ほころびタンシチュー、毎週ショートショートnote、440字
九尾の狐は、美しい女に化けて、夜の街を歩くのが好きだった。今夜も小さな洋食屋で、牛タンシチューを一つ包んでもらった。
家について、シチューを温め直すと、タンの表面に小さな裂け目ができて、そこから湯気がたちのぼった。
広い牧場でキョロキョロと周りを見回している映像。
狐は、ふいに思い出す。狐の里では、狐火を灯して、ひとの記憶を集めて焼いていた。日々のなかで静かに消えていく小さな記憶だけを、狐たちはそっと食べていた。大切なことだけが、ひとの心に残るようにと。
このシチューのなかに、ほころびが生まれて、牛の記憶があふれだしたのも、あの妖狐たちの仕業かもしれない。狐はそう思って、里へ向かった。
「私は生きているものの記憶しか集めないのだよ」と妖狐は笑った。
「もし舌に記憶が残っていたのなら、それはきっと、言いたくて仕方がなかったのに言えなかったことだろう」
九尾の狐が鍋を出すと、タンのほころびからありがとうという言葉が漏れて出た。それが、誰の何に対するお礼なのか、狐たちにはわからなかった。
