マンガ「彼氏がお侍なんですが、私の愛を「忠誠」と呼んで過保護に甘やかしてきます。これって恋愛なんですか?」【1話】お侍、オムライスを焼く。
【2話】↓
【1話】お侍、オムライスを焼く。
太陽に向かって前のめりに咲く向日葵のような私の恋人は、朝の光の中で真剣に座布団と向き合っている。
「愛しの君よ。この四角い布の、どちらが『表』でござるか?」
彼の澄んだサファイアの瞳には、まるでマシュマロで出来た爆弾の起爆装置を解除するような、悲壮な緊迫感が宿っていた。
彼の名はルカ。私の狭いワンルームに転がり込んで三ヶ月になる
南欧出身の陽気な青年。ただし、彼の日本語の主な供給源は「夏目漱石の英訳版」と「深夜の時代劇」である。
「どっちでも座れればいいのよ。ただのクッションなんだから」
私が呆れながらマグカップを置くと、ルカは大げさに肩をすくめた。
「おお、なんという冒涜。おもてなしの精神は、細部の礼儀にこそ宿ると『武士道』にも……」
「はいはい、武士は黙ってトーストを食べる」
焼きたての食パンを口に押し込んでやると、彼は目を丸くし、やがてふにゃりと破顔した。サクッ、と小気味よい音が部屋に響く。バターの甘い香りと、彼の金髪に反射する陽だまり。
文化の違い、という便利な言葉で片付けるには、ルカとの生活はあまりにも奇想天外だ。
一緒に近所のスーパーに行けば、納豆のパックを両手で包み込み、「これは……自ら発熱し、粘り強い意志を持った未知の生命体では?」と神妙な顔で囁く。
お風呂のお湯を抜こうとすれば、「まだ温かいのに! この湯船には小さな水の精霊が宿っているのに!」と全力で排水溝を塞ごうとする。
彼はいつでも、私の当たり前を、未知の惑星の宝物のように扱う。
ある夜。私が度重なる残業で、泥のように疲れ果てて帰宅した時のこと。
暗い部屋の明かりをつけると、ローテーブルの上には、黄色い何かが鎮座していた。いびつな形をしたオムライス。そして、その傍らに正座で待機しているルカ。慣れない姿勢のせいで膝が悲鳴を上げているのか、子鹿のように小刻みに震えている。
「……ルカ、足、崩していいよ。ていうか、作ってくれたの?」
「否」
彼はキリッとした顔で首を振り、オムライスに向かって深々と頭を下げた。
「我が愛する姫君の、血と汗と涙の結晶。いざ、尋常に頂戴つかまつる!」
「それ、食べる前のセリフだし。私が食べるんだけど」
ため息をつきながら座り込むと、オムライスの表面にケチャップで歪な文字が書かれていることに気がついた。
『アイ・シテ・マ・ス』
途中の点は、いったい何なのだろう。暗号?
私が笑いをこらえきれずに吹き出すと、ルカは不思議そうに首を傾げた。そして、スプーンを鉛筆のようなおぼつかない手つきで握り、私の口元へと運んでくる。
「……Buono?(美味しい?)」
その一言だけは、甘ったるい母国語だった。
窓の外、遠くで国道を走るトラックの音がする。
彼の高い鼻の頭には、赤いケチャップがぽつんと、まるで小さな非常ボタンのようにくっついていた。
私はただ、その赤いボタンを指先でそっと押す。
彼はまた不思議そうに首を傾げた。
