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減税派は自分が税金を払いたくないだけのクズです。

昨今、SNSで減税を叫ぶ気持ち悪い人達が増えているのをご存知でしょうか?

うるせえ!いいから減税しろ!」という品性も論理の欠片も感じられない低俗なキャッチコピーを見ても、相当に頭の悪い下層民が投稿していることが理解できるでしょう。

余談になりますが、実は僕も減税派です。

「社会保障の改革」「小さな政府」などの政策を支持していますので、現状としては基本的に減税に賛成している立場です。

しかし、僕は今SNSで騒いでいる減税派と一緒にされたくないという思いしかありません。昔から減税政策を支持していた方やリバタリアン思想の方は、おそらく僕と同じ思いの人が多いはずです。


理由は簡単であり、今SNSで騒いでいるバカな人達は「減税派」ではなく「減税ポピュリズム」だからです。

実際、彼らの気持ち悪さにドン引きしている人も多いというのが実情でしょう。SNSという場所は現実社会では遭遇することが無いような低俗な蛮族がたくさん投稿しているので、情報の選別に注意を払う必要があります。


減税派と減税ポピュリズムの違いとは?

減税派と減税ポピュリズムは、減税政策を支持しているという点では同じですが、その背景が全く異なります。

最も異なる点は「背景に"ロジック"があるかどうか」です。

■減税派の特徴

・まず最初にロジックがある
 ※政策論やリバタリアニズム等、支持するロジックは人により異なります
 ↓
・現実社会の状況をデータや統計値で把握する
 ↓
・ロジックに基づいて現状を分析した結果「減税をした方が良い」と判断

■減税ポピュリズムの特徴

・まず最初に個人的感情がある
 ※生活が苦しい、物価高が辛い、給料が上がらない→辛い!何とかして!
 ↓
・SNSで「減税派」という自分の立場に都合の良いミームを発見!
 ↓
・「うるせえ!いいから減税しろ!


減税ポピュリズムの愚かさが理解できましたでしょうか?

一言でいってしまえば「自分が税金を払いたくないだけのクズ」です。

エゴイズムと欲望むき出しの野生動物のようであり、到底同じ人間とは呼べないような家畜以下の存在と感じた人もいるかもしれません。

実際、減税ポピュリズムに便乗する人は、勉強もしない知性の欠片もないような人が多いのでしょう。IQが低い境界知能や発達障害なのかもしれません。

ポピュリズムの危険性については、以下の記事などで触れています。

ポピュリズムの最も危険な特徴の一つは、複雑な問題を過度に単純化する傾向です。

現代社会が直面する課題―経済格差、環境問題、少子高齢化、国際関係など―は、相互に密接に関連し合う複雑な要因によって形成されています。これらの課題に対して「簡単な解決策がある」と主張することは、問題の本質を見誤らせ、効果的な対策の実施を妨げることになります。

また、ポピュリズムは往々にして「私たち」と「彼ら」という二項対立的な世界観を強調します。特定の集団を「敵」として位置づけ、社会の分断を深めることで、建設的な対話や協力関係の構築を困難にします。このような分断は、社会の結束力を弱め、長期的な発展を阻害する要因となります。

さらに、ポピュリズム的なアプローチは、専門知識や科学的な知見を軽視する傾向があります。「エリート」への不信感を煽ることで、実証的なデータや専門家の意見を否定し、感情的な判断や直感的な解決策を重視する風潮を生み出します。しかし、現代の複雑な政策課題に対処するためには、むしろ専門的知識と科学的な分析が不可欠です。

このような状況において、僕たちに求められるのは、政策に対する深い理解と冷静な判断です。これには以下のような要素が重要となります。

第一に、政策の多面的な影響を理解する必要があります。どのような政策も、直接的な効果だけでなく、間接的な影響や長期的な帰結を伴います。例えば、経済政策を考える際には、短期的な景気刺激効果だけでなく、財政の持続可能性、所得分配への影響、環境への負荷なども考慮に入れる必要があります。

第二に、エビデンスに基づいた政策立案の重要性です。政策の効果を適切に評価するためには、信頼できるデータと厳密な分析が不可欠です。過去の政策実施例からの教訓、統計的な分析、専門家による知見などを総合的に活用することで、より効果的な政策を設計することが可能となります。

第三に、多様な利害関係者との対話と合意形成の必要性です。社会の各層の意見に耳を傾け、異なる立場の人々の利害を調整しながら、持続可能な解決策を見出していく必要があります。この過程では、時として困難な選択を迫られることもありますが、それこそが民主主義社会における政策形成の本質といえます。

そして第四に、長期的な視点の重要性です。目先の人気取りや短期的な利益追求ではなく、次世代にも配慮した持続可能な政策の立案が求められます。特に、環境問題や社会保障制度の改革など、世代を超えた影響を持つ課題については、長期的な展望に立った判断が不可欠です。

このような深い理解と冷静な判断に基づく政策立案は、確かに時間と労力を要する取り組みです。しかし、これこそが民主主義社会の健全な発展には不可欠なプロセスなのです。

減税ポピュリズムをやっている層の多くは、こういった深い思考をしていない可能性が高いです。


減税派ポピュリズムを見抜く方法【バカ発見器】

本物の減税派と減税ポピュリズムは実は簡単に見抜けます。SNSでよく見かける3つのパターンを紹介しましょう。

①都合の良いときだけロジックに頼る

減税ポピュリズム層がよく使う言葉に「景気が悪いときは減税をし、景気が良いときには増税をすると、中学校の教科書にも書いてある!」というものがあります。

ポイントは、彼らが景気の良いときに「今は景気が良いのだから、もっと増税すべきだ!」と主張するのかどうか?です。おそらく言わないでしょう。

減税派が支持しているものは「減税政策」自体ではなく、あくまで背景にある「ロジック」です。ロジックに基づいて判断した結果、"今は"減税した方が良いと判断したから減税を主張しています。逆に言えば、増税した方がよい局面になれば「増税すべきである」という主張をします。

一方、減税ポピュリズムは、減税政策を主張すること自体が目的化しているため、増税については言及しません。つまり、ロジックを自分の主張に都合よく悪用しているだけの卑劣なポジショントークです。

②主観でロジックを捻じ曲げる

「日本は不景気なのだから減税すべきだ」という主張も注意が必要です。

彼らに聞いてみてください。「日本が不景気だというエビデンスはなんですか?どの統計データをどのように分析したのですか?」と。

おそらく答えないでしょう。あるいは「不景気なのは明らかでしょ!」「自分の周りでは生活が辛い人ばかりだよ!」とか言うかもしれません。

減税ポピュリズムをやっている人達の背景は「ロジック」ではなく「自分の生活の不満のはけ口」であるため、主張が極めて主観的であることが多く、統計データやエビデンスに触れていないことも多いのです。

③データの恣意的な選択をする

また、エビデンスを出していたとしても、データの恣意的な選択をしている人は減税ポピュリズムです。

「景気が悪いときは減税をし、景気が良いときには増税」というロジックで例を挙げると、「では、景気が良いか悪いかは何で判断するのですか?」という話になります。

一般的に、景気の判断は、景気動向指数・GDP・日銀短観・需給ギャップと潜在成長率・景気ウォッチャー調査などの複数の指標を見て総合的な判断をします。

ここで例えば景気動向指数"だけ"を取り上げて、「景気動向指数はこんなに悪い!だから景気は悪い!だから減税すべきだ!」と主張する者は減税ポピュリズムを疑うべきでしょう。

減税ポピュリズムは、減税政策を主張することが目的化しているため、データの総合的な判断をせずに「主張に都合の悪いデータは隠して、主張に都合の良いデータのみ取り上げる」傾向にあります。


このように、減税ポピュリズムはロジックやデータを捻じ曲げてでも、自身の主張を正当化しようとする「人として最低の存在」だということです。

残念ながら、ネットやSNSでは、自分の主張や立場を正当化するために、都合の良いデータだけを選んで引用し、不都合な事実を意図的に無視するという行為が散見されます。このような知的不誠実さは、個人の信頼性を損なうだけでなく、社会全体の健全な議論の発展を阻害する重大な問題となっています。

恣意的なデータ選択の問題点は多岐にわたります。まず第一に、真実の歪曲という根本的な倫理違反があります。データや証拠は、現実を理解し、より良い判断を下すための道具です。これを意図的に歪めて使用することは、虚偽を広めることと本質的に変わりません。科学的手法や統計的分析が発展した現代社会において、このような行為は知的活動の基盤を揺るがす重大な背信行為といえます。

また、ポジショントークは議論の質を著しく低下させます。真摯な議論においては、自分の立場に不利な証拠であっても、それを正直に認め、どのように解釈し対応するかを考えることが重要です。しかし、都合の良い情報だけを選択的に使用する姿勢は、建設的な対話の可能性を閉ざしてしまいます。

特にインターネットが発達した現代社会では、情報の拡散速度が極めて速く、一度広まった誤った情報や歪められた解釈を訂正することは非常に困難です。そのため、情報を発信する立場にある人々には、より一層の慎重さと誠実さが求められます。


減税ポピュリズムが害悪である理由

ポピュリズムとはいえ、同じように減税を主張しているのだから、ひとまず結託すればいいのでは?

僕も最初はこのように考えていました。彼らの票が加算されれば、減税を主張する政党の支持率は上がるのではないかと。

しかし、この考えは愚かだったと言わざるを得ません。むしろ逆に減税ポピュリズムは減税派の足を引っ張っています


これは、減税ポピュリズムのようなエゴと我欲にまみれた者の言葉では、マジョリティの支持は得られないという考えてみれば当たり前の話なのです。

人類は長い進化の過程で、高度に社会的な生活を営む生物として発展してきました。この社会性は、単なる群れ生活以上の複雑な協力関係と相互依存を特徴としています。そのような環境下で、他者の意図や真意を正確に読み取る能力は、生存と繁栄にとって極めて重要な適応的価値を持っていました。

特に注目すべきは、人間の協力行動を支える互恵性の進化です。互恵的利他主義の理論によれば、個体間で互いに助け合う行動が進化的に安定な戦略として定着するためには、裏切り者を見分け、排除する能力が不可欠です。この文脈において、過度に利己的な個人を識別し、その言動を疑う傾向は、適応的な心理メカニズムとして発達したと考えられます。

人間の脳は、他者の信頼性を判断する際に、様々な社会的シグナルを総合的に処理します。言語内容だけでなく、表情、声のトーン、身振り手振りなども含めた非言語的コミュニケーションを通じて、話者の真意を推し量ります。進化心理学の研究によれば、我々の祖先は、利己的な動機に基づく欺瞞的なコミュニケーションを見破る能力を洗練させてきたとされています。

この能力は、特に集団生活における資源分配や協力関係の維持に重要な役割を果たしました。原始的な狩猟採集社会において、獲物の分配や育児の協力などは、集団の生存に直結する重要な活動でした。そのような状況下で、過度に利己的な個人は集団の安定性を脅かす存在となり得ました。そのため、利己的な態度を示す個人の発言に対して懐疑的になる傾向は、適応的な反応として定着したと考えられます。

現代社会においても、この心理メカニズムは依然として機能しています。だからこそ歴史の中で権力者は自身のエゴイズムや欲望を漂白化し、一貫したロジックと大義を前に出してきたのでしょう。


簡単に整理すると、クレクレ乞食を僕達の脳は「裏切り者」としてシグナリングするのです。「減税派が気持ち悪い」という感覚はおそらくここからきている。

減税ポピュリズムがロジックを前に出して「景気が悪いんだから減税するのが教科書通りだ」とか論理的なことを言ったとしても、僕らはその裏にある「本当は税金を払いたくないだけ」という薄汚い本音・どす黒い欲望やエゴを容易に見抜いてしまうのです。

こうなると進化生物学的に僕らの脳が裏切り者を支持することはありません。僕らはそのように進化してきたのですから。


れいわ新選組が良い例でしょう。

わいわ信者のSNSでの活動は精力的であり、Xだけ見ればまるで彼らが与党かのように錯覚します。しかし、SNSではエコーチェンバーを形成しているたけで、実際には1%の支持しか集めていない弱小政党に過ぎません。

れいわ新選組をマジョリティーの一般大衆が相手にしないのは、一言でいえば「カルト宗教っぽい」「れいわ信者が乞食のようで気持ち悪い」からでしょう。

僕は「れいわ新選組」は支持していませんが、もし「れいわ新選組」が「怪しいれいわ信者」を統制し、きちんと政策のみを前に出したアプローチをしていたとしたら今よりマジョリティーに受け入れられていた可能性すらあると思っています(その場合、熱狂的信者は減っていたでしょうけど)。

僕は、「乞食みたいなれいわ信者」が「れいわ新選組」の足を引っ張っているのと同様、「乞食みたいな減税ポピュリズム」が「減税派」の足を引っ張るのが怖いのです。

「減税派って、税金払えないビンボーな人達のカルト宗教でしょ?キモっ!」みたいなシグナリングを一般大衆にされてしまうのが怖い

実際にもうそうなりかかっているのかもしれません。


減税派はホワイト化・クリーン化が必要

では、減税派はどうすればよいのでしょうか?

それは「自らの襟を正す」ことです。例え減税派内で分断が起こったとして、減税ポピュリズムを徹底的に批判していく事が必要になります。

今は既にホワイト化社会に突入しています。「大谷翔平」がマジョリティーの支持を集め続けるのは彼がホワイトでクリーンでありスポーツマンとして一貫したロジックを持っているからです。

一方、"人間臭い汚さ"を露呈しクリーンでは無くなった中居正広さん、松本人志さんは窮地に陥りました。これがホワイト社会です。

これからの時代に減税派が一般大衆の中心になっていくためには、クリーン化・ホワイト化が重要となります。

そのためには、エゴイズムや欲望にまみれた汚らしい汚物を徹底的に漂白していく必要があります。

真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方であることをしっかりと自覚することが大切です。


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