見出し画像

生きぬく力 (短編小説)

― しぶとさだけじゃ世界は回らない、そんなもんだよね ―

朝のバス停で、健太は缶コーヒーを握りしめていた。
寝不足の目をこすりながら、今日もなんとか会社へ向かう。
「しぶとく生きるって、こういうことなんだろうな」
そんな独り言が、白い息と一緒に空へ消えた。
彼は昔から、要領がいいわけでも、特別強いわけでもない。
ただ、倒れてもなんとか立ち上がる“しぶとさ”だけはあった。
それでずっと生き延びてきた。
でも最近、ふと思うのだ。
「俺みたいなのが社会の上のほうにいたら、
たぶん世界は回らないよな」
しぶとさは、生きるための力だ。
けれど、社会を動かす力とは違う。
そんなことを考えていたとき、
ふと、昔の上司の顔が浮かんだ。
その上司は、特別優秀というわけでもなかった。
ただ、いつも背筋が伸びていて、
誰かに頼られても、頼っても、
どこか自然体だった。
健太はその背中を、
なんとなく目で追っていた時期がある。
「そういえば、あの人がいたから俺は辞めずに済んだんだよな」
バスが来る。
乗り込んで席に座ると、窓の外に朝日が差し込んだ。
その光を見ながら、健太は思った。
しぶとさだけじゃ、前には進めない。
誰かの背中があって、ようやく風が吹く。
会社に着くと、後輩の美咲が声をかけてきた。
「先輩、昨日の資料、助かりました。
ああいうの、私まだ苦手で…」
健太は照れくさく笑った。
「いや、俺もしぶとくやってるだけだよ」
美咲は首をかしげた。
「しぶといっていうか…なんか、安心するんですよね。
先輩の後ろにいると」
その言葉に、健太は少しだけ驚いた。
自分が誰かの背中になっているなんて、
考えたこともなかった。
でも、そうか。
自分も誰かの背中を借りて生きてきたように、
今は誰かが自分の背中を見ているのかもしれない。
しぶとさだけじゃ世界は回らない。
でも、しぶとさがあるからこそ、
誰かの背中を追えるし、
誰かに背中を見せられる。
そんなもんだよね。
それで十分だ。
健太はそう思いながら、
今日もまた、しぶとく、そして少しだけ誇らしく、
会社のドアを押した。

いいなと思ったら応援しよう!

ひとりごと、誰か言@共感だけでも満足します よろしければ応援お願いします!!いただいたチップは今後の創作活動のために役立てます!!