【続・自己紹介】3年半経ったので、今の自分を書いておく
自己紹介を書き直してみることにした
3年半前にも、自己紹介の記事を書いた。
3年半前。
こうして書くと
なかなかの時間である。
当時の自分が何を書いていたのか
改めて読み返してみた。
なんというか、だいぶ切実だった。
いや、今が切実ではないという意味ではない。
人間、生きていれば大体いつも何かしら切実である。
ただ、当時の私は今よりもう少し
自分の立っている場所が分からなかったのだと思う。
仕事を辞めさせられ
生活が大きく変わり
肩書きもなくなり
自分が
何を好きだったのか
何をしたかったのか
そういう「過去に置いてきたもの」を
ひとつずつ拾い直している途中だった。
そして3年半近く経った。
劇的に人生が変わりました。
大成功しました。
今では毎日シャンパンを開けています。

……みたいな話は
残念ながら、ない。
8桁稼いでたり
会社売ってFIREしたりも
していない。
けれど、3年半前よりは少し、
自分の扱い方が分かってきた気がする。
ちょっぴり大人になったのか。
大人の階段を登ったのか。
何を書くと楽しいのか。
何を考えていると
時間を忘れるのか。
何に救われているのか。
そういうものが、
前より少しだけ見えるようになった。
多分、ちょっとだけ。
名前のこと
noteでは「豹子頭 林冲」と名乗っている。
元ネタは、北方謙三の『水滸伝』に出てくる
林冲である。
好きなのだ。とても好きなのだ。
「豹子頭」という響きも好きだし、
林冲という男のあり方も好きだ。
もちろん、私自身が林冲のように
強いかと言われれば、そんなことはない。
どちらかと言えば、すぐ立ち止まるし、
たまに台所で鍋を見ながら
人生について考えている。
ただ、名前というのは不思議なもので、
名乗っているうちに少し背筋が伸びる。
「こうありたい」と思うものを、
少しだけ自分の前に置いておく。
私にとって、この名前は
憧れとともに、そういうものなのだと思う。
ちなみに、愛犬の黒柴には
「百里風」という名前を付けている。
これも『水滸伝』由来である。
作品では雄の黒馬なのだが
私の百里風は雌の黒柴だ。
性別なんていいんだよ
込められた思いなんだよ。
何を書いているのか
このnoteでは、わりと色々なことを書いている。
日々の中で笑ったこと。
妻とのこと。
百里風のこと。
ゲームのこと。
本のこと。
パソコンやガジェットのこと。
AIとのやり取りのこと。
そして、ときどき自分のこと。
統一感があるようで、ない。
ないようで、たぶんある。
自分では、日常の中にある
「ちょっと引っかかったもの」
を書いているつもりでいる。
大事件ではない。
世界を変えるような話でもない。
ただ、生活していると
妙におかしいことがある。
少しだけ胸に残ることがある。
言葉にしないまま流してしまうには、
もったいない気がするのだ。
そういうものを拾って、文章にしている。
たぶん私は、何かを大きく語るよりも、
小さなことを
「いや、これってさ」
と言いながら眺める方が向いている。
書くことについて
文章を書くのは好きだ。
そこは変わってない。
ただ、当時は憧れでしかなかった
「ライター」という肩書きが
ちゃんと自分の一部として
息づいてきたのかな
とも思える。
ただし、自分のことを書くのは苦手である。
昨日書いたものも
結構悩みに悩んで
書いたのだ。
自分的には割と好きだけど
どうだろうか?
え、やっぱり、キモい?
(´・ω・`)ショボーン
こうして自己紹介を書いている時点で、
すでに少し困っている。
自分のことは、自分ではよく分からない。
他人のことなら、まだ書ける。
この人はこういうところが面白い。
この言葉はこう届く。
この文章はここが良い。
そういうことなら、わりと考えられる。
けれど、自分のことになると急に難しい。
何を書けばいいのか。
どこまで書けばいいのか。
そもそも自分を紹介するほど、
自分は何かになれているのか。
そんなことを考え始める。
ただ、最近は少し思う。
自己紹介というのは、
立派な自分を見せるものではなく、
「今の私は、こういう途中にいます」
と置いておくものなのかもしれない。
完成品ではなく、途中経過。
それなら、少し書ける気がする。
今の私は、こんな途中にいる
四年前の私は、たぶん自分を
立て直そうとしているところだった。
今の私は、何だろう。
書くことで
暮らしの形を作っている途中。
好きなものを好きなまま
言葉にする練習をしている途中。
自分に向いていることを
少しずつ探している途中。
そんなところだと思う。
ライターとして
文章を書くこともある。
仕事として書く文章と
自分のために書く文章は少し違う。
仕事の文章は、相手に届く形を考える。
何を求められていて
どう書けば分かりやすいかを考える。
一方で、noteに書く文章は
もう少し私自身に近い。
うまくまとめるというより
ちゃんと残す。
誰かを説得するというより
ひとまず置いておく。
それでも、読んでくれた人が
少し笑ってくれたり、
「ああ、そういうことあるな」
と思ってくれたりしたら、かなり嬉しい。
さて、このnoteをどう読んでほしいか
「こう読んでほしい」
と強く言うほどのものではない。
役に立つ記事もあるかもしれない。
全く役に立たない記事もあると思う。
ただ、ここにはひとりの人間が、
日々の中で何を面白がり、
何に救われ、何を考えているのかが
置いてある。
そんな場所だと思ってもらえたらいいかな。
立派な答えを出す場所ではない。
何かの専門家として
上から語る場所でもない。
どちらかと言えば、
「今日こんなことがあってさ」
「これ、ちょっと面白くない?」
「いや、これは考えてしまうな」
と、縁側あたりで
話しているような場所である。
縁側がある家に
住んでいるわけではないが、
気持ちとしては縁側である。
これから
四年前の自己紹介を書いた自分に、
今の私が何か言うとしたら、
「まあ、何とかやっているよ」
くらいだと思う。
すごく格好いい言葉ではない。
でも、案外それで
十分なのかもしれない。
何とかやっている。
書いている。
笑っている。
たまに落ち込んでいる。
また書いている。
そうやって、少しずつ続いている。
これからも
このnoteには
日々のことを書いていくと思う。
好きなもののことも書く。
妻のことも
百里風のことも
本のことも
AIとのやり取りのことも書く。
そしてたぶん
ときどき自分のことも書く。
自分のことを書くのは
本当に苦手なのだけれど、
苦手なりに書いてみると、
あとから
「ああ、この頃はこうだったのか」
と分かることがある。
だから、これは
今の私の自己紹介である
と同時に、
未来の自分に向けた記録でもある。
はじめましての方は、
はじめまして。
前から読んでくださっている方は、
いつもありがとうございます。

こんな感じで
今日も何とかやっています。
