アホウドリの空_Season2〜自衛隊ラブストーリー〜【その漆】結婚をしないで、なんて私は馬鹿だったのでしょう。これまで見た中で最も美しかったものは、腕を組んで歩く老夫婦の姿でした。 ①
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【その漆】結婚をしないで、なんて私は馬鹿だったのでしょう。これまで見た中で最も美しかったものは、腕を組んで歩く老夫婦の姿でした。 ハリウッド女優 グレタ・ガルボ ①
幸せだな。
土曜日の昼下がり。ソファで彼にぴったりと身体を預けながら、彼が作業しているパソコン画面を一緒に覗き込んでいる。真剣な表情で、結婚式の招待状の返信はがきと、招待客リストをチェックしている彼。日々の課業の合間を縫って進めてきた結婚式の準備。
肝心のウィズウォリアーの方は、無理に撃墜を狙わないスタンスで臨んだ敏生が、刑部の猛烈な追い上げを躱して、見事タイトルを獲得した。
そして夕陽の方は、何と、滑川、清瀬との接戦を制して、三番手に滑り込んだ。その結果、刑部にはヴァリアントホーク、夕陽にはブレイブシーカーという称号が与えられた。
称号も素直に嬉しかったが、それよりも敏生と約束した「毎日必ず生きて帰る」という目標が達成されたことに喜びを感じていた。
「……こんなもんかな? 夕陽も念のため、チェックしてくれる?」
「うん!」
一緒に、パソコン画面に映る結婚式の招待客リストを覗き込みながら、再度、返信のはがきと一枚一枚突き合わせる。間違いは無さそうだ。招待状を送った全員から「出席」で連絡が返って来たのが、何よりも嬉しい。
「うん。大丈夫そう」
「うし。じゃあこれで式場に送っちゃうね」
「ありがとう、お疲れ様」
式場は結局、市ヶ谷に決めた。招待者にとって交通の便が良いことや、自衛官なら共済で費用が安いこと、敏生の両親の体面、というのもあったが、何よりも見学してみて、夕陽がチャペルをすごく気に入ったことが最大の理由だった。これで結婚式の準備の方も何とかひと段落。
そういえば、敏生は件の川越も式に呼んでおり、出席の回答を貰ったので、紀美と隣同士の席にするようだ。
「ね、本当に紀美とは那覇の時、何もなかったの? あんなに可愛いのに」
悪戯っぽく、じっと夫を見つめる。もちろん、少しも疑ってなどはいなかったが。
「本当に何も無いってば。俺にとって、可愛いって言葉は夕陽にしか当てはまらないし」
敏生に抱き寄せられる。
「ふーん……」
夕陽はわざとらしく目を細めると、唇を尖らせて、プイッと拗ねたフリをしてみせた。
「……ぶははははっ、やめてー! 卑怯よっ、きゃああ!」
敏生にがっちりホールドされて、脇腹をくすぐられる。
「悪い子にはお仕置きしなきゃね。もう疑わない?」
「疑いません! あははははっ、もう疑わないからっ、ひぃっ、やめてやめてー!」
彼の責めが終わり、ぜーぜーしながら息を整える。
「分かった? 俺は夕陽のことが大好きなの」
そっと絨毯の上に押し倒される。
「うん、知ってるよ。あたしも大好きだもん」
首を傾げて彼の首に腕を回すと、どちらからともなく唇を重ねる。
「……する?」
「今始めると、この前みたいに、日曜の夜まで止まらなくなっちゃうかも」
「ふふ。いいよ? 敏生の好きにして」
「今はイチャイチャしたいかな。だめ?」
「ダメじゃないです。あたしも、敏生とイチャイチャしたいです」
「何で敬語?」
「それは、上官殿ですから」
ビシッと敬礼してみせる。
「出会った時から敬語禁止でしょ」
拗ねたフリをする彼に、夕陽から唇を重ねる。
「ふふ。敏生、だいすき」
「俺も。愛してるよ」
ぎゅっと抱き合い、キスを繰り返す。彼の大きな身体に包み込まれる安心感。
「……かっこいいな、あたしの旦那様」
「それを言うなら、夕陽は世界一可愛いから」
「うーん。親バカじゃなくて、夫バカ?」
「お互い様」
クスクスと笑い合う
「仕方ないもん。敏生は誰よりも、世界で一番かっこいいんだから」
「ありがとう。夕陽からかっこいいって言われるのはすごく嬉しい」
「言われ慣れてるのに?」
「夕陽のは、他の子と意味が違うもん」
「意味?」
「うん。だって俺の中身で言ってくれてるから」
「もう、当たり前じゃない」
お互い、何度も何度も唇を合わせては見つめ合う。休日の夫婦の戯れのひととき。甘い雰囲気に浸っていると、ドアの外から近所の子供たちが遊ぶ賑やかな声が聞こえてきて、ふと時計を見た。もう、お昼をだいぶ過ぎている。
「……そういえば、朝からずっと結婚式の準備で、まだお昼食べてなかったね」
夕陽が思い出したように言うと、そういえば、と敏生が身体を起こした。
「どうする? 土曜日だし、外にお散歩がてら、昼飯兼早めの夕食に行く?」
彼に手を引かれて起き上がる。
「うん! この間、気になる、って言ってたかどや食堂でしょ?」
以前に、二人で周辺を探索した際に見つけた、定食屋さん。
「お、ばれていましたか」
「ダーリンのことは全てお見通しです」
彼の手がポンと頭に乗る。
「その後はマリアンヌでスイーツ買って帰ろうか?」
「ほんと!? わーいやったー、スイーツ! 生とろチーズケーキ!」
両手を上げて子供のように喜んでみせる。こんなおどけ方が出来るのは男女問わず敏生の前だけ。当の彼は可愛くて仕方ないといった表情で頭を撫でてくれて、それがまた夕陽の甘えたがりのテンションを高める。
大好きな人には可愛く思われたい、という女子なら当たり前の感情が、自分にも備わっていたことに驚き、戸惑ったのも今は昔。彼だけには素直に甘えられる。
「でも行くまでに残ってるかな?」
「そう思って、実は朝に取り置きをお願いしておきました」
「ほんとに!? さすが編隊長殿! だからイチャイチャだけにしたのね」
「そういうこと。じゃあ用意しようか」
「うん! 大好き!」
ささっと身支度を整えると、家を出る。手を繋ぎながらの散歩道。初めて手を繋いだのは八景島。あの日以来、それこそ付き合う前から、自然と手だけは繋いでいた。
結婚する前は、近所だと隊内関係者に見られないかとヒヤヒヤしたものだが、夫婦となった今では気にすることも無くなった。
歩きながら辺りを見回し、お互い、人目がないことを確認してはキス交わす二人。
と、突然、静寂を破って、周囲に轟音が響き渡る。お互い空を見上げると、見慣れた機影が二機、南の方角へ飛び去って行った。
今日は休日につき、あれはスクランブル。5分待機は柿崎と北条のはずだ。
「……ロシア機かな?」
「多分ね。最近、東京急行が復活してるから。でも、厚木からスクランブル掛かるの、久しぶりだな」
「あたしたち、戻った方がいいかな?」
「一時間待機組もいるし、その次は百里からも上がるから大丈夫だとは思うけど、飯食ってチーズケーキ引き取ったら早めに戻ろうか」
「うん」
近場だから、確かに警急呼集が掛かってからでも遅くない。常に沈着冷静な彼。
目的のお店に着くと、敏生は隊に確認の電話を入れるため、注文を済ませてから、一旦店外に出た。人気店だが、御飯時から外れているので、お客は自分たちだけだった。
大丈夫かな?
少し心配になる。スクランブルでこちらに銃口を向けた、敵性国の爆撃機や戦闘機と対峙した時の、あの緊張感、恐怖感は言葉では言い表せない。
何かあった時、国を、国民を守るため真っ先に身を投げ出すのは自分たち。それは、今のこの幸せを引き換えにすることを意味する。宣誓をした幹部自衛官とはいえ、誰だって幸せを手放すことには相当の覚悟が要る。
祈る気持ちで胸に手を当てると、ガラッと扉が開いて敏生が戻ってきた。
「……どうだった?」
「大丈夫そうだよ。領空スレスレで引き返したって」
彼が話しながら腰を下ろす。
「……良かったぁ」
「ええっ? 何で泣くの?」
「だって……」
目の前でおろおろとしている彼に申し訳ないので、グッと堪えて涙を拭う。
「もしものことがあって、この幸せが壊れたらどうしよう、って」
「夕陽」
敏生が頭を撫でてくれる。
「俺たちは幸せだからこそ、この幸せを守りたい、って思えるんだよ」
「うん……。ごめんなさい、そうだよね」
親指でそっと涙を拭ってくれる彼。
「もしかして、お兄さん達、自衛隊かい?」
その声に振り向くと、厨房の向こうから店主がこっちを見ていた。
「あ、はい。二人ともそこの厚木基地の自衛官です」
敏生が答えると、店主は嬉しそうにニカッと笑った。
「そうか! じゃあ大盛りにしとくな! いつもこの国を守ってくれてる御礼だ」
「えっ? あっ、でもお代はちゃんと払わないと、我々公務員なんで」
「ははは。分かった分かった、じゃあ普通盛りな」
笑いながら盛り付けする店主。やがて、おかみさんが定食を運んで来てくれたのだが。
「はい、お兄さんのスタミナ定食と、お嬢さんのチキン南蛮定食、お待ちどお」
びっくりするくらいの、すごいボリューム。
「大将、これ大盛り……」
「普通盛りだよ。俺の気分だ」
「ありがとうございます。でも何で」
「あたしたちも昔、自衛官だったのよ。十五年前に除隊してこの店始めたの。だから自衛官が来るといつもこんな感じよ」
どうりで、会話の内容で分かってしまう訳だ。
「兄さんたちはどこの部隊だ?」
「あ、うちらは、ながと飛行隊です」
「お? ということは戦闘機乗りかい?」
「はい。二人ともパイロットです」
「そうか! じゃあ体力使うからご飯お代わり自由だ!」
「ありがとうございます!」
二人で頭を下げる。
「お二人は、以前はどちらに?」
敏生が傍らのおかみさんに尋ねる。
「あたしは基地隊だったけど、この人はヘリの整備員で、硫黄島にも行ってたのよ」
「五年間な」
「マジですか!? 普通は二、三年ですよね?」
「なかなか代わりがいなくてさ」
「今は子供たちも独立したけど、あの時はあたしもワンオペで本当に大変だったわ」
「俺だって大変だったんだぜ? ヘリの整備だけじゃなくって、遺骨収集もしてたし」
日本軍二万人が戦死した太平洋戦争の激戦地。いまだに英霊の半数の遺骨が眠っているとされ、定期的に収集作業が続けられている。空自と海自が基地を置いているので、訓練で何度か訪れたことはあるが、自ずと鎮魂の祈りを捧げずにはいられない場所。
「またその話ー?」
「ほら、兄ちゃんたち、冷めないうちに食べちゃいな。お前も邪魔しない」
「全く、都合が悪くなるとすぐこうなのよ。さっ、食べて食べて」
仲の良いやり取りに気持ちが和む。
「いただきまーす……、美味しい!」
「うまいっ、やば」
評判通りの美味しさに、箸が進む。パイロットカップルの食べっぷりに、おかみさんが笑いながらお冷を注いでくれた。
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