共産党の「路哲」絶縁劇に見る、党の構造的な体質

事の発端


6月5日、
共産党員を自称する女性がX(旧ツイッター)に投稿した一本の動画が、
思わぬ形で党の看板に飛び火した。

高市早苗首相、
トランプ米大統領、
ネタニヤフ・イスラエル首相
の似顔絵を標的にした「射的」ゲーム。

投稿主は俳句結社を主宰する家登みろく氏で、
党員本人による発信だったことが問題を単なる一過性の炎上では終わらせなかった。

この射的パフォーマンスの舞台となったのは、
JR新宿駅東南口広場を拠点に「路哲」を名乗るグループだ。

路上で哲学的対話を行うという体裁を取りながら、
実態としては差別反対・戦争反対を訴える街頭活動を継続してきた。

この界隈は、
かつて存在した「レイシストをしばき隊」(C.R.A.C.)の系譜に連なるとされ、
大音量での主張、対立を煽るスタイルなど、
活動文化そのものが酷似していると以前から指摘されてきた。

そして路哲のメンバーは、
東大正門前での参政党・神谷宗幣代表の講演への抗議スタンディングや、
杉並区長選での現職・岸本聡子氏への応援パフォーマンスにも関わっており、

そこには共産党の小池めぐみ杉並区議の姿も確認されている。

つまりこれは孤立した一党員の暴走ではなく、
地方組織レベルで数年単位の共闘関係が築かれていた場での出来事だった。

赤旗が動くまでの1ヶ月


事案発生から赤旗が
「反動政権、排外主義に反対する運動のあり方について」
という無署名論文を掲載するまで、
約1ヶ月の間隔がある。

この間に何が起きていたかを見ると、
党が動いた理由がかなり具体的に見えてくる。

まず、家登氏の投稿を疑問視した渡辺弁護士に対して、
党員側から誹謗中傷やセクハラ疑惑を含む二次加害が発生し、
批判者への攻撃自体が新たな炎上を生んだ。

次に、党員から「アホ」「バカ」といった攻撃的な言葉が飛び交い、
中央委員会への苦情が複数のチャンネルから継続的に寄せられるようになった。

実際、中央委員会からの返信とみられる文面には
「『路哲』の『射的』パフォーマンスと、Xでの誹謗中傷への対応を求めるメールを受け取りました」
という定型的な書き出しがあり、
これは同種の苦情メールへの使い回しの返答だったと推測できる。

つまり単発の苦情ではなく、
党の内外双方から批判が積み重なった結果、
ようやく中央委員会が重い腰を上げたということだ。

批判の出所も一様ではない。

保守層からの「暴力連想」批判に加え、
しばき隊の系譜にある当のC.R.A.C.自身も今回の射的には反対を表明し、
リベラルを自認する一般ユーザーからも「銃はダメ」という声が上がった。

右からも左からも批判が来る、
つまり支持基盤の内部からの離反シグナルだったからこそ、
赤旗という党の公式機関紙が公式見解として動かざるを得なかったのだろう。

タイミングの検証


この件について「選挙前の火消しではないか」という見方も出やすいが、
実際に照らすとその説明は成立しない。

衆院選は今年2月8日に既に終わっており、
次の国政選挙は当面予定されていない。

統一地方選挙も来年4月とまだ9ヶ月以上先だ。

選挙サイクルからの逆算という説明は棄却してよく、
むしろ純粋に党内の苦情処理プロセスが一定の閾値を超えて、
ようやく中央委員会が動いたという官僚的な時間軸で理解する方が実態に近い。

論文のタイトルが特定の選挙対策としてではなく
「運動のあり方について」
という一般論的な体裁を取っていることも、
これが党員への内部規律通達に近い性格のものであることを示唆している。

民主集中制という党の意思決定構造上、
中央委員会での協議・機関決定を経るには一定のタイムラグが避けられず、
末端の逸脱行為への対応速度そのものが党の組織原理の限界を表していると見るべきだ。

標的選定に透ける本音


そもそも高市・トランプ・ネタニヤフという標的の組み合わせ自体が、
一貫した思想的基準では説明がつかない。

高市氏は暴力紛争の当事者ではない国内保守政治家であり、
トランプ・ネタニヤフを軍事行動の指揮者として批判するなら、
同じ論理でプーチンや習近平、金正恩も標的になるはずだが、
そちらは選ばれない。

この非対称性は、
行動原理が「反ファシズム」という思想ではなく、
その時々の党内クラスタで共感を得やすい、
感情的に叩きやすい対象を選ぶという、
感情共同体の自己確認作業に近いことを物語っている。

実際、党員仲間から
「田村智子さんと山添拓さんを加えてみたらどうですか?スリル満点ですよ!」
という悪ノリのリプライがついていたことも、
これが真剣な政治的意思表示というより内輪の遊びとして消費されていたことを裏付けている。

過去の総括なき「絶縁」


今回、党が
「暴力連想パフォーマンスは党綱領・規約と相容れない」
と述べるなら、
まず自党の歴史的な立ち位置を説明する義務がある。

共産党は1951年、五全協で
「日本の解放と民主的変革を平和の手段によって達成しうると考えるのはまちがい」
とする51年綱領と、武装闘争を指示する軍事方針を採択した。

この方針のもとで警察襲撃事件をはじめとする殺人・騒乱事件が各地で相次いだことは、
裁判所も認定している歴史的事実だ。

1958年に党はこの路線を公式に廃止したが、
その後の説明は一貫していない。

当初は51年綱領を
「一つの重要な歴史的な役割を果たした」
と評価していたのに、
1993年になって突然
「党の正規の機関が定めた文書ではなく、分派が勝手に作った文書」
だとして「51年文書」と呼び変え、
以降は「党として暴力革命の方針を取ったことは一度もない」
と主張するようになった。

しかし党自身が第7回党大会の中央委員会報告で、五全協を
「ともかくも一本化された党の会議であった」
と認めている記録が残っており、
この「分派の仕業」という説明は党自身の過去の公式文書と矛盾している。

さらに1961年綱領で採用された
「敵の出方論」——革命が平和的となるか非平和的となるかは結局敵の出方次第によるという理論——についても、
党は「表現そのものを廃棄」したと説明するのみで、理論そのものを明確に否定してはいない。

内ゲバの構造は今も生きている


1955年の6全協は、この党の行動パターンの原型を示している。

指導部の号令で武装闘争路線に従って現場で活動した活動家たちは、
路線転換後「極左冒険主義」のレッテルを貼られて切り捨てられた。

切り捨てられた側の一部がそのまま武装闘争を継続し、
これが日本の新左翼、
いわゆる極左暴力集団のルーツになったという経緯まである。

つまり党中央は過去にも、自分たちが煽った過激主義の後始末を
「個人・分派の逸脱」として処理し、
責任を末端に転嫁してきた実績がある。

今回の路哲・家登氏をめぐる対応も同じ相似形だ。

街頭活動家は選挙協力や動員力として長年党の周辺で機能してきたが、
炎上して党の看板にとってコストになった瞬間、
「党綱領・規約と相容れない」個人の逸脱として切断される。

使える間は黙認・共闘し、
リスクが顕在化したら「あれは分派・個人の問題」として距離を置く。

これは戦後一貫して繰り返されてきた、
党中央が自らの無謬性を守るための処理方法にほかならない。

処分の中身が語る本気度


決定的なのは、実際に科された対応の軽さだ。

共産党規約上の処分体系は
警告・党員としての権利の停止・除籍・除名という段階を踏むが、
報じられている家登氏・小池区議への対応は「指導・批判」という言葉に留まっており、
この正式な処分階梯にすら乗っていない。

最も軽い「警告」にも届いていない可能性が高い。

本気で規律違反として処理するなら、
規約上の正式な処分手続きに乗せて公表するのが筋だ。

あえてそれをせず曖昧な言葉に留めているのは、
これが対外的なポーズであって、
内部的には温存したい実利があるからだろう。

強い処分を出せば党があの活動家集団と組織的に近かったことを自ら認める形になる一方、
動員力そのものは今後も必要とされる。

両方に配慮した玉虫色の決着というのが、
実態に近い読み方だと思う。

ルール不在という最大の欠陥


もっとも本質的な欠落は、
今後の再発防止に向けた制度設計が一切示されていないことだ。

党員・議員が同種の行為に関与した場合の処分基準を規約上どこに位置づけるか、
地方議員が現場で同席・応援していた場合の責任の取り方、
路哲のような周辺活動家集団との公式な協力の可否についての線引き、
違反確認から声明までの期限——これらのどれも明文化されていない。

ルール化しないということは、
次に同じことが起きた時にも党中央がその都度、
選挙情勢や世論の反応を見ながら強弱をつけて処理できるということだ。

つまりルール化の拒否そのものが、
党が一貫した原則より状況対応を優先していることの証左になっている。

これは日本の政治組織全般に見られる「精神論による処理」の典型でもあり、
個別事案には強い言葉で反応するが、
再発防止の制度設計にまでは踏み込まない。

結果として同種の事案は数年おきに繰り返され、
その都度「今さら」という反応が起きることになる。

今回の赤旗論文が示しているのは、
党の理念的な自己反省というより、
外部からの批判が可視化された時点で発動するダメージコントロールの一形態に過ぎない。

制度化を避けている以上、
これは恒久的な方針転換ではなく、
今回限りの火消しとして理解するのが最も正確だろう。

次に似たような炎上が起きた時、
また同じ「指導・批判」止まりの対応が繰り返される可能性は高い。

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