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【『ケアと演技』上田公演レポート前編】 よくわからないのになんだか泣けてしまう (文:ざこうじ るい)


金曜日の夜、上田、ちょっと不思議な劇場で

9月26日、金曜日の夜。
5か月前に一度鑑賞していた演劇作品『ケアと演技』をもう一度見ようと、私は上田へ向かった。

一度目の鑑賞では、なんだかよくわからないまま、ただただ感情が揺さぶられた感覚があった。一緒に鑑賞した友人も私も涙が溢れた。あの時私は何を見て、何に感情を揺さぶられたのか、今回はもうちょっと落ち着いて捕まえたい、と思っていた。

この日の会場は長野県上田市の商店街にある劇場「犀の角」。普段は一階がカフェ、2階はコワーキングスペースになっていて、私も何度か利用している。

長野県上田市、海野町商店街にある『犀の角』

「犀の角」はゲストハウスも運営していて、困りごとを抱えた人が誰でも1000円で宿泊できる駆け込み場「やどかりハウス」の拠点にもなっている。

1階のカフェスペースはしばしば相談支援の場所に使われたり、福祉施設や映画館、本屋さんなど、近所の人たちがコロナ禍をきっかけにはじめた草の根的な運動の会議の場所になったりもする。もちろん、公演があると劇場に様変わり。ちょっと不思議な文化施設だ。

この日私は、7時から予定されていた上演に合わせて「犀の角」を訪れた。

実は最初から演技だった

到着すると、いつもと違う出入り口が大きく開いていた。あたりはすっかり暗くなり、夏が終わったんだなあ、としみじみする。

「こんにちはー」

企画者である俳優の竹中香子さんが、よく通る軽快な声で招き入れてくれる。中に入ると、普段は舞台として使われることが多い一段高い部分が客席になっていた。

「いつもと逆なんだぁ」

誰にともなく呟くと、たまたま隣に居合わせた顔見知りの知人が「ときどきあるんだよね」と応えてくれた。

あたたかみのあるコントラバスをやさしく奏でる服部将典さん

舞台スペースの左奥では、ちょびひげをたくわえた服部将典さんがコントラバスのあたたかな音を奏でている。客席の一番入口側に座った私のすぐ横では、島崎智子さんがコロコロと小気味よくピアノを転がして会場を踊らせる。

用意された客席には程よく人が座っており、テーブルの上にはポインセチアの塗り絵。オレンジ色のライトが会場をやさしく照らしていた。

時間になると、演者の太田信吾さんが聞き覚えのある内容を話し始める。

竹中さん役を演じた太田信吾さんは、普段は映画監督としても活動する

「……小学校のときに一度だけ賞状をもらったことがあるんですよ。それがこれ(『すてきだね ひとのこころがわかるひと』と書かれた黄色い紙が壁に貼ってある)なんですけどね。これ、埼玉県中に張り出されたんですけど、そのあと自分の言葉に自分の首をしめられるようなことになったんですね。そんな私が、『デイサービス楽らく』にアーティスト・イン・レジデンスで滞在して作った作品をこれから演じたいと思います……」

実はこの言葉からすでに、「演技」が始まっていたのだった。

『ケアと演技』ってなんだ?

ここで、『ケアと演技』という作品についてすこし説明しよう。これは、埼玉県東松山市の「デイサービス楽らく」を舞台におこなわれているアーティスト・イン・レジデンス事業「クロスプレイ東松山」から生まれた演劇作品である。

と聞いても、正直私は最初、「……?」という気持ちだった。

そもそも私は演劇や芸術の分野には全くと言っていいほど造詣がない。演劇、と言って思い出すのは、小学校3年生のときに学校にやってきたクラッシックな劇団が演じる『杜子春』にゲスト参加したことぐらい。大人になってからは、片手で数えるくらいしか観劇体験がない。

でも、「ケア」を演劇と結びつけることには興味があった。なぜなら地元のデイサービスで働く友人が、認知症のおばああちゃんたちとの時間を「毎日が演劇みたいなんだよ!」と本当に楽しそうに語ってくれるのを聞いていたからだ。

最近はあちこちで「ケア」という言葉が多用されて意味が膨張し、何がなんだかわからなくなっている感じもあるけれど、重度心身障害のある次女を含め、4人の子供を育てる自分にとって、「ケア」は他人事ではない。

さらに、ここ数年は、身体表現の可能性、ということにも関心が向いていた。言葉を話すことができず、身体を自由に動かすことができない次女にとって、身体をそこに置くだけでなにかしら関わりが生まれる表現は、親の私にしてみれば希望に思えた。

だから『ケアと演技』というタイトルの演劇作品は、なんだか他人事ではないような気がして、4月に東松山のデイサービスで上演されるというその作品を見に行った。

作品の出発点は「ケア」との出会い

私の関心と重なるように、この作品の背景には、企画者・竹中香子さん自身が父の介護を通じて「ケア」という実態のないものと”対面”した経験があった。

『ケアと演技』企画者で俳優の竹中香子さん

竹中さんの実父は、竹中さんが高校生のときにパーキンソン病を発症した。難病情報センターによると、パーキンソン病は進行性の神経変性疾患で、ふるえが起こる、動きが遅くなる、筋肉がこわばる、姿勢が不安定になって転倒しやすくなるなどの運動症状と、便秘や認知症などの非運動症状があるという。

竹中さんの父は、本人の希望もあって在宅介護サービスを受けながら一人暮らしを続けていた。研究者だったことが大きなアイデンティティであり、膨大な量の研究資料や書籍を置いて自宅から離れることに強い抵抗があったためだ。

次第に訪問介護士たちが家族のように関わるようになり、2011年から竹中さんのフランス留学が決まったときも、背中を押してくれたのは介護士だったという。夏休みや年末年始に帰国したときは訪問介護士たちと一緒に父を介護した。竹中さんにとって、介護士たちは母のような存在になっていた。


2022年にいよいよ父が危篤となって竹中さんは一時帰国。これまでになく介護士たちの営みを間近で感じながら、「ケア」という概念と真正面から出会う経験をする。

帰国から1週間後、竹中さんは一滴の悔いもなく、父を見送った。この一連の経験が、『ケアと演技』を創作する最初のモチベーションになっている。

介護の現場にアートを介入させる福祉施設に滞在

時を同じくして2022年、埼玉県東松山市の医療法人が運営する「デイサービス楽らく」で、アーティスト・イン・レジデンス事業「クロスプレイ東松山」がスタートする。

利用する高齢者たちの尊厳を大切にしたいと考えた「楽らく」施設長の武田奈都子さんが、福祉の現場に日常的にアートを介入させようと目論んだ。

この事業で重視されているのは、デイサービスの日常に流れている営みと共存することであって、滞在するアーティストは必ずしも作品を生み出すことがマストではない。地域の中に生きる上で当たり前にある“雑多な出会い”をアーティストの存在によって実現し、関係性を変化させることに本質を見出しているからだ。

会場には「クロスプレイ東松山」についての展示が設置された

竹中さんは2023年、この「クロスプレイ東松山」の公募アーティストとして応募し、採用された。

『ケアと演技』では、竹中さんが帰国し、父の死を看取ったシーンからスタートする。そして、竹中さん役を演じる太田さんが、このアーティスト・イン・レジデンスに応募して滞在を終えるまでを事実に沿って演じていく。

施設での滞在をスタートした竹中さんは「フランスに行った時よりも大きなアイデンティティ・クライシス」に苦しむことになった。公募アーティストは前述の通り、作品をつくることがマストではない。

「どこにいてもいいってことは、どこにいなくてもいいということ――」

これは『ケアと演技』の中で竹中さん役の太田さんが言うセリフだ。いてもいなくてもいいし、介護職員でもない。アーティストとしてその場にいることは「ただただ本当につらかった」。

尿瓶にはいった尿の黄色は、弱った父の象徴だった

4週間の滞在のうち後半の2週間は、「介護実習生」という役割を敢えて自分につくることで、ようやく立ち居振る舞い方がわかったという竹中さん。利用者の一人がポインセチアを12色の色鉛筆で塗る場面に遭遇したことで、思いがけず父が見ていたであろう竹中さんとは違う景色を想像することになった。

ふいに、弱った父の象徴とも言える尿瓶にはいった尿の黄色を隠すべく、マントをつけたらどうか、というアイディアが出現する。劇中ではそのことがポップに表現されていた。

見て見ぬふりをしていた弱さを隠すマント。
言葉を話さなくなった人を「大好きなの」と紹介する利用者。
女性としてのしこりがほどけていく瞬間……。

『ケアと演技』の前半では、こうしたことがときに美しくときに過激に描かれていく。特筆すべきは、竹中さん役を演じた太田さんの独特の身体性だ。

演じながら、太田さんの指先はまるでそのときの空気や心情を表現するかのように滑らかに動いていく。ゆらゆらと体がゆれたり、ときにジャンプをしたり寝転んだりしながら、身体全体で表現していく太田さんの姿は圧巻だった。

終わったと思い込んだ部分もまた演技だった

「ありがとうございます、お疲れ様でした〜!」

明かりがつき、竹中さんの声で我に返る。賑やかな昭和歌謡で締めくくられた舞台スペースでは、竹中さん役を演じた太田さんと竹中さんのトークが始まった。


竹中さんは、別の人が自分を演じることによる癒しの効果を語り、竹中さん役を演じた太田さんは、かつて自身が撮影した映画の中で、薬物売人だった人物がやはり薬物売人の役を別の人物に演じ直してもらうことで起きたことを語った。

演技は「わたし」と「あなた」の境界線をあいまいにするのではないか――。

「ポーン」

ピアノをひく島崎智子さん

トークに耳を傾けていると、島崎さんのピアノが不意に音を奏でる。その音で、再びそれが舞台の後半であることを悟る。まるで一度作品が終わったかのような演出によって、私は竹中さんがたどった思考の経路を追体験することになった。

父は桃太郎だったのかもしれない

後半は竹中さんが竹中さん自身を演じ、"介護実習生”として入浴介助をした経験を、桃太郎が入っている桃を大切に扱うことに例えて演じていく。

入浴介助を”させてくれる"利用者の姿は、美しく勇ましい姿として語られる。弱さの象徴を見てはいけないと思いこんでいたことは、実は思い過ごしだったのではないか――。

竹中さん演じる竹中さんは次第に、女性として、ケアの担い手として、優等生でありつづけようとしていた自分自身に腹を立てて怒りを爆発し、尿瓶を隠すために一度つけたはずのマントを取り払う。

すると、今度は竹中さんの父親役を演じる太田さんが外から現れ、父と娘は、ぶっきらぼうながらも、お互いへの思いを惜しみなくにじませていく。まるで愛情を押し付け合うようにして、父親役の太田さんは再び外へと消えていった。

竹中さんは最後、父への思いを大声で歌い、踊り、今度こそ本当に舞台は終演した。

2回目の鑑賞にもかかわらず、私はやっぱり最後に涙をこらえることができなかった。最後に熱量ある声と濃厚すぎるほどの愛情をのせた歌をもってくるのは、ちょっとずるい。

「安心のためじゃなく信頼のためにケアしてもらえる人生って幸せだ」

ケアにおののき、尊厳について悩み、自分の中に発見した偏見に怒りを爆発した竹中さんは、何がどうなって最後、父親への美しい言葉と演技で終わるのか。

よくわからないのに、なんだか泣けてしまうのだ。この体験が、演劇に馴染みのない私のようなものでも引き込んでしまう『ケアと演技』の魅力なのだろう。

※後編はこちら▼


執筆・撮影 ざこうじるい
長野県在住フリーライター。WEBメディアでの企画執筆の他、広報・レポート記事やフィクションも時々執筆。数字やデータでは語りきれない人間の生き様や豊かさを描くことで、誰もが社会的に健康でいられる社会を目指す。重度心身障害児含む4児の母。夫と次女が住むパプアニューギニアでは、殺し合わないための踊りがあるらしい。なにそれ最高。


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