タイ〜ブルネイ11間旅day8ブルネイ ザ・エンパイヤの1日2025.10.31
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こちらの続きです。
今日もブルネイは良い天気です。

早起きして、散歩でも、、と思っていましたが、二度寝、三度寝をして結果、寝坊しました。それも良いでしょう。
のんびり朝風呂、ストレッチ、Duolingo、Speaakをちゃちゃと終えて、朝ごはんに行きます。
エンパイヤブルネイでの朝ごはんは今日1回なので、全力で食べます。
朝食会場までの廊下も美しい。


朝ごはん会場に到着です。

ここがいっぱいになることってあるのかな?
一通りなんでもあります。

まずはこれくらいからスタート、


こんな高い天井を見ながら朝ごはんを頂くのは初めてです。ほぉ〜っと見上げながら食べていました。
ここのビエノワズリー、どれもおいしくてびっくりでした。

そして!

ホテル内、本当にどこも美しく静かです。



スルタンご夫婦についてお勉強。
まずはスルタン様から、
🕌 ハサナル・ボルキア・スルタン(Hassanal Bolkiah)
1946年7月15日生まれ。ブルネイの首都バンダル・スリ・ブガワン(当時はブルネイ・タウン)に生まれ、父オマール・アリ・サイフッディーン3世の退位を受けて、1967年に21歳で第29代スルタンに即位しました。
英国の名門・サンドハースト陸軍士官学校で学んだ経験を持ち、帰国後はイスラムの価値観と近代的な統治を組み合わせた政治を進めてきました。
スルタンは国家元首であると同時に、首相・国防相・財務相・外務相を兼任し、政治・軍事・経済の実権をすべて握っています。ブルネイは石油と天然ガスに恵まれた国で、その豊富な資源が国の繁栄を支えています。国民には教育・医療が無償で提供され、所得税もほとんどありません。こうした体制の中心にいるのがスルタンであり、国の経済と宗教の両面における最高権威です。
一方で、イスラム法(シャリーア)の厳格な導入などにより、国際的な批判を受けたこともあります。
それでも国内では、長期にわたる安定と福祉の象徴として支持を集めています。
世界で最も裕福な王族の一人とされ、所有するロールスロイスは数百台ともいわれます。
王宮「イスタナ・ヌルル・イマン」は1,700室を超え、ギネス世界記録にも登録された世界最大の宮殿です。
公務以外では、ポロやスカッシュを嗜み、ヘリコプターや飛行機の操縦免許も持っています。
華やかな私生活を送りながらも、ブルネイの国家理念「マレー・イスラム・君主制(Melayu Islam Beraja)」を守る姿勢を崩さず、半世紀以上にわたって国を率いています。
お次は奥様、
👑 ペンギラン・アナク・サレハ王妃(Raja Isteri Pengiran Anak Saleha)
1946年10月7日生まれ。ブルネイの王族に連なる名家の出身で、スルタン・ハサナル・ボルキアとは従兄妹にあたります。
1965年に結婚し、現在も第一王妃として王室の中心に立ち続けています。
王妃の正式な称号「ラジャ・イステリ(Raja Isteri)」は、スルタンの正妻であることを意味し、ほかの妻とは一線を画す特別な地位です。
サレハ王妃は控えめで穏やかな性格として知られ、国内外の慈善活動や女性・子どもの福祉分野で長年にわたり公務を担ってきました。
「ラジャ・イステリ基金」など複数の団体を後援し、教育支援・医療・女性の地位向上に関する活動を続けています。
また、王室行事や外国要人の接遇でも重要な役割を果たし、ブルネイの「母」として国民に親しまれています。
私生活では読書や園芸、果樹の栽培、鳥の飼育などを好むとされ、華やかな王宮生活の中でも伝統と家庭を大切にしています。
スルタンとの間には6人の子どもが生まれ、そのうち長男のアル=ムフタディー=ビッラー皇太子が王位継承者です。
半世紀以上にわたり、ブルネイの王妃として公私ともにスルタンを支え続け、今もなお国民から深い敬意を集める存在です。
このスルタン、一夫多妻だったらしく、
ブルネイのスルタンは イスラム法に基づく一夫多妻制(ポリガミー) を認められています。
ただし、誰でも自由に複数の妻を持てるわけではなく、宗教上・社会的に厳しい条件があります。🇧🇳
🕌 宗教的背景
イスラム教では、
男性が最大4人まで妻を持つことが認められています。
ただし条件として:
・全員を公平に扱うこと(生活・経済・愛情の平等)
・十分な経済力と責任があること
が求められます。
実際、スルタンのように莫大な資産と社会的権威を持つ人物でなければ、複数の妻を持つのは難しいとされています。
スルタンの場合
ハサナル・ボルキア陛下は、これまでに 複数の妻を迎えたことがある と公に知られています。
1️⃣ 第一夫人:ペンギラン・アナク・サレハ王妃(現王妃)
1965年に結婚。現在も正式な「ラジャ・イステリ(王妃)」として地位を保っています。
2️⃣ 第二夫人:マリアム・アブドル・アジズ
1981年に結婚、2003年に離婚。元客室乗務員で、離婚後は公の場から退いています。
3️⃣ 第三夫人:アズリナズ・マザール・ハキム
2005年に結婚、2010年に離婚。マレーシアのテレビ・アナウンサー出身でした。
現在は、第一王妃サレハのみが王室の公式な王妃として活動しています。
他の二人は離婚済みで、公式の場に姿を見せることはありません。
ちなみに、次のスルタンは、
アル=ムフタディー=ビッラー皇太子だそうで、

1974年生まれ。現スルタン・ハサナル・ボルキアと第一王妃サレハの長男。幼少期から後継者として教育を受け、オックスフォード大学などで政治学を学びました。1998年に正式に皇太子となり、現在は首相府上級大臣として国政に関わっています。外交や公務を通じて経験を重ね、穏やかで誠実な人柄から国民に親しまれています。
👸 ペンギラン・アナク・サラ王妃
1987年生まれ。ブルネイとスイスの血を引く名家出身で、国内トップ校を経てブルネイ大学を最優等で卒業。2004年、17歳でアル=ムフタディー=ビッラー皇太子と結婚しました。4人の子を育てながら、教育や福祉、女性支援などの活動に積極的に関わり、知性と気品を備えた次世代の王妃として国内外で高く評価されています。
生まれ変わったら1回くらいどこかのお金持ちな小国のプリンセスになりたいなあ、、、と無料の妄想をしました。
ちょっとホテル内のお店を見に行きます。



ここでブルネイの地図のマグネットを買いました。
さらに暇なので、カートでこの広大なホテル内一周ツアーをお願いしてみようと玄関に行きました。

私のお願いは快くOKをもらい、

ホテル一周ツアー、スタート。



映画館前も通過しました。

従業員数も500人くらいらしいです。
繁盛期はいつ?と聞いたところ、ブルネイの学校のお休みの時期?らしく、7月8月が混むわけではないことと、ブルネイの気候は8月が暑いわけではないことを教わりました。
ということで、日本の夏休み期にブルネイは悪くない時期ということです。


よくわかりませんでした。


ありがとうございました。
ホテル一周ツアーも楽しみ、次はプールでパシャパシャします。
プールで夕暮れまでのんびりします。

私の生きる«美学»って何だろ?と考えながら、ここで浮き輪で浮いていました。
いろいろ考えましたが、自分の美学は人様に言うものではなく、内に秘めてこそ美学かも、と思いました。
ブルネイのプールで生まれて初めて自分の生きる«美学»なんてものを考えてみました。これからも時々考えてみます。
ぼけっとしていても時は過ぎ、

太陽が水平線に消えるのをずっと眺めてました。







iPhone、きれいに撮れますなあ。
マジックアワー、でした。
夜は、ルームサービスにしました。
なぜなら、食事と一緒にビールが飲みたいからです。

ポテトフライ、やめとけばよかった、食べすぎです、食べきれませんでした。
エンパイヤブルネイで過ごす1日終了です。
明日はまたバンコクに戻ります。
バンコクで何しようかな?
