アホウドリの空_Season2〜自衛隊ラブストーリー〜【その弐】女はティーバックみたいなもの。熱湯につけられるまで、あなたがどんなに強いか知ることは無いのです。 ③
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【その弐】女はティーバックみたいなもの。熱湯につけられるまで、あなたがどんなに強いか知ることは無いのです。 米国大統領夫人 エレノア・ルーズベルト ③
「戦場を俯瞰する能力は親父さん譲りか。いちパイロットにしておくには勿体ないな」
「あいつはそういう奴なんですよ。前線で仲間のために身体を張るのが好きなんです」
そう言ってニヤリと笑う。
自分よりもよっぽどクウォーターバックの適正があったのに、人を動かすよりも自ら動くことを好み、ランニングバックにこだわり続けた彼。
「珍しく嬉しそうに話すな。仲良かったのか?」
「親友ですよ。ずっと同室で、部活も一緒でしたから」
「なるほど。同期の繋がりは大切にしておけよ」
「大丈夫です。横須賀に寄港したら飲みに行くことになっているので」
「何だ、それなら俺も連れて行けよ」
「今回は大切な話があるので、またの機会で」
阿南は、ああ、といった表情を浮かべると、ニヤッと笑った。
「そういうことか。まあ、次の機会を待つとするか」
「ありがとうございます」
モニターにブリップが現れる。
「さて、旗艦殿のお出ましだ」
「案の定、沢山のギャラリーを引き連れてますね」
見つめる先には「ながと」と、その周囲を囲むように海上と海中に展開している、情報収集を目論んでいるであろう数隻の国籍不明艦。
「彼らに素晴らしいショーを見せてやろうじゃないか。練度では俺たちに百年年掛かっても追いつけないと分からせてやろう」
「もちろんです」
阿南は槙村の肩を叩くと、マイクを口元に寄せた。
「総員、対空戦闘用―意!」
カンカンカン、とけたたましい鐘音が艦内に鳴り響く。
「頼んだぞ、槙村。連中に海自随一の頭脳を見せつけてやれ」
「了解」
阿南の意に応え、矢継ぎ早に各所へ指示を出していく。あしがらに配属されて二年弱だが、今では艦内の誰もが一目置く存在。
「砲雷長殿、ファランクスは指示あるまでオフモードでお願いします。向こうは必ず囮を出して揺さぶってくる。引っ掛かって空撃ちすると装填してる間にやられるので、出来る限り主砲で撃ち落として下さい」
「ファランクス」は米ジェネラル・ダイナミクス社製のCIWSに付けられた製品名。艦の防空システムとは切り離された、独自の捕捉・追尾システムを備えた二十ミリバルカン砲で、ECM、対空ミサイル、そして主砲の三重の防御網を突破してきた敵ミサイルに対し、毎分4,500発の速度で弾幕を張る、戦闘艦最後の砦。
ただし、一度の装填弾数は1,550発なので、30秒もしないうちに弾切れとなってしまう。再装填はマニュアル作業で、最短でも十五分は掛かると言われており、弾薬切れは致命的だ。なので、出来る限り温存しておきたかった。
「相変わらず難しいこと要求しやがって。了解だ」
砲雷長の井上雄大三佐の含み笑いが聞こえてくる。
「当直のワッチは水平線に目を凝らせよ。レーダーより上に居るんだからな。おい、深山二尉、聞いてんのか?」
「うっさいな、艦内放送で名指しすんじゃないわよ。分かってるわ」
不貞腐れた返答にCIC内が笑いに包まれる。船務科の深山若葉二等海尉。男前の若手女性幹部。槙村の防大時代の二年後輩で、その時以来の腐れ縁、と周りには説明している。
「分かっていればいい。お前には乗員300名の生命が掛かってる。任せたぞ」
「りょーかい」
返答の声色に彼女の機微を捉える。
「海自随一の頭脳も、彼女に掛かれば形無しだな」
阿南に揶揄われ、槙村が鼻で笑う。
艦長だけには全てを伝えてある。そして、槙村自身の正体も。
さて。海自最強の矛と盾の戦闘ショーだ。上手くやろうぜ、相棒。
同じ思いでいるであろう、数百キロ彼方にいる親友に心の中で呼び掛けた。
*
「いや、無理だって」
「何でよ。敏生、あの時、ジョージ・ワシントンもイージス艦も沈めたじゃない」
ブリーフィング後、出撃までその場で待機する「ながと」飛行隊の面々。今回の演習はイージス艦「あしがら」への対艦攻撃。
リムパックで米イージス艦「ジョン・ポール・ジョーンズ」に撃墜された夕陽としては、江戸の仇を長崎で討ちたいところだったのだが、勝野は攻撃開始のポイントと高度を指示したのみで、珍しく具体的な作戦伝達は無し。
作戦は各編隊に任せる、との意を汲み取った夕陽は、それなら、と敏生に作戦立案を持ち掛けたのだが。
「あれは最初に味方艦隊の大規模ミサイル攻撃があったのと、夕陽たちが殴り込んだことで、運良く一瞬の隙が出来たんだよ。だから、そこを縫ってワシントンに辿り着けたんだ」
知らなかった。あの自分の、今にして思えば全く無謀だった黒歴史のアタックが、ちょっとは役に立っていたとは。
「でもあしがらは単艦じゃない」
「今回のあしがらはミサイル、CIWS共に満載で一切の隙が無い。それにCICには海自随一の頭脳がいる」
「ん? 槙村は今、あしがらなのか?」
夕陽と敏生の会話を呆れたように聞いていた刑部が、その呼び名に反応する。
「ああ。出航前に連絡が来てたよ」
「何だ。じゃあやっぱり無理だな」
刑部は、ふん、と鼻を鳴らすと、再び椅子に身体を沈ませた。
「誰?」
「前に説明した、防大時代の俺たちの親友だよ」
「え? 首席卒でクウォーターバックだった人?」
「そう。正直、あいつが乗ったイージス艦が相手だと、尚更勝ち筋が見えない」
「じゃあ、どうするの?」
「俺たちは少し手強い標的に成り切って、あしがらの練度向上に寄与するのが正解、だね」
だから特段の指示も無かったのか。
「そんな! あたし、負けたくない」
あのリムパック以降、対艦演習に抱いてしまった苦手意識を、何とか払拭しておきたかったのだが。
「勝ち負け以前に、実戦ならまず回避するシチュエーションだからね。グーはパーにどうあがいても勝てないだろ? パーのイージス艦を沈めるチョキは潜水艦の役目だ」
空対艦戦闘における戦闘機の優位性は歴史が証明しているが、最強の盾であるイージス艦は話が別、ということだ。
「……実戦で回避するシチュエーションなら、訓練なんかやる意味無いじゃない」
「俺たちにとっちゃそうだけど、あしがらにとっては意味があるんだよ。飽和攻撃への対処っていうお題目が。あしがらの練度向上で国防力が高まるのであれば良し、だね」
「……そういうこと、ね」
とはいえ釈然としない。腹落ちせずにもやもやしていると、敏生がそっと立ち上がった。
「ちょっといいかな?」
「何?」
ちょいちょいと手招きする彼に、廊下に連れ出される。
「まだ先だけど、横須賀への帰港にはあしがらも同行するみたいで、その時に槙村と飲もう、って約束したんだ。一緒に来てくれるかな? 前にも言ったように、紹介したいんだ」
……来た。待ちに待った親友紹介イベント。思いもかけないタイミングでの、彼からの誘いに、先ほどまで感じていたもやもやが、一気に晴れていく。
「……うん。嬉しい」
「え?」
「あ、いや、喜んで」
夕陽の返答に、彼が嬉しそうにポンと頭を撫でる。
よしっ。墜とされるにしても、親友さんに、敏生の彼女はすごい、って思わせないと。
現金なもので、あれほどもやもやとしていた「あしがら」との訓練に向け、一転してモチベーションが上がっていく。彼に抱き着きたい衝動に駆られたが、艦内でいちゃつくのは当然ご法度。二人で部屋に戻ろうとした時、一般警報の号鐘が艦内に鳴り響いた。
〝これより空対艦演習を開始する! 総員、戦闘配置!〟
「よし、行くぞ! イデア!」
「了解、ガイア!」
今日の演習は、いつになく良い結果が出せそうな気がして、夕陽は足取りも軽く、彼の後を追って甲板へと上がった。
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アホウドリの空_Season2〜自衛隊ラブストーリー〜【その壱】愛は行動よ。私たちは愛する力を持って生れて来た。それでも、筋肉のように鍛えなくちゃいけないの。 ①|京
