2泊3日初めての函館旅行
2025.11.22-24
2泊3日、家族(娘と夫)で函館旅行をした時の記録です。
初めての函館旅行です。
✈️1日目
まず、夕方の便で羽田から函館へ行きます。

羽田空港のPLAZAで少々お買い物をしました。口紅とSNOOPYの手袋を買いました。羽田空港に行くと、PLAZAに寄りたくなります。
そして、飛行機に乗る前に、軽く夕食。函館に夜、到着した後にも何か食べたい!ので軽く(=ホットドックとビール)、にしておきました。
定刻で搭乗。
機内では、ひたすら「キム秘書」を見ました。
目はカピカピになりましたが、あっという間に函館空港に到着しました。
すっかり日も暮れています。

新しくてきれいな空港でした。
いざ、函館へ入場、
ワクワク。

函館空港の観光コーナー、

今回はしませんが、、、
タクシーでホテルへ。
空港から約20分でホテルに到着しました。


ホテルに荷物を置き、夕食を食べに、ホテルから函館駅方面に歩きます、約1km、がんばります。

函館駅近くの、適当に入った居酒屋さんで遅い夕食です。

ビールや焼酎を飲みつつ、貝やエビを焼いて食べました。函館気分を味わいました。

遅い夕食を終え、またホテルまで1kmほど、途中、セイコーマートに寄りつつ、アイスクリームを食べながら、きーんと冷える函館の道を歩きました。
函館の短い第1日目、終了です。
🚗2日目
函館旅行、2日目の朝です。
朝、起きた時は雨が降っていたのですが、徐々に天気が良くなってきました。

いざ、ホテルの朝食会場へ。
このホテルは「朝食が良い」と評価が高かったので楽しみにしていました。

海鮮丼の食べ放題、

この他にも、
豚丼、海老天丼、函館ラーメン、イカ墨オムレツ、ひつまぶし、パン、、、食べきれないほどのものが並んでいました。興奮は最高潮、です。

マスタードがブシャーと出ました。
好きなものだらけの海鮮丼、

この後も、あれこれ食べ続けました。
明日の朝もここで食べられるので、ほどほどであきらめます。
そして、
いざ、函館観光に出発です!
まず、タクシーで五稜郭に行きます。

ホテルから15分くらいで、五稜郭に到着。
まず、五稜郭タワーに登って、五稜郭を上から見せていただきます。

タワーの入り口に、土方歳三さま像。


説明を読み、土方歳三さまについて、にわか勉強をします。
この旅の前に、昔の宝塚雪組公演の
「誠の群像」を復習しようと思っていたのに、結局見ずに来てしまいました。
帰ったら絶対見て復習します。
タワーに登るチケットを買います。


エレベーターで、タワー上に登ると、
五稜郭側、

絶景です。
海側、

五稜郭の模型なんか見つつ、

五稜郭の歴史を学びました。

タワー展望台は、五稜郭の歴史がわかりやすく展示されていて勉強になりました。
恥ずかしながら、、、
私は今まで、五稜郭について何も知らず、、、古墳か何かと思っていました。
五稜郭について勉強しました。
五稜郭(ごりょうかく)は、北海道・函館に築かれた日本初の本格的な西洋式の城郭で、星形の美しい形で知られています。しかし、五稜郭は最初から軍事要塞として造られたわけではありません。本来の目的は、箱館奉行所という行政施設を移転し、政治の中心を安全に守ること でした。
当時の日本は開国を迎え、北方からの外国勢力を強く警戒していました。そこで、オランダの軍事書を参考に、砲撃を分散させ死角を作らないようにするための 星形の西洋式防御構造 が採り入れられました。つまり、五稜郭は 「政治施設を守るための防御型拠点」 として建設されたのです。
歴史の表舞台に大きく登場するのは、戊辰戦争の最後を飾る「箱館戦争」です。旧幕府軍の榎本武揚や土方歳三が五稜郭に立てこもり、新政府軍と戦いました。ここで初めて、五稜郭は文字通りの“要塞”として使われます。1869年の開城をもって戊辰戦争は終わり、五稜郭は幕末の象徴の一つとして名前を残すことになります。
現在の五稜郭は美しい公園として整備され、復元された箱館奉行所や、上空から眺める星形の景観が人気を集めています。春には桜が堀を縁取るように咲き、北海道を代表する歴史スポットとして多くの人が訪れています。
昔、函館は、«箱館»と書かれていました。
● 「箱館」から「函館」へ漢字が変わった理由
函館はもともと、町の地形が四角い箱のように見えたことから「箱館」と書かれていました。ところが明治時代、政府が地名表記を統一する際に見直しが行われます。「函」という字には“入り口が狭い箱形の地形”という本来の意味があり、町の姿により適しているとして、1879年に正式表記が「函館」へ改められました。
いろいろ勉強になりました。
タワーでアイスクリーム休憩と、、、

売店で、大好きなお買い物をします。

正しいお土産売り場、最高です。
お買い物を終え、
函館のマンホールデザインをチェックしつつ、

タワー前で記念撮影、

(夫撮影)
いざ、五稜郭内部へ

看板を読み、勉強しつつ、、

入場します。


建物の中は資料館になっていますので見学します。

箱館奉行所は、幕末に江戸幕府が蝦夷地を直接統治するためにつくった役所で、五稜郭の中心にあった建物です。奉行や役人たちはここで行政、外交、防衛、裁判などを行い、当時の北海道における「政治の中心地」として機能していました。もともとの建物は明治のはじめに取り壊されましたが、古い図面や文献、発掘調査をもとに、2010年に当時の姿がほぼ完全に復元されました。
館内でお勉強、、、

五稜郭の設計家の武田斐三郎先生について、

愛媛県大洲藩の出身で、幕末に活躍した技術者・蘭学者です。大阪の適塾で蘭学を学び、江戸では航海術・測量・築城・造兵といった当時最先端の西洋技術を広く身につけました。とくに、洋式築城の知識が深く、周囲から「東洋のレオナルド・ダ・ヴィンチ」と呼ばれるほど多才だったと伝えられています。 その能力を評価され、幕府の命で箱館(函館)に派遣されると、沿岸防備のための測量や砲台建設に携わり、五稜郭の築造でも中心的な役割を果たしました。五稜郭は当時のヨーロッパ式の星形要塞で、斐三郎が学んだ洋学の成果がもっとも明確に表れた仕事です。 さらに彼は教育者としても優秀で、箱館では数学・化学・測量などを教える場を設け、若者を育てました。軍事・学問・建築を横断する知識を持ち、幕末の「技術革新期」に重要な役割を担った人物といえます。 なお、斐三郎は海外留学はしていません。当時としては珍しいほどの西洋知識を持っていましたが、すべて国内で蘭学や洋学を学び、書物や外国人からの指導を通じて独学に近いかたちで習得しています。
すごい人です、、、
そして、
世界の五稜郭の地図、

いいかもです。
ヨーロッパ拡大図、

いつくかのお部屋を見学しました。
お勉強をされている方もいらっしゃいました。

よく見せていただきました。
外に出ると、気持ちの良い秋晴れでした。
周辺をぐるりと散歩しました。

ここは桜が咲いたら、見事でしょう。


桜の時期に来ることは難しそうなのて、絵葉書を買って満足しました。

そして次は、
五稜郭近くの六花亭に行きました。

六花亭の建物はどこも美意識の高さを感じます。
店内の大きなガラスが五稜郭が借景になっていて、大層素敵でした。

最初は、「お菓子はダイエット中だから買わない、、」とか言っていましたが、場の雰囲気に呑まれ、結局、爆買いをしていました。
旅中は、楽しんだもの勝ち、ということで。
五稜郭からまたタクシーに乗り、元町方面へ。
八幡坂の上でタクシーを降りました。

ここは有名な景色らしく、


がんばって撮影しました。
ここで写真を撮った後、周辺を散歩しました。
まず、旧函館区公会堂の見学です。


様々なお部屋があり、



次は、
旧北海道庁函館支庁庁舎へ。

ここは、外からチラッと見て終了。
次はペリーさんを拝みに行きます。
ものすごい逆光タイム。


ペリーさんの当時の動向を調べてみました。
✦ ペリー来航から下田・函館まで1853年(嘉永6年)6月3日、ペリー艦隊が浦賀に来航し、日本に開国を求めた。いったん帰国したのち、1854年(安政元年)2月13日に再び日本へ来航し、3月31日に日米和親条約が締結され、下田と函館を開港することが決まった。条約の実施を確認するため、ペリー艦隊は4月22日に横浜を出発し、4月25日に伊豆下田へ入港した。下田で港の状況を調べ、幕府と滞在の細かな条件を定めたのち、艦隊は開港地もう一つである函館を視察するために5月8日に下田を出航した。そして5月17日に函館へ到着し、港の地形や水深を詳しく測量し、開港に向けた準備を進めた。このように、黒船来航から始まった交渉は、条約締結後の下田・函館の実地調査へと続いていった。
ペリーさんと言えば、浦賀、下田はなんとなく知っていましたが、函館にも来ていたとは、全然知りませんでした。
ペリーさんについて、、、少し勉強になりました。
そして、坂を下り、次の観光地、赤レンガ倉庫へ。

ここもお土産物、お買い物天国、


こちらで少々お買い物をして、一旦ホテルに戻ります。今日は函館ロープウェイに乗らないといけませんので。
が、その前に、
ホテル近くのたこ焼き屋さんに寄り道。

両方、老舗のようでした。
こちらはすごくタコが大きくて、サラリとしたソースと良く合うたこ焼きでした。
お値段もすごくリーズナブルでした。
ホテルに荷物を置き、少し休憩をしてロープウェイ乗り場に行きます。ホテルから歩いて行きました。
連休のため、大行列で1時間近く並びました。

がんばった甲斐ある絶景でした。



下りのロープウェイも混んでいました、がんばりました。
ロープウェイで下山し、徒歩でまた赤レンガ倉庫に戻り、ビアホールで夕食にしました。

まず一杯目、

二杯目、

北海道・空知で生まれたホップ「ソラチエース」を使ったサッポロビールのブランドで、代表は「SORACHI1984」です。ヒノキやレモングラスのような爽やかな香りが特徴で、個性的な味わいが人気です。一度は日本であまり注目されませんでしたが、アメリカのクラフトビール界で高く評価され、そこから逆輸入的に日本でも広まりました。現在は全国で購入できるビールとして親しまれています。
三杯目は(エビス)黒ビール、、、
飲み過ぎです。
ビアホールにて、みんなで好きなものをたらふく飲み、食べました。
抑制の外れた酔っ払いは、
ビアホール前のラッキーピエロをのぞきに、、、


ここで、ハンバーガーを1つと、ラッキーピエログッズのお買い物をしました。

ハンバーガーをみんなで分けて食べながら、ホテルに戻ります。
道中のマンホールチェック、

イカデザイン
そしてまだ食べる?
本日2度目のたこ焼きです。


こちらは小ぶりのたこ焼きでソースはなし、生地に良いお味がついていました。
2軒とも、まったく違うスタイルのたこ焼きで両方好きでした。
飲み過ぎ、食べ過ぎ、です。
明日は函館最終日です。
✈️3日目
函館3日目の朝です。
また夜のうちに雨が降っていたみたいですが、朝には曇りになっていました。

函館山と海
また、お楽しみの朝食会場へ、
たくさん食べるぞぉ〜、と意気込みます。

他にもあれこれ食べるので、

結局、一杯しか食べられませんでした。一杯でも山盛りなので、十分でしょう。
部屋で荷造りをし、チェックアウト。
荷物をフロントにお預けし、また赤レンガ倉庫へ。
のんびりふらふらする予定です。

赤レンガ倉庫に到着、


最後のお買い物をしました。

赤レンガ倉庫近くの、日本最古のコンクリート電柱を見に行きましたが、


2本あり、夫婦電柱、らしい…です。
軽いランチのため、ラッキーピエロへ。

すっかりラッキーピエロの大ファンです。


店内のソフトクリームのオブジェで勝手に撮影。

最後、ホテル近くの別のラッキーピエロでソフトクリームを食べました。

思い残すことなし!
ホテルに戻り荷物を受け取り、タクシーで函館空港へ。
帰りはAIR DOでした。

さよなら函館👋

また来まーす♪

2泊3日の函館旅行、でした。
今回の戦利品は、

