三月は、シロクマ文芸部、834字
三月は、別れた思い出の月。
高校三年のあの日、私は駅のホームで立ち尽くしていた。付き合っていた彼は東京の大学へ進学が決まっていた。私は地元の大学。
ホームに滑り込む電車の音が、やけに大きく聞こえた。
言えなかった。
好きだと。
言ってくれなかった。
好きだと。
東京へ行く彼に、「好き」と言えば重荷になる気がした。遠距離なんて、きっと続かない。寂しいだの会いたいだの言う、めんどくさい女にはなりたくなかった。
扉が閉まる直前、彼は何かを言いかけて、やめた。そして、そのまま電車は走り出した。ガラス越しに手を振る姿が、春霞の向こうに溶けていった。
だから笑って見送った。
それ以来、彼からの連絡はなかった。
ああ、やっぱり、あの沈黙が答えだったのだと思った。
三月が来るたびに、駅のホームを思い出す。春の匂いと、言いかけて飲み込んだ言葉。
二年経っても、三年経っても、薄れなかった。
そして四年目の三月。
スマホが震えた。見慣れた名前に、時間が止まる。
「ずっと、好きだったと言ったら迷惑かな?」
意味がわからなかった。
四年分の沈黙に、たった一行が風穴を開けた。
指が震えながら返信する。
「私も好きだった。どうして、今まで連絡をくれなかったの?」
すぐに返ってきた。
「遠距離で、幸せにできる自信がなかった。君を僕なんかに縛りたくなかった。別の身近な人の方が君を幸せにできると思った。だから、好きだと言えなかった。言うべきじゃないと思った」
勝手だ。
そう思ったのに、胸が痛む。
彼は続けた。
「でも、諦められなかった。地元の会社に決まった。四月から戻る。もし、君が許してくれるなら、また、君と」
涙が、遅れてあふれた。
めんどくさい女になりたくなくて、何も言わなかった四年前の私。
彼もまた、勝手に私の幸せを決めて、何も言わなかった。
三月は、別れの月だと思っていた。でも、未熟だった私たちを卒業させる月になろうとしている。
「迷惑じゃないよ。四年前から、ずっと待ってた」
三月は、言えなかった言葉が、ようやく花になる月だった。
