【「can」じゃなくて、「fun」で生きる!】
きみへ、
「それ、本当にできるの?」
新しいことに挑戦しようとしたとき。
やったことのない世界に足を踏み入れようとしたとき。
誰かが、あるいは自分自身が、こう聞いてくるのです。
「それ、本当にできるの?」って。
でも、その声を真摯に受け取ったら、
もし、人生のハンドルをその問いに委ねてしまったら、
どうなるでしょう。
「できるか、できないか」で選び続けた道は、
いつの間にか、
とても安全で、
とても正しくて、
そして、とても退屈なものになってしまうかもしれません。
—
君が小さかったころ、公園で遊んでいたときのことです。
ブランコに乗りながら、君がこう言いました。
「ねえ、もっと高くこげるかな?」
その顔は、不安そうでもあり、
でもどこかワクワクしているようでもありました。
そのとき、ふと思ったのです。
この子は「できるかどうか」よりも、
「やってみたい」「楽しそう」という気持ちで動いているんだな、と。
そして、その姿を見て、ハッと気づいたのです。
いつから僕たちは、
「できるかどうか」で人生を選ぶようになったのだろう、と。
—
「can」で生きる人生は、
確かに安心です。
計算できるし、予測もできる。
失敗の確率も低い。
でも、そのかわりに、
心が少しずつ小さくまとまっていく。
一方で、「fun」で生きる人生は、
ちょっとだけ不確かです。
うまくいくかどうかは分からない。
失敗することだってある。
でも、そのぶん、
心がぐんと広がっていく。
—
「できるからやる」ではなく、
「楽しいからやる」
この順番を、ほんの少し入れ替えるだけで、
人生の景色はガラリと変わります。
たとえば、
絵が上手じゃなくても、描いてみる。
歌が得意じゃなくても、口ずさんでみる。
初めての場所でも、面白そうなら行ってみる。
そうやって「fun」を優先していると、
不思議なことが起こります。
最初はできなかったことが、
いつの間にかできるようになっている。
そう、
「fun」のあとに、「can」がついてくるのです。
—
逆はどうでしょう。
「can」を先に考えると、
「できない理由」がどんどん見えてきます。
時間がない。
お金がない。
経験がない。
自信がない。
でも、「fun」から入ると、
それらは少しずつ溶けていきます。
楽しいからやる。
好きだから続く。
続くから、できるようになる。
人生は、意外とこのシンプルな流れでできているのかもしれません。
—
そして、もうひとつ大切なことがあります。
それは、
「明日の心配よりも、今日を楽しむ」ということ。
僕たちはつい、未来のことを考えすぎてしまいます。
うまくいくだろうか。
失敗したらどうしよう。
将来、大丈夫だろうか。
もちろん、それも大切です。
でも、そればかりに心を奪われてしまうと、
「今日」というかけがえのない一日が、
どこかぼんやりしたものになってしまいます。
—
今日という日は、
二度と戻ってこない、
一生に一回だけの「今日」です。
その一日を、
「不安」で満たすのか、
「楽しさ」で満たすのか。
どちらを選ぶかは、
実は自分で決めることができます。
—
たとえば、
誰かと笑い合うこと。
たとえば、
好きな音楽を聴くこと。
たとえば、
空を見上げて、思い出にひたること。
どれも小さなことかもしれません。
でも、その小さな「fun」の積み重ねが、
人生をやわらかく、豊かにしてくれるのです。
—
「何かを楽しんでみる」
「誰かと楽しんでみる」
それだけで、十分です。
完璧じゃなくていい。
うまくできなくていい。
ただ、「楽しい」と思える方向に、
ほんの一歩、足を踏み出してみる。
—
人生は、テストではありません。
正解を選び続けるゲームでもありません。
どちらかといえば、
味わうものです。
そして、その味を決めるのは、
「can」ではなく「fun」。
—
だから、今日もこう言ってみてください。
「できるかどうかは分からないけど、楽しそうだからやってみよう」
その一歩が、
きっと君の人生を、
思っているよりもずっと面白いものにしてくれます。
—
Have fun!
アメリカに住んでいたころに、
ホストマザーがよく言っくれました。
英語が上達せずに悩んでいたお父さんに、
どうして英語(言葉)にこだわるの?
あなたは今、アメリカで生きているのよ。
そのこと自体を楽しみましょう。
Have fun !! と。
今日という一日を、
どうか楽しんでください。
「can」の先にある安心よりも、
「fun」の先にあるワクワクを選びながら。
愛する君へ
父より
