飛び込んだ先に
ちょうど一年前、娘の小学校の卒業式があった。
私はその半年前に義母から何着か着物を譲り受けていた。着物に憧れていた私はその中の一着を卒業式に来ていこうと目論んでいた。
着物を着るなら着付けと髪のセットもお願いしなければと、なじみの美容室には早々に予約を入れていた。
着物はあるが、帯揚げ、帯締めといった小物はなかったので、着ようと思った着物に合うものを調達すべく、近くの着物屋さんを検索してみた。一軒、ホームページを見て、いいかもしれないと思ったお店を見つけた。
お店の外観はいかにも呉服店という感じではなく、置いてある商品もお洒落でモダンなものが多いようだった。「これだ!」と思ったものの、やはり敷居の高さは否めない。
それから逡巡すること三日。「考えていてもしょうがない、とにかく行ってみよう!」と車を走らせた。
「こんにちは…」と恐る恐る店の中に飛び込んだ私を上品な着物姿のマダムが笑顔で出迎えてくれた。その瞬間「やっぱり場違いな所に来てしまった…」という思いが頭を駆け巡ったが、引き返すわけにもいかず、要件を伝えると奥の部屋に通された。
着物の写真を見せて、これに合う帯揚げと帯締めを探していることを伝えた。お店にあるものを見せてもらって、写真の着物と照らし合わせるが、いまひとつイメージがわかなかった。やはり実物に合わせた方がいいということで、後日再訪することになった。
二日後、今度は着物と帯を持って訪ねた。
着物と帯をたとう紙から出して見せ、帯揚げと帯締めを合わせてみる。店主のマダムからアドバイスをいただきながら、いろいろ試して漸く決まったところで、服の上から着物に手を通してみた。すると、それを見たマダムが「あら、これは訪問着ではなく色留袖でしたね。卒業式には立派すぎるわね…」と思案顔。全く着物の知識に乏しい私は、「では、もっている着物全部持ってきます」と伝え、直ぐに家に戻ると着物ケースごと持って再び店に向かった。
全ての着物を見てもらったが、結婚式用の黒留袖かちょっとしたお出かけ用の小紋しかなく、卒業式に来て行けるものはなかった。
「今回はしょうがない」と諦めかけた私に、マダムが「よかったら、これ着てみない?」と上品な薄いグリーンの着物を差し出してくれた。
手を通してみると、寸法も丁度よく、我ながらよく似合っていた。聞けば、以前、貸衣装に出していたものだそう。「せっかく着物を着たいと訪ねてくださったのに着れないなんて残念すぎるから、よかったらお貸ししますので着てください」というマダムの言葉が心底嬉しかった。
卒業式当日、いろいろあった六年間だったけれど、晴れやかな気持ちで臨めたのは着物を着て参列できた高揚感もあってのことだったろう。
それから一年経って、私は着物を自分で着られるようになり、着物の知識も少しずつ増えてきた。着物仲間も出来て、マダムのお店は私の心地よい居場所になっている。
飛び込んだ先にあったものは、いくつもの素敵な出会いと想像していなかった笑顔の自分だった。
