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〈論文紹介〉真夏日、ベビーカーの中はどれだけ暑いのか――路面からの照り返しと「高さ50cm」をめぐる研究

原題:Optimal low-cost cooling strategies for infant strollers during hot weather
掲載誌:Ergonomics 2023年;66(12):1935-1949
著者:Bin Maideen MF, Jay O, Bongers C, Nanan R, Smallcombe JW
所属:シドニー大学 温熱人間工学研究室/熱と健康研究インキュベーター(オーストラリア)ほか

はじめに:なぜ「高さ」が論点になるのか

真夏日にベビーカーを押していると、「大人の自分でこれだけ暑いのだから、地面に近いこの子はもっと暑いのではないか」という不安がよぎります。実際、気象情報として発表される気温は地上1.5m前後の高さで、日射を遮り通風した条件で測られたものであり、ベビーカーの座面(おおむね地上0.3〜0.6m)の環境をそのまま表しているわけではありません。

この直感は、公的機関の実測でもおおむね裏づけられています。ただし「どれだけ暑いのか」を数値で語ろうとすると、話は一気に込み入ってきます。ネット上では「ベビーカー内は50℃」「子どもは大人より7℃暑い」といった数字が飛び交いますが、その多くは企業の検証実験やプレスリリースが出典で、査読を経た研究ではありません。

ここで紹介するのは、ベビーカーという“箱”の中の温熱環境を系統的に実測した数少ない査読論文の一つ、シドニー大学のグループによる研究です。あわせて、地面からの高さによる差を扱った環境省の観測と3つの研究も紹介し、そこから見えてくる本質を最後に整理します。

そもそも何を測っているのか

最初に押さえておきたいのは、「暑さ」を表す指標が複数あり、それぞれ別のものを測っているという点です。

気温:空気の温度。通常は地上1.5m前後で、日射を遮り強制通風した条件で測る。
路面温度:舗装の表面そのものの温度。人が浴びている空気の温度ではない。
平均放射温度(MRT):周囲から受ける放射熱を温度に換算した値。照り返しの強さを表す。
暑さ指数(WBGT):気温・湿度・輻射熱を統合した指標。熱中症予防の判断に用いる。

「路面が60℃」という数字はしばしば衝撃をもって語られますが、これは舗装表面の温度であって、その上の空気の温度でも、子どもが感じている温度でもありません。路面温度が高いことが問題なのは、そこから上向きの放射(照り返し)が生じ、地面に近いほど人体が受ける放射熱が増えるからです。この“測っている中身”の理解が、後半の結論の解釈に決定的に効いてきます。

言い換えれば、路面温度・気温・WBGT・体感温度は、同じ現象の別々の側面です。どれか一つの数字だけを取り出して「ベビーカーは○℃」と語ると、必ず読み違えが起きます。

真夏日の路面温度と、高さ別の暑熱環境

真夏の舗装路面温度については、公的資料でおおむね60℃前後という数字が用いられています。東京都は、夏季に約60℃まで上昇する都道の路面温度を抑えるために遮熱性舗装・保水性舗装を整備しており、国土交通省の資料では、国道246号での検証において遮熱性舗装が密粒舗装に対し最大9.8℃の路面温度低減を示したと報告されています。

一方、高さによる差については環境省が実測を公表しています。千代田区・練馬区で、通常観測の高さ1.5mと、子ども・車いすを想定した0.5mを比較したものです。

ここで注意したいのは、しばしば引用される「50cmでは150cmよりWBGTが2℃以上高い」という言い方が、環境省の原典とはずれていることです。原典が述べているのは「平均して0.1〜0.3℃高い」「風が弱く日射が強いときには2℃程度高くなった事例もあった」であり、2℃は平均値ではなく条件が揃ったときの上限側の事例です。ただし環境省自身が「50cmでは地表面の影響を受けやすいため、体感温度はさらに高くなる」と付け加えている点も、同時に見落とすべきではありません。

シドニー大学の実験結果

本研究が対象としたのは、ベビーカーそのものです。市販のベビーカーに測定器を組み込み、8種類の使い方(コンフィギュレーション)を、順序を釣り合わせた配置で真夏の16日間にわたり比較しました。外気の条件は気温33.3±4.1℃、相対湿度36.7±15%でした。

この研究が重視されるのは、規模ではなく比較設計の質です。同じベビーカー・同じ計測系で条件だけを入れ替え、順序効果を打ち消すカウンターバランス配置をとることで、「布をかけたから涼しくなった気がする」という思い込みを排したうえで比較できます。ベビーカーの温熱環境を系統的に実測した研究がほとんど存在しないなかで、本研究の重みは大きいと言えます。

要点は3つです。第一に、日よけのつもりで乾いた布をかけると、庫内はかえって暑くなりました。乾いたフランネルで40.0℃、乾いたモスリンで39.2℃と、いずれも幌を下ろしただけの対照(37.5℃)より高温です。第二に、クリップ式ファンを足しても、乾いた布の不利はほとんど埋まりませんでした。第三に、布を水で湿らせると状況が反転し、湿らせたモスリンで33.6℃、これにファンを併用すると32.3℃と、対照より有意に低くなりました。

研究グループはあわせて、20分後の外気との差として、乾いたフランネルで+3.7℃、乾いたモスリンで+2.6℃、ファンのみで−0.1℃、湿らせたモスリンで−3.0℃、湿らせたモスリンとファンの併用で−4.7℃という値も示しています。20分という時間は、買い物や保育園の送り迎えで日常的に生じる長さです。

見過ごせない点:善意の対策が逆効果になる

この研究が突きつけているのは、「日よけになると思ってやっていることが、実は加温装置として働いていた」という事実です。乾いた布は日射こそ遮りますが、同時に通気を止め、布自体が日射を吸収して高温になり、その熱を内側に再放射します。差し引きで庫内は暑くなります。

ファン単体がほとんど効かなかったことも重要です。気温が皮膚温に近づくと、送風は「涼しい空気を送る」のではなく「熱い空気を当てる」ことになり、蒸発を伴わない限り冷却にはなりません。逆に、湿らせた布とファンを組み合わせると蒸発冷却が働き、初めてはっきりした低下が得られました。ただし布が乾けば効果は消えるため、15〜20分ごとの湿らせ直しが前提になります。

他の研究はどう言っているか

高さの問題を扱った研究も、方向性はおおむね一致しています。

Kurazumiら(2022)は、乳児のサーマルマネキンを用いて、ベビーカーに乗った姿勢での自然対流熱伝達率を求め、hc = 2.16ΔT^0.23(3歳ごろまで適用可)という実験式を提案しました。同論文は序論で「ベビーカーの乳児は、大人に比べて地面からの放射熱の影響が著しく強く、大人の暑さの感覚に基づいて対策すると乳児を熱中症のリスクにさらしうる」と明記しています。ただし本論文自体は室内の一様な温熱環境での実験であり、屋外の路面照り返しを直接測ったものではありません。

Tsuchikawaら(2015)は、地表面からの反射日射・放射熱を高さ別に評価し、ベビーカーの乳児に相当する0.5mの平均放射温度が、保護者の胸・頭に相当する1.0m・1.5mより有意に高いことを示しました。これは学会大会の梗概であり、査読付き原著論文ではない点には注意が必要です。

Kimら(2018)は、米国テキサス州の歩道10区間で大人と子どもの平均身長の高さの熱画像を撮影し、街路樹や芝生帯が多い歩道ほど気温が低いこと、そして子どもは舗装面に近く放射熱を受けやすいためより高い気温にさらされていたことを報告しました。さらに、樹木と芝生の配置が、子どもの高さと大人の高さの気温差そのものを縮めたとしています。「高さの不利は日本特有の話ではない」ことを示すと同時に、対策の軸が“日陰と緑”にあることも示唆しています。

路面温度・気温・体感温度は同じではない

ここで整理しておきたいのが、「路面温度」「気温」「WBGT」「体感温度」は互いに別物だという点です。3つの研究と環境省の観測に共通するのは、地面に近いほど放射環境は明確に厳しくなる一方で、気温やWBGTという“空気の指標”で見ると差は思ったほど大きくない、という構図でした。

しかも「路面温度が下がれば人の暑さも下がる」とも限りません。国土交通省の資料に引用された東京都の観測では、遮熱性舗装と通常の密粒舗装のWBGTの差は高さ50cm・150cmのいずれでも大半が±1℃以内にとどまり、有意な差は認められませんでした。路面温度を10℃下げても、人体高さの暑さ指数がそのまま10℃下がるわけではないのです。

これは裏を返せば、ベビーカーの暑さを「路面温度」だけで語るのも、「気温差0.1〜0.3℃」だけで語るのも、どちらも一面的だということを意味します。

日本の実務との関係

日本では、環境省が「生活の場における暑さ指数(参考値)」として、駐車場・交差点・バス停・住宅地に加え「子ども・車いす(高さ50cm)」の区分を公表しています。ただし環境省自身が、これはあくまで目安であり、実際の生活の場では可能な限りWBGTを実測すること、測定できない場合でも気温を測り常に注意を払うことを求めています。

また日本生気象学会「日常生活における熱中症予防指針」では、WBGT 28℃以上を厳重警戒、31℃以上を危険としています。ベビーカーの高さがそれより厳しい環境になりうることを踏まえると、大人が「まだ大丈夫」と感じる段階で判断を切り上げる余地は十分にあります。

まとめ

・真夏の舗装路面温度は約60℃に達し、地面に近いほど照り返し(放射熱)の影響を受ける
・ただし高さ50cmと150cmのWBGT差は平均0.1〜0.3℃であり、「2℃以上」は弱風・強日射時の事例値である
ベビーカーに乾いた布を掛けると庫内はかえって高温になり、対照より高い40.0℃に達した
湿らせた薄手の布とファンの併用が最も有効で、庫内32.3℃と対照より有意に低かった
・これらはいずれも特定の気象条件・特定のベビーカーでの測定であり、日本の路面条件をそのまま再現したものではない

確認できなかった点・留保

本稿の作成にあたり、次の数値は原典を確認できませんでした。引用の際は注意が必要です。

・「夏季日中14時、アスファルト路面上でベビーカーの位置は36.4℃、大人の顔の位置は32.9℃(差3.5℃)」――複数のベビー用品サイトが環境省資料として引用していますが、該当箇所を特定できませんでした。
・「ベビーカー内が50℃になった」(セコム株式会社、2013年)――二次記事のみが確認でき、実験報告書の原典は確認できませんでした。
・「こども気温は大人より+7℃」(サントリービバレッジ&フード)――企業のプレスリリースが出典であり、査読論文ではありません。
・日本国内で真夏日にベビーカー高さの気温・WBGTを連続実測した査読付き原著論文は、今回の検索範囲では特定できませんでした。日本建築学会・日本生気象学会・人間-生活環境系学会の大会梗概に該当報告がある可能性があります。
・環境省「熱中症環境保健マニュアル」は版により記述が異なります。引用時は該当版のPDFで原文を確認してください。

考察:このデータをどう読むか(ここからは筆者の解釈)

ここまではデータの紹介でした。ここから先は、原論文が明示的に結論づけている内容ではなく、上記の結果を踏まえた本稿なりの解釈・問題提起です。事実と解釈を混同しないよう、各項で「データが示すこと」と「そこから筆者が考えること」を分けて述べます。

数字を読み慣れていない人は、これらの結果からこう結論しがちです。

「WBGTの差は0.1〜0.3℃しかないのだから、ベビーカーの高さを心配するのは大げさだ」

しかし慎重に読むと、話はそれほど単純ではありません。以下、3つの角度から整理します。

① データが示すこと:環境省が公表しているのは、あくまでWBGTと気温という“空気の指標”の差です。一方でTsuchikawaら(2015)は、0.5mの平均放射温度が1.0m・1.5mより有意に高いことを示し、環境省自身も「体感温度はさらに高くなる」と述べています。

 筆者の解釈:とすれば、「WBGTの平均差が小さい」ことは「地面に近い環境が安全である」ことを意味しません。差が小さく見えるのは、空気の指標が照り返しの影響を十分に拾えていないためだ、と読むほうが自然だ――というのが筆者の見立てです。ベビーカーの暑さを議論するなら、気温よりも放射環境を軸に語るべきではないでしょうか。

② データが示すこと:シドニー大学の実験で最も温度が高かったのは、何もしない対照ではなく、乾いた布を掛けた条件でした。一方、最も効果的だったのは湿らせた布とファンの併用でした。

 筆者の解釈:この結果は、保護者の行動が庫内環境を大きく左右しうることを示しています。裏を返せば、「日よけをしているから安心」という感覚が、実際の温熱環境と逆方向にずれうるということです。ヘルメット治療の議論で「治療を受けているという安心感」が問題になったのと同じ構図が、ここにもあるように見えます。ただしこれは筆者による敷衍であり、原論文がそこまで述べているわけではありません。

③ データが示すこと:国土交通省・東京都の観測では、路面温度を最大9.8℃下げる遮熱性舗装でも、高さ50cm・150cmのWBGTには有意な差が生じませんでした。他方、Kimら(2018)は樹木と芝生が子どもと大人の高さの気温差そのものを縮めたと報告しています。

 筆者の解釈:この対比は、「路面を冷やす」より「日射を遮る」ほうが、地面に近い高さの環境改善には効きやすい可能性を示唆します。個人レベルでも同じで、器具や素材を足すより、日陰を選んで歩く・滞在時間を短くするという“経路の設計”のほうが本質的かもしれません。ただしこれは今回のデータから直接は検証できない、あくまで仮説的な指摘です。

以上はいずれも筆者の解釈ですが、そこから導かれる問いは共有する価値があると考えます。本当に問うべきは「ベビーカーの高さは何℃暑いのか」ではなく、「私たちは何を測って安心しようとしているのか――空気の温度か、照り返しか、それとも自分が対策をしたという実感か」です。真夏日の外出そのものを短くできる場面が少なくない以上、この問いに正面から向き合うことこそが、判断の質を決めると言えるでしょう。

参考文献

  1. # Bin Maideen MF, Jay O, Bongers C, Nanan R, Smallcombe JW. Optimal low-cost cooling strategies for infant strollers during hot weather. Ergonomics. 2023;66(12):1935-49.
    2. Kurazumi Y, Fukagawa K, Sakoi T, Yamashita K, Naito A, Imai M, et al. Convective heat transfer coefficient relating to evaluation of thermal environment of infant. Heliyon. 2022;8(12):e12076.
    3. Tsuchikawa T, Kondo E, Kurazumi Y. Evaluation of the reflected heat of solar radiation from ground surfaces for wheelchair users and infants on buggy, Part 2: effects of the material of ground surface, the height from the ground. Proc Int Conf Human-Environment System. 2015;39:115-6. (in Japanese)
    4. Kim YJ, Lee C, Kim JH. Sidewalk landscape structure and thermal conditions for child and adult pedestrians. Int J Environ Res Public Health. 2018;15(1):148.
    5. Kurazumi Y, Sakoi T, Yamashita K, Fukagawa K, Kondo E, Tsuchikawa T. Thermal manikin of infant. Engineering. 2019;11(11):735-54.
    6. 環境省. 熱中症予防情報サイト「生活の場における暑さ指数について」. https://www.wbgt.env.go.jp/lifewbgt.php
    7. 環境省. 熱中症環境保健マニュアル2018. https://www.wbgt.env.go.jp/pdf/manual/heatillness_manual_full.pdf
    8. 国土交通省. 遮熱性舗装の概要(道路の暑熱対策資料). https://www.mlit.go.jp/road/sisaku/utilization/pdf/04-1.pdf
    9. 東京都建設局. 遮熱性舗装・保水性舗装. https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/road/iji_syuzen/dourokanri0034
    10. Public Health Ontario. Interventions to mitigate heat-related harms among vulnerable populations. 2023. (表2の各条件の数値の出典) https://www.publichealthontario.ca/-/media/Documents/H/2023/heat-related-harms-vulnerable-populations.pdf
    11. The University of Sydney. Parents are unintentionally heating up prams: here’s what you need to know. 2023. https://www.sydney.edu.au/news-opinion/news/2023/02/22/parents-are-unintentionally-heating-up-prams--here-s-what-you-ne.html

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