そうか、これがしくみか。#06|「夢」をちょっと深掘りしてみたいひと
心の軽やかさと楽しい気分を届けてくださっているクリエイター「よしひろ」さんが、フォロワー1000名到達イベントを開催しています。
まずは、フォロワー1000名達成おめでとうございます!もう見たら1060名になってました。勢いが凄いです。
イベントのテーマは、「夢」に関するnote記事を、タグ #企画かくカク書く企画をつけて投稿することです。
夢かあ。(遠い目) なかなか年齢重ねると「夢」って難しいですよね。小学校の時は、「夢は怪獣になることです」とか言ってたんだけどな。
やっぱりここは「考察」じゃない?
ふつうに、「死ぬときは土俵の上で」とか真面目に夢を語ってもいいのですけど、やっぱりこのnoteは、「考察と思考整理を楽しむ。note」なので、ここは「夢」を考察してみようではないですか。
ところで「夢」ってなに?
タイトル「そうか、これがしくみか。」略して「そこしく。」は、こんな日常に浮かんだ疑問や気づきを、ものの構造をいつも気にしてしまうひとが、無駄に考察していき、95%わからないことを、40%くらいわかるところまで追いかけるシリーズです。軽くユルく進めますので、のんびりお付き合いください。
夢の定義
まず、辞書を引く。「夢」とはなにか。(出典:デジタル大辞泉)
睡眠中に、あたかも現実の経験であるかのように感じる一連の観念や心像。
将来実現させたいと思っている事柄。
現実からはなれた空想や楽しい考え。
心の迷い。
はかないこと。たよりにならないこと。
これらが「夢」としてあげられているのですが、共通の概念は何かと考えると、ところどころ含まれている「現実」との距離ですかね。少なくとも現実と夢は違うものと捉えられているはずです。
そうすると、疑問が浮かびます。どのくらい現実と離れてると「夢」というのか。だって、1分先の未来のことを「夢」とは誰も言わないと思うの。
デカルトの夢論法
まずこの現実と夢の区別について、調べると最初に出てくるのは、1641年に哲学者のデカルトが発表した「省察」というのがあります。
デカルトは最初こう疑いました。「夢も現実も同じくらいリアルに感じる。だったら今が現実かどうか、確かめようがないのでは?」
その後、こう答えを出します。「現実は出来事がつながって続くが、夢はつながりが途切れる。だから区別できる」。つまり、見分け方は『鮮明さ』ではなく『つながりの有無』というのが結論です。
要は夢も現実もその場では区別できないってことですね。つながってるから現実で、途切れてるから夢。

現代の神経科学
じゃあ睡眠の夢に限って、現代科学ではどうみているのでしょう。
現代科学でも、夢の中では現実と区別できないとされており、その理由は脳の働きで説明されています。レム睡眠中は、脳の中で「これは現実か?」と判断する前頭前野の働きが弱まり、外からの情報も遮断されるため、脳は内側で生じる感覚を現実だと思い込んでしまう、と。
つまり区別がつかないのは哲学の問題ではなく、判断機能そのものが生理的に止まっている状態なのです。
心理学・精神医学にも「現実検討」という同じ働きを指す概念があり、これがレム睡眠中に止まっているのが夢の状態だと捉えれば、神経科学の説明ときれいに重なります。つまりこちらも夢と現実が区別がつかないという意味になります。
さて、困りましたね。夢と現実の区別がつかなくなってしまっています。
夢と現実の間
でも実際は、睡眠で見る夢に限っても、わたしたちは夢と現実を区別できています。それはなぜなのか?
現代の神経科学では、目が覚めると前頭葉の働きが戻り、止まっていた「現実検討」の機能も再び動き出すとされています。起きたあとに夢の中身を現実と比べてみて、つじつまが合わないところから「あ、あれは夢だった」と判断できる、という流れです。
心理学でもこの仕組みは研究されていて、1993年に認知心理学者マーシャ・ジョンソンらが、人は記憶の文脈・鮮明さ・話のつながり・自分で考えた感覚といった特徴から、「実際に体験したことか、頭の中で起きたことか」を見分けていると整理しました。
実際の研究でも「夢の内容は切れ切れで、話のつながりが弱い」という特徴が確かめられていて、デカルトが示した「つながりの有無で見分ける」という考えが、脳のしくみの面からも裏付けられた形になっています。
ここから先は

300円の買い切り型マガジンです。このマガジンには、タイトル「そうか、これがしくみか。」略して「そこしく。」を収録しています。答えのないテ…
気に入っていただけましたら応援お願いします! いただいたチップは、創作のエネルギーにさせていただきます。
