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アホウドリの空〜自衛隊ラブストーリー〜【第二話】百年兵を養うは、ただ平和を守るためである ②

【第二話】百年兵を養うは、ただ平和を守るためである 連合艦隊司令長官 山本五十六 ②

「ライトニングは整備性が従来機よりかなり向上したって聞いているけど、実際のところはどうなの?」
「B型は自衛隊にとって初めてのSTOVL機ですからねー。今までになく構造が複雑でノウハウも少ないから、かなりの歯応えです。アメリカさんのブラックボックスも多いですし」
「そっか、そうだったね。いつも遅くまで整備してくれて本当にありがとう」
「仕事ですから。それより夕陽さん、あの子もっとぶん回してくれていいんですよ?」

「え?」

「教導群の時はそりゃもう、皆さんいつも機体をバキバキにして帰ってくるもんだから、気が抜けなくて本当に大変でした。半端な鍛えられ方はしていませんので、遠慮なくぶん回してやってください」

 そう語る美鈴の目に浮かぶのは絶対的な自信。教導群はパイロットだけでなく、整備隊員や管制官もまた、国内最高峰の実力を有している。彼女のもの言いこそ柔らかいが、機体を預かる身として、トップパイロットたちと夕陽の差を的確に捉えているのだろう。

「うん……。ありがとう、頑張るよ」
「はい! 打倒アッシュとガイア、ですね」
 にっこりと微笑む美鈴。そういえば彼女は刑部、敏生と仲がいいって言ってたっけ。

「ね。あの二人、やっぱり小松でも凄かったの?」
「女遊びですか?」
 がくっ、と首を垂れる。やっぱりそうなんかい!

「えっと、じゃなくてその、ファイターパイロットとして」

「あー、そりゃあもう。アッシュはお隣さんだったけど、凄く目立っていましたね。不思議とACMで負けた話を聞いたことが無いんですよ。圧巻はやっぱり去年の戦競での獅子奮迅の活躍ですかね? 三〇六のみんなの喜びようは羨ましかったなー」
 正直なところ、刑部のようなタイプは苦手だ。それよりも聞きたいのは。

「えっと、その」

「ああ、夕陽さんのダーリンのことですね?」
「だっ、ダーリンなんかじゃないから!」
 アハハ、と美鈴が楽しそうに笑う。

「ガイアはもう、言わずと知れたフェノーメノ、怪物でしたね。どんな操縦したらこんなふうになるんだ、ってくらい限界まで機体を追い込んでくれちゃうんで、整備はいつも大変でした。巡回指導先で各飛行隊のベテランパイロットたちが真っ青になっている姿を何度も見ましたよ。自信喪失して引退しちゃった人もいたんですって」

 彼のことを整備員として、間近で見てきた彼女の話だけに実感がこもっている。噂に違わぬ実力ということか。

「それにしてもこの飛行隊、本当にすごいメンバーが集まりましたよね。編隊長たちは言わずもがな、第八飛行隊ハチスコのバイパーゼロライダー、ナッツこと滑川智司二等海尉は日米豪合同航空演習コープノースで米豪軍から東方の幻影イースタンミラージュと恐れられた対地・対艦攻撃のスペシャリスト。三〇五のティーダ・清瀬和宏三等海尉はイーグルで米空軍のF22を何度も撃墜して墓堀人アンダーテイカーと呼ばれてたし、二〇四のジャック・北条涼介三等空尉は若手ながら中央観閲式で観閲を受ける飛行隊長の三番機を務めた有望株。あ、夕陽さんはジャックとは同期でしたっけ?」
「うん、航学でね。あんまり話したことは無かったけど」

 当時は自分のことだけで一杯一杯で、周りは見えていなかった。北条からは初日に久しぶり、と声を掛けられたが正直なところ良く覚えておらず、彼はショックを受けていたが。

「そっかー。でもね、あたしにとってはやはり何といっても二年目で千歳のベストガイの称号を手にした北空の魔女、イデアですよ! こうしてお話できるのが本当に夢みたい」

 まるでアイドルでも見つめるかのような美鈴の視線がとても照れくさい。

「そうそう、前から聞きたかったんですけど、何でイデアってTACネームなんですか?」
 無邪気な彼女の質問に一瞬戸惑う。しばし躊躇うも、ふっと息をつくと口を開いた。

「先輩パイロットたちに付けられたの。有名なロールプレイングゲームに出てくる魔女の名前なんだって。無表情で無愛想なお前にピッタリだって」
「なにそれ! ひどーい!」
 憤る美鈴に苦笑し、首を横に振る。

「その通りだったから特に反抗もしなかったの。今ではとても気に入っているわ」
 自分を追い込むためにも仲間のパイロットたちとは一線を引いてきた。それゆえ周囲には冷たい印象を与え、「魔女」と揶揄された千歳時代。

「でも、夕陽さんは決して無表情で無愛想なんかじゃ無いですよ? とっても表情豊かで年下のあたしから見てもすごく可愛いです」
「そんなわけないよ、あたしなんかが」

 昔から表情を作るのは苦手だ。特に笑顔は。ゆえに自分からしたら美鈴のような女の子がとても羨ましいのだが。

「今朝だって、マッカーサー像の前でガイアと楽しそうにしていましたよね?」

 ぶほっとコーヒーを噴き溢しそうになる。まさかアレを見られていたとは。

「まるで長年連れ添った夫婦みたいでしたよ?」
「そっ、そんなわけないじゃない、あんな奴と!」
「そっかなー、すごくお似合いだと思いましたけど」
「やめてー! もうこの話題はおしまい!」
「はーい」

 含み笑いを浮かべながら美鈴がマグカップを口に運ぶ。まったくもって調子が狂う。上官とはいえあのチャランポラン男は打倒すべき相手であって、断じて乳繰り合う相手などではない。

 フェノーメノだか何だか知らないけど絶対にやっつけてやるんだから!

 昨日の勝ち誇った女の顔が脳裏に浮かび、夕陽は闘志を燃やした。
 
          *
 
 だがその機会はなかなか巡って来なかった。

 出航以来、スケジュール通りに離着艦訓練とスクランブル訓練をひたすら繰り返す日々。もちろん、重要な訓練であることは理解しているので手を抜くことは絶対にないのだが、焦らされれば焦らされるほど、敏生と戦いたいという思いは募る一方。

 そんな、待ち焦がれた彼とのACM訓練。そのチャンスが巡って来たのは、初着艦から九日目のことだった。

「これより三日間、エレメント同士での一対一のACMを行う。意図は説明するまでも無いな?」

 勝野の言葉に一同頷く。パートナーの技量や癖を把握し、コンビネーションを醸成していくための第一段階。もっとも、夕陽にとっては自分の腕を推し量る絶好の機会だった。

 ライトニングを始動させ、キャノピーを下ろすと、夕陽は目の前で発進の指示を待っている編隊長ガイア機を睨みつけた。身体の中にじんわりとアドレナリンが滲んでくるのが分かる。

 ようやくガイアと戦える。噂の「怪物フェノーメノ」と。

 やがて吸気ダクトカバーが開き、アフターバーナーが焚かれると、彼の機体はあっという間に「ながと」を発艦していった。

 次は夕陽の番だ。甲板員の合図で愛機を前進させると、スタート地点に着く。

 発進OKのハンドシグナル。

 吸気ダクトカバーを開いてリフトファンを起動させると、3ベアリング回転ノズルがキュッと斜め下を向く。短距離離陸モード、発進準備よし。サムアップで準備完了を報せ、敬礼すると、甲板員が答礼し、その場で身体を深く沈めて艦首の先を指差した。

 GO!!

 フルスロットル。アフターバーナーを点火し、一気に加速すると夕陽のライトニングが勢いよく「ながと」を飛び出した。

 ハイレートクライム急角度上昇―――

 巨艦の「ながと」があっという間に水面に浮かぶ木の葉と化す。一気に高度一万五千フィートまで駆け上がると、一足先に上空で待機していた敏生ガイアと合流した。

〝さて、始めるか。一旦ブレイクした後、交差後に戦闘開始。オフボアサイトからのロックオンは無効。三本勝負だ。何かある?〟

 編隊長として、ブリーフィングでの打ち合わせ内容を淡々とおさらいする彼。

 オフボアサイトとはボア(銃口)サイト(照準)から大きく逸れた位置から敵機を狙うこと。

 従来機の照準はヘッドアップディスプレイ等で前方に固定されていたため、ロックオンするには敵機の背後に回り込む必要があった。
 その様子が尻尾を取り合う犬同士の喧嘩に似ている事から、戦闘機同士の格闘戦は〝ドッグファイト〟と呼ばれるのだが、ライトニングはヘッドマウントディスプレイシステムと超高運動性能を持つミサイルの搭載により、必ずしも敵機の背後に回り込む必要が無くなった。

 照準が投影されるのはヘルメットのバイザー。すなわち、パイロットが顔を向ければ、敵機が横にいようが後ろにいようが攻撃が可能であり、このオフボアサイト能力こそがライトニング最大の強みでもある。

 もっともこれだとまぐれで勝つ可能性もあることから、彼我の実力を正確に測ることが出来ないのでは? そう考えた夕陽が、「オフボアサイト無効」を提案したのだった。

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