花びらを、シロクマ文芸部、762文字
花びらを、沙織が一枚ずつちぎっていた。
「好き、嫌い、好き……」
春まだ浅い夕方のバス停。
古びたベンチに腰掛けた沙織は、少しだけ俯いて、指先だけを動かしている。その横顔は真剣そのもので、近づいてきた僕にも気づかない。
彼女が手にしていたのは、すみれの花だった。すみれの花びらは五枚。だから、一枚目を「好き」で始めた時点で、結論はもう決まっている。
「何してるの?」
沙織の肩がびくっと揺れた。振り向いた顔が、みるみる赤くなる。
「いつから見てた?」
「一枚目をちぎるところから」
「最悪」
「いや、最悪なのは花占いのほう。すみれの花びらは五枚だから、「好き」で始めたら、結果は必ず「好き」になる」
沙織は、うるんだ目で僕を見る。
「そういうとこ、大嫌い」
言いながらも、怒るというより、呆れているような声だった。
「でも、誰を占ってたの」
そう聞くと、沙織は露骨に視線を逸らして言った。
「言わなくてもわかるでしょ」
それっきり、沙織は何も言わなかった。ただ、耳まで赤くなっていく。そこでようやく、僕は自分がずいぶん野暮なことをしたのだと気づいた。
「それ、ひとつもらえないかな?」
そう言うと、沙織は僕を見つめて、少し考えてから、花を手渡してくれた。
「このあと、バスがすぐ来るか占おう。来る、来ない、来る、来ない……来る!」
沙織は吹き出した。
僕もつられて笑う。
そのとき、ちょうど遠くからバスのエンジン音が聞こえてきた。バスの方を眺める沙織の視線をさえぎるように僕は顔を傾けた。
「よく当たる占いだね。その占いの相手も、きっと沙織のことが大好きだよ」
「急にずるい」
そう言って、沙織は笑った。
そして、沙織は満足そうな顔をして立ち上がり、そっと手に滑らせ、僕の手を握った。
並んでバスに乗り込む。
春はまだ浅かった。だから、つないだ手のぬくもりが、とてもあたたかかった。
