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AIとGoogleカレンダーを連携して、いつか訪れた地を思い出す

本noteは、Google Gemini × noteによるコンテスト「 #AIとやってみた 」の参考作品として、主催者の依頼により執筆しました。


カレンダーには、すべてがある。

あらゆる予定を、Googleカレンダーで管理している。
仕事の予定はもちろん、粗大ゴミの回収日や、観たいJリーグの試合日程も、全部カレンダーに放り込む。保育園への持ち物は妻とカレンダーで共有し、タスクはとりあえずカレンダーに入れる。
Gmailから、予定を自動登録してくれるのもいい。新幹線や映画館を予約すると、勝手にカレンダーに入っている。

さらに最近はGoogleのAI「Gemini」との連携が便利で、チャット欄で「@」を押せばカレンダーを呼び出せるから、

さっと荷物受け取りの予定を入れたり、


「原稿」から「砂糖買う(でかいの)」まで、いろんなタスクを突っ込んだりしている。

こうしてカレンダーはカレンダーの枠を超え、あらゆる未来を投げ込む器となる。だから同時に、カレンダーはあらゆる過去が溜まる器でもある。


AIで過去を取り出す

過去の器には膨大な予定があるが、これもAIを使えば簡単に取り出せる。

たとえば三年前の今日、なにをしていたのかを訊いてみよう。

三年前は、映画館で公開されたばかりの「シン・ウルトラマン」を観た後、「とことん考えていた」らしい。なにを考えていたのだろうか?悩んでいたのだろうか。カレンダーの詳細を見てみよう。

コンセントの位置を考えていた。別に悩んでなかった。そういえば部屋をリノベすることになり、理想のコンセント配置について考えていたのだ。3時間は考えすぎ。

あるいは、Geminiは場所やキーワードでも探してくれるから、「歯医者」で検索して、

最後に歯医者行ったのいつだっけ、みたいなことにも使っている。頑張って通っている。

こんな風に、有象無象の過去の記録が、AIによって「取り出せるライフログ」と化した。
あの人と話したのはどの打ち合わせだっけ、を思い出すため。この支出は何の経費だっけ、を思い出すため。とりあえずAIに話しかけて、カレンダーを探してもらう。とても便利だ。

でも便利なだけじゃなくて、なんだかちょっと、楽しい気分になるのはなぜだろうか。


「なんでもない訪問」を取り出すbot

僕はふだん、旅行記やエッセイを書いている。そっちは「記録」というより「記憶」である。記憶には編集が入る。膨大な数の過去から、心に残った出来事だけを選出し、自分の物語として編集している。

それに比べると、カレンダーに残ったライフログは、そういった物語からはこぼれ落ちた、ただの記録である。「砂糖(でかいの)」を買ったことを、わざわざ旅行記にはしない。ひとつひとつは、なんでもない。だがすっぴんで素朴な記録は、これはこれで、小さなコレクションみたいで楽しい。

そんな「なんでもない記録」でもっと遊びたくなって、自分専用のbotを作ってみた。Geminiでは「Gem」というbotを簡単に作ることができる。

botの名は、

いつかの過去を掘り起こす案内人「いつかくん」だ。


いつかくんは、主に出かけた時に使う。

ふと降りた駅で、「なんかこの辺、いつかきたことあるかも…」と思うことはないだろうか。そんな時こそ、いつかくんの出番である。

いつかくんに「いつかきた?」と話しかけると、

まずGoogleマップと連携して、現在地を特定し始める。GeminiはGoogleマップとも連携できるのだ。

そして現在地が判明すると、

その地域に訪れた、過去の予定を引っ張り出してくれる。これで昔この辺にきたかどうかを、確かめることができる。

※プロンプトは最後に紹介しています。ただわざわざbotを作らなくても、@Googleマップで「現在地の住所表記は?」と聞いたあと、@Google calendarで「この住所付近にきたことある?」と話しかければ、同じようなことができます。


乗り換えに使ったバス停や、打ち合わせに指定された場所。そういう何気ない場所であればあるほど、写真や文章には残していない。だがカレンダーになら、「何気ない訪問」のログが溜まっている。いつかくんが、そういった過去を掘り出してくれるのだ。


むかし住んでいた五反田駅に来たので、「いつかきた?」と話しかけてみよう。

飲み会の予定がめちゃくちゃ出てきた。

もう少し移動してみて、また話しかけてみよう。

へいへーい!と言いながら「戸籍全部事項証明書(戸籍謄本)」という予定が出てきた。「戸籍全部事項証明書(戸籍謄本)」のテンションじゃなさすぎる。
おそらく区の施設で、戸籍謄本を発行したのだろう。なんも覚えてないし、ひどく無味乾燥だが、これも僕の過去である。

そしていつかくんと出かけていると、何の記録が残っていない場所もたくさん見つかる。
旅行で群馬へ向かう最中、車の中で話しかけてみた。

いまは上尾市付近にいるらしく、ここでの予定はなかった。そう言われると、まるで白地図を埋めるように、予定をつくりたくなる。でも移動中だし、いまはちょっと寄れない。また今度来たいな。

そこで「いつかくん」の亜種も作ってみることにした。


いつかの予定を立てるbot

新たにつくったbotの名は、

未来の案内人、「またいつかくん」である。数年先の未来に、予定を作ってくれる

またいつかくんに「またいつか」と話しかけてみると、

いまいる上尾市の、上尾円山公園という場所に、2026年に行く予定が作成された。
訪れるスポットも日付も、現在地をもとに、「またいつかくん」が適当に選んでくれる。

2026年のカレンダーを確認したところ、

ちゃんと予定が入っていた。自分で予定を考えなくていいし、数年先のことなので、いろんな場所で連打したくなる。予定先延ばしbotとも言える。

こうして僕のカレンダーは、どんどん未知の土地で埋まっていった。将来、この予定を見て戸惑う自分が楽しみだ。

※プロンプトは最後に紹介しています。ただわざわざbotを作らなくても、以下の手順で近いことができます。
・@Googleマップで「現在地の住所表記は?」と聞く
・その付近で一つ「訪問スポット」を選んで。またランダムに未来の「訪問日・時間」を選んで、と頼む
・@Google calendarで「訪問スポット」にその「訪問日・時間」に行く予定を作成して、と頼む


過去を出題するbot

ボタン一つで、過去に来たかどうかわかる。こんな風に、AIは必要な「答え」をすぐに取り出してくれる。だが一方で、すぐに正解が出てこない方が、面白いこともある。
たとえば旅行に行く前、ガイドブックで情報を調べすぎて、現地での驚きが減ってしまったことはないだろうか。事前に調べて行くよりも、偶然自分で見つけた場所の方が、ぐっと来ることも多い。

同様に、薄れた記憶は教えてもらうより、自分で思い出したほうが、気持ちいいのではないか。だから僕の薄れた記憶を、クイズにしてもらおうと思った。
AIに「正解」を教えてもらう代わりに、「問い」をもらうのだ。実は今回、一番やってみたかったのがこれである。

 むかしクイズ研究会の友人が、「クイズは人生を肯定する」と言っていたことを思い出す。クイズに回答することで、単なる過去の経験が、クイズという現在に繋がる。それによって伏線が回収され、点と点が線になって、まるで人生を肯定されたような気分になる —— らしい。そういえば最高の映画『スラムドッグ$ミリオネア』でも、主人公の記憶がクイズになっていた。
めちゃくちゃ気持ちよさそう。羨ましい。僕もそんなクイズが欲しい。そして伏線として回収したい。クイズを勉強するのは大変だが、カレンダーには無数の記憶の「点」が埋まっている。代わりにカレンダーを僕だけのクイズにすることで、人生が肯定されまくって、かなりの気持ちよさを味わえるのではないか。

そう思って、また亜種を作った。

「秘密のいつかくん」である。

話しかけると過去の訪問履歴を検索してくれるのは、通常の「いつかくん」と同じだ。だが異なるのは「肝心の訪問内容は秘密にされる」ということだ。どういった予定で訪れたのか、自力で思い出さなければいけない。

例えば多摩川の河川敷を歩いているときに、

立川市にさしかかったので、「秘密のいつかくん」に話しかけてみた。

来たことがあるらしい。でも肝心の内容は、何も教えてくれない。

そこで道を曲がって、もっと立川駅へと近づいてみた。

かなり近い。わかった。昨年「学生時代の友人たちと、昔住んでいたドーミー立川という寮に泊まる」旅行をしたのだ。

通常バージョンの、ちゃんと教えてくれる「いつかくん」で、答え合わせをしてみよう。

正解!!!

……ただ正直言うと、これはほとんど検討がついていた。去年のことだし、立川にはたまに訪れるし。だからまだ、伏線回収された!という気持ちよさは微塵もない。でもこれを繰り返していけば、「え、こんな場所にきたことあるっけ!?」という記録が掘り起こされるはずだ。それこそが、僕のスラムドッグ$ミリオネアだ。

というわけで、移動のたびに「秘密のいつかくん」に話しかけるようになった。肝心な情報を秘匿されるので、通常の「いつかくん」に比べるとなんの役にも立たない。だが出かけるのがちょっと楽しくなる。物理的に移動しながら、時間を探索しているような感覚にもなる。


「秘密のいつかくん」が反応した日

「え、こんな場所にきたことあるっけ!?」の瞬間は、思ったより早く訪れた。
5月、「文学フリマ」という即売会に出展するため、りんかい線で東京ビッグサイトへ向かっていたときのことだ。かなりの遅刻に焦っていた僕は、心を鎮めるため、車内で「秘密のいつかくん」に話しかけてみた。

すると、

いつか訪れた地が、このすぐ近くにあるという。車内の電光掲示板を確認すると、ちょうど「天王洲アイル駅」を発ったところだった。

天王洲アイル。「アイル」という名の通り、陸の孤島のオフィス街、というイメージがある。
過去に降りたことはあっただろうか? イメージがあるということは、降りたのかもしれない。しかし思い出せない。少なくとも最近ではない。考えているうちに、電車は東京ビッグサイトの最寄駅まで到着して、いつか訪れた地を見失ってしまった。

ついにやってきた「スラムドッグ」チャンスであったが、そんなことより遅刻している。早く会場に向かわなければ。意識は文学フリマに奪われて、そのままGeminiを閉じた。


いつかきた場所へ訪れる

そして3日後。

僕は天王洲アイルに降り立った。

あれが果たしてなんの予定だったのか、気になっていた。調べれば分かることだが、せっかく訪れたチャンスである。答えを知るのではなく、自ら思い出したかった。この場所には、僕だけのドラマが潜んでいる気がした。

駅を降ると、整然とした街並みが広がっている。近くに大きな公園もあるようだ。どの景色も見たことのあるような、無いような気がする。

とはいえ天王洲アイルは小さな島だから、ちょっと動けば見つかるはずだ。現在は南の公園エリアにいるので、北のオフィス街に向かってみよう。

昼どきだったから、キッチンカーがたくさん出店してる。なんだかこっちのほうが、見覚えがある。

たしかに来た事がある。いや、もうなんとなく思い出している.......

そして水辺が見えたとき、

100メートル!ほぼビタ当ての場所まできて、僕は確信した。このへん、打ち合わせで来たことがある。

それは10年以上前、新卒の仕事を10ヶ月で辞めて、1年間引きこもっていた時期のこと。
人生なんとかせねばと奮起した僕は、当時流行っていた「スタートアップのハッカソンイベント」に片っ端から参加していた。「その場でチームを組んで、数日間でビジネスアイデアを考えて、サービスを作ってプレゼンする」みたいなイベントだ。普通に就職すればいいところ、引きこもりからの一発逆転は起業とかしか無い、と浅はかに思いこんでいたのだ。

それでいろいろなイベントに出るうちに、プレゼンしたサービスのひとつが、たまたま審査員の一人に評価された。詳しい話を聞かせてくれと言われ、天王洲アイルにある、スタートアップ向けの施設で打ち合わせをすることになった。このカレンダーの予定は、そのときのものに違いない。
打ち合わせの内容は覚えていないが、「このまま起業か!?」などと多少なりともワクワクしながら、モノレールを降りたように思う。

さて、答え合わせの時間だ。
通常バージョンの「いつかくん」に、正解を出してもらおう。いつかくんが表示した過去の予定は……

これだ。なぜか最後に「いつかくんより」という差出人名が書いてあるが、とにかくこの予定だ!
2014年3月19日の「打ち合わせ」と......あと、「コンビニで印刷」

コンビニで印刷?

その文字列をみた瞬間、脳を押し出されるように追加でにゅっ、と思い出した記憶があった。


カレンダーの記録と記憶

打ち合わせの当日、先方から「3人追加になった」と知らせが来た。それで追加の資料を印刷するために、コンビニに寄ったのだ。カレンダーに入れたのは、自分へのリマインドを兼ねたのだろう。
だが打ち合わせで、資料が使われることはなかった。そもそも先方の前の予定が押していて、打ち合わせ自体がかなり遅れてスタートした。次の予定も埋まっているとのことで、わずかな時間だけ話をして、そのまま打ち合わせは終わった。それで追加印刷した資料を、渡す暇もなかった。たぶん自分で持って帰ったのだと思う。

10年ぶりに思い出した、点の記憶。いま振り返ると、僕のアイデアは大して評価などされていなかった、ということだろう。当時も悔しかったとは思う。さて、この記憶は僕の人生にとって、どんな意味があるだろうか?

その後の僕は、悔しさをバネに起業を...してない。普通に飽きて就職した。
振り返れば、そんな経験もいまに....活きてはいない。さっきまで忘れてたし。

率直な感想として、この記憶にはさしたる意味がない。クイズに正解して、すっきりした、くらいの気持ち良さはあったけど、思い描いていたような伏線回収のドラマでは到底なかった。
ほんのり苦いだけの薄味の過去は、なんら現在に繋がることはない。ただ点として存在している。映画みたいには、なかなかいかない。

でもなんだか、妙にそのことが気になった。なぜだろう。考えを整理しようと、喫茶店でコーヒーを買って、水辺のベンチに座った。

改めて調べてみると、打ち合わせをした施設はもうなくなっている。僕の過去も同様だ。物語として回収されることもなく、記憶からなくなっていた。それをカレンダーから掘り起こしたとて、点は点のままだ。

だが一方で、かつてそんな点があったことそのものに、なんだかほんのり「愛おしさ」のようなものを覚えていることに気づいた。思えば最初からそうだった。過去のカレンダーで無機質な記録を見つけると、むかしの写真を見つけたときの「懐かしい!」みたいな強い感情とはまた異なる、ささやかな愛らしさを感じた。なぜだろう。

水辺を眺めながら思った。きっとそれは、人生の大半は、線にならない点でできているからだ。いつか粗大ゴミを出したこと。いつか戸籍謄本を発行したこと。いつか資料を3部追加で印刷したこと。大袈裟に言ってしまえば、生きるとは、むしろそういうことではないか。

珈琲に砂糖を入れる。「でかい砂糖」ではなくスティックシュガーである。白い粒が広がり、底に澱が溜まっていった。僕の脳内でも、無数の点のイメージが沈んでいた。点たちは、繋がることもなく、回収されることなく、ただそこにあった。人生の土台にも意味にもならず、カレンダーの中に眠っていた。

カレンダーには、すべてがある。

そのほとんどが点である。未来のためのカレンダーを、時間が通過していくことで、点だけが残される。それらを線で繋げなくとも、点を点として認めることが、本当の意味で人生を肯定することだ。だからこそ無機質な記録のひとつひとつに、じんわりと愛おしさを覚えるのではないか。

甘みを増した珈琲を飲みながら、Geminiを開き、また亜種を作った。亜種づくりが趣味になっている。

「いつか」は曖昧な過去にも未来にも使える、変わった言葉だ。位置も意味も固定しない曖昧性が、縦横無尽に広がる無数の点を、薄ぼんやりと照らしてくれる。


過去や未来のいつかに、ただあること。
本当はそれで十分だという事実に、時折そっと触れることで、いまをちょっと気楽に暮らしていける。かもしれない。


「いつかくん」シリーズ一式のプロンプトをこちらのGoogleドキュメントに記載しています。ただしあくまで遊びであり、挙動が不安定になる(特に「秘密の」系)ことも多いので、それも味だと思って遊んでみてください!

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