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サンダーボルツとストレンジャーシングス最終シーズンvol.1,2感想

お久しぶりです。
年末にかけてゆっくりサンダーボルツとストレンジャーシングスの最終シーズンvol.2まで鑑賞できて、感想を書いてみようかと思い立ったので書いてみます。

※以下強烈にネタバレなので、観ていない人は読まないでください。

設定や出ている俳優はほぼ異なる2作品ではあるものの、敵との対峙の仕方や扱うテーマはめちゃくちゃ似ているなと思った。

そして社会からはみ出していると感じている人たち、自分だけの力ではどうしようもないことで傷つけられた、傷ついた人がどう世界と対峙していくのか、という点が似ているなと思った。

サンダーボルツはいわずもがな元ヴィランか大変な出自の殺し屋しかいないし、ストレンジャーシングスも他者との違いに悩むティーンエージャーや異能者という最も普通の人との違いに悩む者のドラマとなっている。

そして、世界とは結局自分で自分の中に答えはあるということがどちらの物語にも共通している。

サンダーボルツでは、闇落ちしてしまったボブが
自身も含めて各々が持つ心の中のトラウマの記憶に周りの人たちを閉じ込め始める。ストレンジャーシングスでもヴェクナは精神世界に子供達を閉じ込め、マックスはヴェクナ自身、そして自分が関わる記憶を彷徨うことになる。

この場合、サンダーボルツは自身のトラウマの記憶が主体であるのに対して、ストレンジャーシングスはヴェクナの記憶であることが少し違うが、結局ヴェクナの記憶は辿っていけば自身が襲われた時のトラウマの記憶となり、トラウマと対峙していくという辿り方としては似ているのではと感じた。

トラウマである記憶の部屋から他の記憶の部屋へ移る方法も両者とも共通しており、とてもユニークで面白い。

物理的に壁を破壊することで次の記憶に移るのだ。

え、なんか元の自分を抱きしめてあげるとかそういうのではないんだ??というのが新しくてよかったし、何だか爽快だった。

結構大胆にぶち壊された記憶の部屋から、元の世界に戻るのはある意味逃げっぽくもあるのだけども、ぶち壊して進んだっていいよねっていう。

確かに自分が自分に向き合って抱きしめてあげるとかもあるかもしれないけど、
自己完結はしないメッセージをあえて出しているように思う。

この2作品では明確に誰かの言葉が自分の心の背中を押してくれる構造になっている。

ボブにはエレーナが、ウィルにはロビンが。
マックスにはホリーが。他にも沢山思い出すとキリがない。

自分の中で眠っている感情や拠り所みたいな意思が奥底にあって、それをふとした瞬間に他者の言葉をキーにして見つけられたとき、

少し勇気を持って他者に考えを打ち明けたり、行動してみることで世界(自分)は何か変わるかもしれないよっていう希望を見せてくれてる作品なんじゃないのかなっていうのは両者とも共通していた気がした。

結局人と関わる中でどんな言葉をかけようとも、それが相手の支えになるかなんてわからないけど、自分が生き抜いて感じた言葉は誰かを救うかもしれないんだなと思ったし、逆も然りなのかもしれないとも強く思う作品になっていて、

この近いタイミングで2作品を観られてよかったなあと思う年末でした。

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