SLBMは「よそ見」で終わったけど、これ本質的にはヤバい話だぞ
7月6日、
中国軍が原子力潜水艦から模擬弾頭を積んだSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)をぶっ放した。
共同通信の独自報道(7/14)によると、
日本政府は事前通知を受けた際に
「日本上空を通るルート(渤海発射ルート)だけは絶対やめてくれ」
と要求したらしい。
で、中国側の返答は? ナシ。無回答。ガン無視。
結果的にはフィリピン方面を通るルートで南太平洋に落ちたから「実害なし」って話になってるけど、
これって完全に結果オーライでしかない。
日本側は着弾の瞬間まで
「もしかしたら頭の上を通るかもしれない」って前提で、
警戒監視体制を維持し続けなきゃいけなかった。
しかも不測の事態を避けるために用意してある防衛当局間のホットラインすら、
今回使われてない。
去年11月の高市早苗首相の台湾有事答弁以降、
日中の政府間対話はほぼ止まってる。
今回の一件は、
その「対話が止まってる」という状態が、
実際の軍事運用レベルでどういう実害を生むかを見せつけた形だ。
これ、冷静に考えてほしいんだけど、
「通知はするけど、要求には応じない」というのは、
相手にとって一番コスパのいいやり方なんだよね。
国際的な体面は「事前通知した」という事実で保っておきながら、
実質的なコントロールは一切渡さない。
日本は「たまたま逸れてくれてラッキーでした」を毎回祈るしかない。
これのどこが主権国家の外交・防衛なんだ、という話。
専守防衛は「法律」ですらない、ただの政府解釈だという事実
ここが今回一番強調したいポイントなんだけど、
専守防衛って、実は憲法の条文でも法律でもない。
憲法9条2項の「戦力不保持・交戦権否認」という規定から、
政府が独自に導き出した「政策原則」に過ぎない。
つまり、時の内閣が「基本方針を変える」と決めれば、
理論上は法改正すら要らずに転換できる代物だということ。
実際、2022年の安保三文書改定で導入された「反撃能力」も、
法改正じゃなくて閣議決定による方針転換で実現している。
政府自身がすでに
「専守防衛の運用は絶対不可侵じゃない」ということを、
行動で証明しているわけだ。
だったら問いはシンプルになる。
「憲法でも法律でもない政策方針が、なぜここまで国民の安全を縛り続けているのか」
ということだ。
専守防衛は人権を否定している
専守防衛の建前をそのまま受け取ると、
「攻撃を受けてから初めて対応する」
という原則になる。
相手の発射準備が秒読み段階に入っていても、
実際に撃たれるまでは手を出せない。
これは弾道ミサイルのような超高速兵器を相手にした場合、
事実上「着弾を受け入れることが前提の制度設計」になっているということだ。
これを「専守防衛は国家の軍事行動の発動要件を定めた政策原則に過ぎず、個人の人権を制約するものではない」
と法学的に整理することもできるけど、
正直それは建前論だと思う。
実質を見れば、国家が国民に対して
「まずは一発受けてから動く」
と宣言しているのと同じだ。
近代国家の一次的責務は、
社会契約論の伝統に照らしても
「生命・自由・財産」
の保護にある。
日本国憲法だって
13条で生命・幸福追求権、
29条で財産権
を明記している。
専守防衛の運用が、
この一次的責務と真正面からぶつかっているのに、
「これは政策原則であって人権の話じゃない」
と切り分けて済ませるのは、正直ごまかしに近い。
専守防衛を国是にしてる先進国、実は日本だけ
比較法的に見ても、
専守防衛という概念をセットで国是に掲げている先進国は、
事実上日本だけだ。
ドイツは基本法で侵略戦争のための軍備を禁じてはいるけど、
交戦権自体は否認していないし、
NATO加盟国として域外派兵も普通にやってる。
イタリアも憲法11条で
「国際紛争解決の手段としての戦争」
を放棄してるけど、
自衛権行使や集団安全保障への参加は認められていて、
NATO域外派兵の実績もある。
韓国に至っては交戦権否認規定自体がなく、
北朝鮮のミサイル発射兆候を検知した段階で先制的に叩く
「キルチェーン」構想を公式に持ってる。
米英仏はもちろん、
先制的自衛を国家戦略として明示している。
つまり「専守防衛」というのは、
GHQ占領下という特殊な時代背景から生まれた、
日本だけの特殊ルールなんだよね。
時代背景がまったく変わった今も、
この特殊な自己拘束を後生大事に維持し続ける合理性がどこにあるのか、
という話になってくる。
米英モデル:ロックオン=秒読みの時点で撃つという発想
じゃあ「普通の国」って具体的にどういう発想なのか。
米英を見ると分かりやすい。
火器管制レーダーによるロックオンや、
発射準備が秒読み段階に入った時点を、
相手の攻撃意図が「差し迫っている」と判断して、
自衛権の範囲内で対処できるという立場を取っている。
これは決して米英が勝手に作った理屈じゃなくて、
1837年のカロライン号事件に由来する国際法上の
「先制的自衛(anticipatory self-defense)」
の考え方が土台になっている。
自衛権発動の要件として
「必要性が急迫していて、他に手段の余地がなく、瞬時的である」
という基準(カロライン原則)が示されていて、
ロックオンや発射準備完了は、
この「急迫性」を現場が判断するための実務的な材料として使われてるわけだ。
もちろんこれを日本に導入するなら、
相手の発射準備状況をリアルタイムで把握できる情報収集能力が前提になるし、
自衛隊法や武力攻撃事態法の発動要件も書き換える必要が出てくる。
誤検知・誤判断のリスクも当然ある。
でも、それは「制度設計をどう詰めるか」の技術的な話であって、
「専守防衛という発想の枠組み自体を変えるべきか」
という根本論とは切り分けて考えるべきだと思う。
中国のロックオン、実は2回もやられている
ここで見過ごせないのが、
中国が過去に日本の自衛隊に対して実際にロックオンをやった事案が、
確認できるだけで2回あるということ。
1回目は2013年1月30日。
東シナ海で中国海軍のフリゲート「連雲港」が、
海上自衛隊の護衛艦「ゆうだち」に対して火器管制レーダーを数分間にわたって照射した。
当時の小野寺五典防衛相は緊急会見でこれを発表し、
中国側に厳重抗議。
国会答弁では、このようなレーダー照射行為は
「国連憲章上の武力の威嚇に当たる」
とまで述べている。
2回目は直近の2025年12月6日。
沖縄本島南東の公海上空で、
中国海軍の空母「遼寧」から発艦したJ-15戦闘機が、
対領空侵犯措置中の航空自衛隊F-15戦闘機に対して断続的に2回もレーダー照射をやった。
防衛省幹部はこれを中国の
「サラミスライス戦術」
がより大胆になってきた表れだと分析していて、
識者の中には高市首相の台湾有事発言をきっかけにした日中対立が、
軍事的緊張の段階にまで発展したものだという見方も出ている。
この2つに共通するのは何かというと、
「レーダー照射=実質的な攻撃予告・武力の威嚇」
だと専門家も国際法上も理解されているにもかかわらず、
日本側は毎回「抗議」だけで終わっているということ。
反撃どころか、実力での対抗措置に出たことは一度もない。
2013年、2025年、そして2026年のSLBM事案。
時系列で並べてみると、
この12年以上、
パターンがまったく変わっていない。
相手の行動だけが着実にエスカレートしていってるのに、
こっちの対応方針は変わらないままだ。
結論:専守防衛を捨てて、「普通の国」になるしかない
まとめると、こういうことだ。
専守防衛は憲法の条文でも法律でもない、
単なる政府解釈上の政策原則にすぎない。
にもかかわらず、
この原則が「攻撃を受けてから動く」という受動的な構造を生み出し、
国民の生命・財産という国家の一次的責務と正面からぶつかっている。
しかも専守防衛を国是に掲げている先進国は、
比較法的に見ても日本だけという特殊な立ち位置だ。
反撃能力の導入という形で、
政府自身すでにこの枠組みの限界を事実上認めてもいる。
そして中国は、
2013年のロックオン、
2025年12月のロックオン、
2026年のSLBM実験と、
ルールも協議も無視した行動を繰り返し続けている。
事前通知はするけど、
要求には応じない。
抗議はされるけど、
痛くも痒くもない。
この非対称な構造が続く限り、
日本は永遠に
「別ルートで飛んでくれますように」
と祈り続けるだけの存在になる。
もう「まずは一発受けてから考える」という発想は捨てるべき時期に来てるんじゃないか。
ロックオンされた時点、
発射が秒読み段階に入った時点で対処できる、
米英型の「普通の国」への転換。
これは軍国主義への回帰でも何でもなく、
近代国家として当たり前の、
国民の生命と財産を守るという一次的責務を果たすための話だ。
法律ですらない政策原則一つを、
いつまで後生大事に抱えているつもりなのか。
日本政府には、そろそろ本気で答えを出してほしい。
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