逃れられない呪縛、それでも私は進む
前回の続きのようなお話です。
元配偶者が機嫌を損ね、「無言の圧力」を何時間にもわたってかけてくる中、私が何か言ったのをきっかけにだったか、彼が突如テーブルを蹴り上げた。
2階で寝ていた子どもたちが、大きな物音に驚いて泣いていた。
深夜2時ごろだっただろうか…
私は子どもをなだめに階段を上がる。
階下のリビングでは、彼が何やらガシャン!バタン!!と暴れている。
こうなったときに、私はわざわざ彼のところに戻って、とにかくひたすら、謝って、許してもらって、そこにケロッと機嫌を良くした彼がすり寄ってくる…というパターンだった。(思い出したら完全にDVだ)
しかし、私も私で、少しずつ母として強く逞しくなっていたから、この時にはもう、そのまま子どもと一緒にベッドに入ったように思う。
とはいっても、リビングから聞こえる物音や、そのうちに聞こえてくる、平気で爆睡する彼のうるさいイビキに意識を持っていかれ、、どうして平然と眠れるんだ?あんなに人を追い詰めておいて、子どもたちまで泣かせて…!!と、やり場のない憤りを抱えたまま、仮眠状態で朝を迎えたものだった。
そうして朝を迎えて、泣き腫らした目で、私はまた彼に「おはよう」と声をかけるのだが、こうなると彼はもう口を聞いてくれなかった。
「なんで無視するの?」と聞くと
『自分で考えれば。』と、冷たく言い放つのだった。
「俺はあの時が一番幸せだった」
そう言い捨てられてゾッとしたのは、奴が不倫相手と毎晩会って帰ってくるようになった頃だった。
「あの時」というのは、入籍直後、私は退職し、相手の異動に伴い他県に引っ越した時期のことを指している。
あの時私は初めて地元を離れ、右も左も分からない、どこで買い物をすればいいのかもわからない状態で、ただただ毎朝お弁当を作り、送り出して、また夜帰宅するのを待つ毎日だった。
退職するまでは彼と同じ職場で、仕事仲間と毎日賑やかに働いていたこともあり、新しい職場で新しい出会いを持ち、毎日忙しそうにしている彼が羨ましかった。
私は、ひとりぼっちで家に篭るストレスに耐えきれず、ついには体調まで崩してしまった。
自分も働きに行きたいと申し出ると、「はぁ。そう。別にそうしたければそうすれば?」「俺は家にいたほうがいいと思うけど。」と言われるのだった。
それはいつもの決まり文句だった。
「好きにすれば?」
「俺が決めたことじゃない」
「まぁ。俺はわかってたけどね。」
「…だから言ったのに(実際は何も言ってない)」
モラハラの恐ろしさは、そのまるで洗脳のような不健全な関係性にあると思っている。
友達と遊びに行くことも嫌な顔をされたこと。
成人式の同窓会にも行かせてくれなかったこと。
私が外で働くことを嫌がり、否定したこと。
唯一私に原因があるとすれば、そう、実母からの支配と監視が当たり前の環境で育ったせいで、健全なパートナーシップを知らずに大人になってしまったことなのではないかと思う。
母親と共通する部分はたくさんある。
私が中学生の頃、友人と遊んでいると、母は必ず頻繁に連絡してきた。
「どこにいるの?何時に帰るの?いつまで遊んでるつもり?」
「いいご身分ね、こっちには友達も彼氏もいないのに。」
…そう言われた私は、『お母さんより楽しい思いをしてはいけない』
『お母さんは家に一人でいるのに、私が遊んでてはいけない』
と、本気で思って、友達とカラオケの途中であっても、急いで帰路に着くのであった。
『遊んでてごめんなさい』と帰宅すると、
「別に?帰ってこいなんて一言も言ってないけど。」
と、空を見つめて、日本酒片手にタバコをふかす母がいた。
いつもいつもそうだった。
全くもって意味のわからない理不尽な言葉で私に罪悪感を植えつけ、「勝手にやったんだろ」「自分がそうしたんだろ」と、放置する。
学生の時は、あんたはいいよね、周りに人がいて、誰のおかげで学校いけてんの?と、わざわざ休み時間に電話で、学校にいることさえ責められて、私は感情が行き場をなくして、トイレの窓を殴り割ってしまったこともあった。(あの時はごめんなさい)
そうして、学校の先生たちには、「この度はうちの娘が申し訳ありませんでした」と頭を下げて、ごくまともな親を演じるのだった。
私はいつも、母親や大人の顔色を伺って、彼らの望む通りの自分を演じてきた。
母親からは離れて自立するために世帯分離までしたのに、結局、元配偶者という、人を支配して関係を維持するような人間を選んでしまった。
子どもたちに連鎖させない、と心に決めているが…
子どもたちに同じ苦しみを味わわせたくない。そう強く願う反面、蛙の子は蛙というように、私も同じような過ちを繰り返してしまうのではないかと、不安がよぎる。
息子が見せる自己中心的な言動や、娘の強すぎる意志の影に、元夫の姿を重ねてしまう時もある。
私も、あの人の娘なのだから。
自覚がないだけで、私自身も最低な母親なのかもしれない。
そんな恐ろしい思いに駆られることもある。
それでも、子どもたちを産んだことを後悔する気持ちよりも、彼らの笑顔を見ていると、生きていてよかったと思える。
今はただ、こうして気持ちを吐き出すことで、心の整理をつけ、目の前で無邪気に遊ぶ子どもたちの安心できる環境を守ることだけを考えている。
私は、過去の自分から学び、そして子どもたちから学びながら、少しずつでも成長していきたい。自分自身を愛し、子どもたちと幸せに生きていく。それが、私にとっての未来への希望だ。
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