口を突いて出てしまった。

「また、入りなおしたわよ。でも、ご近所さんに言わなくて良かったわ~!」

え。まだ何も決まっていないのに、言おうとしていた母に驚かされる。

それを聞いて父が、「まったく。気が早いんだよ」と、呆れながらも、少し楽しそうに笑って言った。

どこかで聞いたセリフだ。


上段の置物は、私が小学生のときに作ったペン立て
姉妹の写真、孫たちの写真も飾られているサイドボード


あとがき

あれからもうすぐ2年。両親は相変わらず元気でいる。でも実を言うと、だからといって、私の中から住み替えという選択肢が消えたわけではない。

「でもね、お姉ちゃんがそばに居たらきっと甘えてしまって、どんどん年を取ってしまいそうな気がするのよ」という母に、「もう十分年を取っていると思うけど?」と言うと、「あら?そうだったわね」と笑う。

確かに、今は、娘たちが離れているからしっかりしなければ、と思うのかもしれないし、それは良いことなのかもしれない。

それでも、私の心のどこかに、まだ「住み替え」の選択肢はくすぶっている。今回の経験は、これで終わり、ではなく、きっと始まりなのだと思っている。


今回、母に、このエッセイを書くことを伝え、家の写真が欲しいと言うと、快諾してくれた。文中の写真はすべて母がスマホで撮影したものだ。

ガラスに父や母の顔が映りこんでいるものもあり、思わず笑ってしまった。それはここには出せないが、良い時間になった。


※登場人物や会社の名前はすべて仮名です。

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