内なる炎(小説2)

前回のお話しは以下です。
※本来なら概要を記載したいのですが、今は、創作に集中したいのでリンクのみとさせていただいております。


凛とした立ち姿。
丁寧だが、どこか困惑した様子で職員と話している。
そして何より、彼女が首から下げている社員証のロゴに心臓が少し跳ねるのを感じた。
『NEXUS 霧島玲奈』
その女性が何か書類を受け取ってこちらに振り向いた。
歳は俺たちより少し下だろうか。
理知的な瞳と、すっと通った鼻筋。 
非の打ち所のない美しさと芯の強さを感じさせる雰囲気をまとっていた。
彼女が待合にいる俺たちの存在に、一瞬だけ視線を向けた。
俺は、受付カウンターに立つNEXUSの社員証を下げた女性からそっと視線を外した。
そして、隣に座る蓮にあくまで雑談を装って小声で話しかける。
「なあ、蓮。すごい人だな…。」
俺の意図を即座に察した蓮も視線は手元のパンフレットに落としたまま小声で返す。
「ああ、気づいてる。
あれはNEXUSのロゴだ。
…特区担当の人間だろうな。
こんなところで何してるんだ…?」
俺たちは、会話を続けるふりをしながら、横目で彼女の様子を注意深く観察する。
彼女とカウンターの職員との会話が、ロビーのざわめきに混じって断片的に聞こえてくる。
「…申請の…」
「第一期の…締め切りは…」
「…はい、この要項で…」
どうやら、何かの申請手続きについての情報を集めているようだ。
やがて、彼女は職員から書類の束を受け取る。
その一番上の表紙に印刷されたタイトルが、目に一瞬だけ飛び込んできた。

『蒼波市AIイノベーション促進助成金 申請要項』

やはり…! 
俺たちが最後の望みとして狙っていた新しい助成金制度だ。
彼女は受け取った書類にさっと目を通すと、少しだけ意外だというように眉をひそめた。
そして、すぐには立ち去らず踵を返すと、少し離れたパンフレトが並ぶ棚へと移動して他の資料にも目を通し始めた。
隣で蓮が、興奮と焦りを抑えた声で君に囁いた。
「翔、見たか?
やっぱり助成金狙いだ。
しかも、俺たちが狙ってたやつにドンピシャじゃないか…!
NEXUSみたいな大企業まで、この助成金を申請するのか…?」
NEXUSも同じ情報を追っている。
彼女の様子からすると、申請要項に何か想定外の記述があったのかもしれない。
俺は蓮に力強く頷いてみせた。
「まずは俺たちの番が先だ。
カウンターで同じ職員から話を聞いて、NEXUSの人間が何に驚いたのか、探り出そう。」
「ああ、それがいい。」
と蓮も同意する。
「あいつが眉をひそめてた理由、気になるからな。
…よし、次、俺たちの番だぞ。」
電光掲示板に君たちの番号が点灯する。
二人は顔を見合わせて意を決してカウンターへと向かった。
対応してくれたのは先ほど霧島玲奈と話していた少し人の良さそうな若い男性職員だ。
「こんにちは。
AIイノベーション促進助成金についてお伺いしたいのですが。」
俺がそう切り出すと職員は待っていましたとばかりに書類の束を差し出した。
「はい!『蒼波市AIイノベーション促進助成金』ですね。
本日公開になったばかりでお問い合わせが殺到してるんですよ。
こちらが申請要項です。」
蓮がそれを受け取ってすぐにページをめくり始めた。
彼が核心を突く。
「先ほど、NEXUSの方も来られていたようですが、この助成金には何か特別な申請条件でもあるんですか?」
その言葉に、職員は「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりに、少し声を潜めて蓮が持っている書類の特定の箇所を指差した。
「ええ、実は…。
今回の助成金は統治AI『MINERVA』の『機会の平等』という理念を強く反映してましてこの第7項に特別な一文があるんです。」
俺たちは、指差された箇所を覗き込む。
そこに書かれていたのは信じられない一文だった。

【蒼波市AIイノベーション促進助成金 申請要項】
第7項 申請資格
『申請者は、資本金1億円未満の独立した中小企業に限る。大企業およびその関連会社は、本助成金の申請資格を持たない』

職員は誇らしげに続ける。
「ですので…先ほどのNEXUS様のような大企業は残念ながら対象外となるんです。 
我々としても心苦しいのですが…。 
まさに、天野様のようなスタートアップの方々を最大限支援するための制度ということですね。」
俺たちは顔を見合わせた。
驚き、そして、じわじわと込み上げてくる歓喜。 
最大のライバルであるNEXUSがこのレースのスタートラインに立つことすらできないのだ。
しかし、職員は少し申し訳なさそうな顔で、こう付け加えるのを忘れなかった。
「ただ、その分、審査は過去に例がないほど厳格です。
事業計画の革新性はもちろん、その事業が社会にどう貢献して倫理的な問題をどうクリアするのか…。 
その全てを独立監査機関『THEMIS』が直接評価します。
生半可な計画ではまず通りませんよ。」
カウンターを離れて市役所の片隅で、俺たちは改めて申請要項を見つめる。
「翔、聞いたか!」
蓮が、抑えきれない興奮を隠さずに言う。
「これは天がくれたチャンスだ!
NEXUSはいない!
この助成金、俺たちの独壇場になるかもしれないぞ!」
しかし、彼の言葉とは裏腹に課題はあまりにも大きい。
『THEMIS』という、まだ誰も実態を知らないAI監査機関の評価をクリアしなければならないのだ。
それに霧島玲奈の動きが気になる。
「待てよ、蓮。」
「なんだよ翔、水差すなよ!」
色めき立つ親友に俺は鋭い視線を向けたまま続ける。
「NEXUSが対象外なのは分かった。
最高のニュースだ。
だが、それなら…あの霧島玲奈って子は、なんでまだ市役所にいるんだ?
普通なら一大事だろ。
すぐ会社に報告に戻るはずだ。」
蓮の興奮した表情がみるみるうちに消えて険しいものに変わっていく。
「……確かに。
言われてみればそうだ。
諦めて帰るならともかく、あそこで他のパンフレットを読み漁るなんて…妙だな。」
「だろ?
何かしっくりこない。
もう少しだけ、彼女の様子を見よう。」
二人は頷き合うと申請要項の書類をカバンにしまい柱の陰から少し離れたパンフレット置き場にいる玲奈の動向を窺った。
彼女は、俺たちが手にした「AIイノベーション促進助成金」のパンフレットには目もくれない。
その代わり、別の棚にある資料を数枚手に取って非常に熱心な様子で読み込んでいる。
その真剣な横顔は、やはり美しかった。
しかし、今はそれ以上に、彼女の目的が何なのかが心をざわめかせる。
やがて彼女は数枚のパンフレットを手に取るとスマートフォンを取り出して誰かに電話をかけ始めた。
声は聞こえないが、時折頷いたり、厳しい表情で首を振ったりしている。
上司への報告と次の指示を仰いでいるのだろうか。
数分後、電話を終えた彼女は何かを決意したように顔を上げると迷いのない足取りで市役所の出口へと向かい雑踏の中に消えていった。
彼女が完全にいなくなったのを確認して俺たちは彼女が先ほどまでいたパンフレット置き場へと急いだ。
彼女が熱心に見ていたのは一体何だったのか。
そこに残されていたのは一つのパンフレットだった。
『蒼波市 中小企業・スタートアップ連携支援プログラムのご案内』
それを見た瞬間、蓮が「あっ」と声を漏らし、苦々しい顔でパンフレットを手に取った。
「…そういうことか、翔。
あいつら…!」
蓮は悔しそうに唸る。
「自分たちが申請できないなら、資格のある俺たちみたいな中小企業と『連携』して、実質的に助成金を取りにくるつもりなんだ。NEXUSの技術を売り込み、共同申請の形に持ち込んで開発の主導権も成果もうまいこと持っていく…。
あの子、とんでもないタヌキだぞ…!」
NEXUSの脅威は去ってはいなかった。
むしろ、より狡猾で見えにくい形で俺たちの計画に介入してこようとしている。
「どうする、翔?」
蓮が真剣な顔で君を見る。
「最高の計画書を作ってる間に、NEXUSが他の有望なスタートアップと手を組んでしまうかもしれない。
…いや、もしかしたら、俺たちのところに直接、提携の話を持ちかけてくる可能性だってゼロじゃない。」
状況は一変した。
NEXUSは、正面からの勝負を避けて俺たちの土俵に上がり込もうとしている。
だけど、
俺は目の前のパンフレットではなくて親友である蓮の目をまっすぐに見て言った。
「関係ない、蓮。  
NEXUSがどう動こうと俺たちのやることは一つだ。」
一切の迷いも恐れもなかった。
「小手先の戦略じゃない。
技術でビジョンで圧倒するんだ。
他の誰も思いつかない、介入する隙なんて微塵も与えないくらい、完璧な計画書を叩きつける。
それだけだ。」
俺は続ける。
その声は、静かだがオフィスに響き渡るようだった。
「審査するのは独立監査機関『THEMIS』なんだろ?
なら、最高にクリーンで最高に革新的で最高にこの社会のためになる計画こそが勝つはずだ。
それを作ろう。
俺たちなら作れる。」
蓮は一瞬、息を呑んだ。 
そして、次の瞬間、ふっと笑みを漏らした。
「…フッ、そうだよな。 
それこそがお前だ、翔。 
ごちゃごちゃ考えすぎてた俺が馬鹿だったよ。」
蓮は手にしたパンフレットをくしゃりと握ってゴミ箱へと投げ捨てた。
「わかった。
やろうぜ。
NEXUSが小賢しい連携先を探してる間に、俺たちは遥か上空、成層圏まで突き抜けてやろう。」
彼の目にも再び強い光が宿っていた。
「オフィスに戻るぞ。
俺は『THEMIS』の評価基準と法律の側面を徹底的に洗い出す。 
お前は、俺たちの『Aether Wings』がこの蒼波市をどう変えるのか…その最高のビジョンを描き出してくれ!」


数日後、Aether Wings オフィス 

市役所を後にしてから眠れない夜が始まった。
ホワイトボードは、数式、ビジネスモデルの図、そして書きなぐられたアイデアで埋め尽くされて床にはコーヒーの空き缶が転がっている。
技術的な革新性、そして経済的な実現可能性。
計画書のその二つの柱は俺たちの昼夜を分かたぬ議論の末、かなり強固なものになってきた。
しかし、まだ何かが足りない。
パズルの最も重要なピースがまだハマっていない。
腕を組んでホワイトボードを睨んでいた蓮が唸るように言った。
「…だが、翔。
一番の肝はここだ。
『THEMIS』が最も重視するという『社会貢献性』と『倫理』。
俺たちのドローンはただ速く安く荷物を運ぶだけじゃない。
その先で、この蒼波市の『何』を具体的に解決できる?
俺たちの計画の一番の『売り』は何にすべきだと思う?」
蓮の問いはこの事業計画の「魂」を問うていた。
俺たちの技術でこの街の何を救い何を変えるか。

次回はこちらです。


いいなと思ったら応援しよう!