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第3話 春 日常 |時給一年

「そういえば明日、抜き打ちでテストあるんだぜ?」
朔が言う。
「えー!?やだ!」
蓮が膨れている。
「『やだ』って俺に言われても…」
「そういや俺もそれ見た」と透が言った。
「そっか、お前も予知できるんだったな」
朔が少し残念そうな顔をした。
「俺だけじゃないから感動半減だぜ」
「いや、明日の抜き打ち、お前だけ不合格だったぞ?」
「は!?」

驚く朔を前に、私と灯と蓮は思わず吹き出した。

「とりあえずこれから、俺の部屋で勉強会を開くって言ったら来るやつ挙手!」

全員参加だった。

「こんな問題が出てた!」

朔が興奮気味に言った。
化学の元素記号、一番から二十番まで。抜き打ちだから範囲は狭い。これからの学習の基礎になる部分だけ、きれいに抜粋されていた。

「すいへーりーべーって覚えたらいいぞ」と透が言った。
「水兵立直べえ?なんだって?」
「新しいものができようとしている」蓮が笑った。
「よくわかんねーよ」
朔が腕を組んだ。
「記号じゃなくてさ、要は何かが分かったら問題ないんだろ?『ナトリウム』とか『Na』なんだから、名前覚えてたら導き出せるじゃん!」
「ナトリウムはそうかもそれないけど」
「よし、朔。導き出してみろ!」
「余裕!」

翌日の最終講義の時間、朔と透が予言した通りに抜き打ちテストがあった。教室内は騒がしくなったが昨日対策した私たちは落ち着いたものだ。サラサラサラと答えを書いていく。

そして朔だけ不合格だった。

また透の家に集合していた。蓮はムギを連れてきていて、ムギは私の横に陣取っている。

答案を見せてもらった。
水素の欄に『SUISO』と書いてあって、その下に線が引いてあった。どこを取ればいいんだと探していたらしい。ちなみに水素は【H】で、そもそも候補の中に答えはなかった。
言葉は合っていたが元素記号が書けなかっただけでクラス最下位だった。
先生のコメント欄に赤ペンで『わざと?』と書いてあった。その横にシャープペンシルで小さく【当然!】と返答が書いてあったが、先生はもう見ていない。一方通行のやり取りだった。

「抜き打ちを対策した上で不合格」

蓮がゲラゲラ笑いながら言った。

「不合格の未来は変わらなかったな」

透も笑った。

「うるせえ、言葉は合ってたんだ。記号なんて使わなくても通じるだろ!」

朔がフンと鼻を鳴らしそっぽを向いた。透が朔の答案を持って蓮の眼前に持っていった。

「ぷ、ふふふふふふふははは、SUISOw見たことない笑」

蓮は答案のSUISOを指差して、ツボに入ったのか大笑いしていた。朔はいろいろと線を入れて最終的にSOと回答していた。透が指で蓮の視線を誘導する。

「SUISO(1)HOUSO(5)、TANSO(6)、TISSO(7)、SANSO(8)、FUSSO(9)、KEISO(14)、ENSO(17)」

最後に【素】がつくものの元素記号が『SO』で統一されていた。20あるうちの8つの回答がまったく同じ答えになっている。
何かは当たるだろう作戦に出た結果全滅した。

「これって水素+酸素→水ってどう表現されるんだろう」

SO+SO→??

ダメだ、朔の意図がまったくわからない。

「『SO』だらけwwwダwメww」

蓮が笑い過ぎて声が出なくなっていた。ツボに入って息が吸えずにいた。

「ム、ムギw助けてww」

蓮がムギへ助けを求めるが、蓮の視界には透が答案を広げている。

「しwぬw、わwらwいwじwぬw」

蓮が私の背中に隠れる。一定の呼吸のリズムではなく痙攣しているような感じを背中に感じた。蓮の短髪が制服越しにチクチク刺さってくすぐったかった。私の制服をギュッと握ったまま、もはや息を吐き出し過ぎて声が出ていなかった。

「すwwすえないwww」
「SO不足?」

透が答案から眼鏡だけひょっこり出して悪い顔で訊く。

「やwwめwwてww」

笑いすぎて涙が出てきた。それでも笑いが止まらない。

蓮は私の制服を握ったまま膝から崩れていく。私も服に引っ張られるようにバランスを崩した。

「いww、いwww、ゴホッゴホッ、きwww」

私も後ろから制服が引っ張られるんで首が締まりかけていた。

「蓮、大丈夫?」
「むwりww」

蓮はツボに入って笑い過ぎて、いつのタイミングからか泣いてしまった。

◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇

ピロン。
突然透からメッセージが来た。

『傘を買います』

意味がわからなかった。
「なーにー?」
蓮の返信
「いいことを思いついたから傘を買おうと思う」

メッセージは一斉送信されていたが朔にだけ届かないようにしていた。

「なんで傘?」
「面白そうだから。18:00にコンビニ集合!」
「みんな買うの?お金無いんだけど」
「だったら俺が出すから」
「私もお金なくて」
「私もー」
「君たち?」

コンビニに向かっている道中で灯と出会った。
「透から集合かかるの珍しいね」
「ねー」
「何企んでるんだろうね」
「ねー」

集合時間より少し前に着いた。
透はまだ来てないみたいだった。蓮とムギがコンビニの前にもう到着していた。蓮はコンビニブランドのカフェオレを飲みながらムギの頭を撫でている。
ムギは何か食べていたようだ。
中身がなくなった発泡スチロールが転がっている。
「あ!蓮!早いね」
「あぁ、澪と灯いつも一緒だね。待ち合わせて?」
「いや、たまたまだよ」
「そうなんだ」
「ムギは何か食べてたの?」
「来る途中のスーパーでお肉をね」

軽く挨拶しているとムギが寄ってきた。
「澪の横、落ち着くんだって」
ムギは私の腰くらいまではあるだろう体を小さくして足元で丸まって目を閉じた。
「すごいリラックスしてるね」
「ムギは優しいから、近くに居てくれるだけでこっちも癒されるよ」
「撫でていい?」
「……いいみたい」
尻尾がフリフリしてて可愛い。

ムギと戯れていると透が到着した。
蓮がカフェオレ飲みながら
「お!」
と簡単な挨拶。
「蓮?金ないって言ってなかったっけ?」
「言ったよ?何かわからないものに対して使うお金は持ち合わせておりません。」
「その……」
「カフェオレは別。喉乾いたし。お肉もムギがお腹空いたっていうから」
「そういえば、なんで傘?」

私が訊くと透はメガネを直しながら
「今度の雨上がりの日に朔が最高に映えるようにしようと思ってな」
と言っている。

灯と自然と目が合った。
言いたいことが手に取るように分かった。
朔にいい思いをさせるために透が動く?

「だから傘3本?」
「そう!タイミングみてクラッカーの要領でパッと開くだけ!無地や透明じゃ味気ないからこれいっぱいに絵を描いて欲しい」
と言って既に持っていた傘をそれぞれに渡してくる。
「バッと開いたら『馬』『鹿』『目』の絵が並ぶようになる」
「朔だけ濡れるとか?」
「ご名答!ちなみに澪は絵を描ける?」
「全然?」
「灯は?」
「人並みには?」
「蓮は」
「ムギなら」
「おぉっと!?限定的!」

軽く咳払いした後で透が続ける。
「まぁ、絵心がないのは仕方ない。だから真似したらそれなりに描けるお手本を持ってきた。」
「傘に油性ペンでお手本の通りに描くってこと?」
「そういうこと、蓮は飲み込みが早くて助かる。今度の雨上がりは1週間後か、それまでに澪はこれ、灯はこれで蓮はこれをそれぞれの傘に描いて欲しい。」
『め』
灯はなんだったんだろう?
『馬』
「朔は少し持ち上げたらウッキウキだろうから楽しみだな」
透はそう言ってさっさと足早に帰ってしまった。女子3人が取り残された。
「澪は絵、描けるの?」
「いや、全然。でも灯が人並みには描けるみたいだし、助けてもらうよ」
「うん、それがいいね。絵を描くっていつぶりだろう?傘に描くなんてやったことないし」

そう言って蓮とも別れて傘を持って帰路についた。ムギも振り返って挨拶してくれたんだろう。手を振って2人を見送った。

灯は人並みには描けるって言ってたし、簡単にでも描けたら問題ないよね

私が描くお題は「め」
灯が描くお題は「馬」

深呼吸して一度灯の部屋で描いてみることにした。

酷かった。

馬の顔が全体の8割を占めて足と尻尾が同じような線、胴体はどこ?
少なくとも灯の言う『人並み』ではなかった。
灯は変な汗をかいている。ほとんど画力は私と変わらなかった。自然と目が合う
「これだったら私も『人並み』かも」
「これが限界だよー、澪も描いてみてよー」
「え゛!?」
灯から紙と鉛筆を渡されて仕方なく『馬』を描いてみた。灯の描いたバケモノの隣に目の向きが若干違うだけのバケモノが爆誕した。
「灯?これは違うの!」
「ほぼ、同じだね」
「馬ってこれだよね?」
「ね、ねー」

1週間後、透が言ったように雨が降った。

ピロン
「今日、傘持ってきてな」

と透からメッセージがあった。
登校する時間帯には止んでおり所々に水溜りができている。みんないつものように集まり、通学路を歩いていると透が段差を指差して言った。

「朔、ちょっとあそこの段差に乗って傘こうやってみろよ、お前身長あるから映えるって」

透が自由の女神のようなポーズをとって傘の先端を見るように促した。
「そうか?」

朔がすんなり乗った。少し高い場所でポーズを決めた。
ピロン
カメラの録画の音が聞こえてきた。
「いい感じだ!」
透がカメラ越しに言う。朔も満更ではなさそうな、照れ笑いと顔をきめて楽しそうだ。
車が走ってきた。水溜まりだった。
「今だ!」

盛大な水飛沫が上がった。私たちは傘を素早く前に出した。朔だけがまともに喰らった。

ずぶ濡れの朔が、ゆっくりとこちらを向いた。
傘に絵が描いてあった。

『顔の主張が激しい鳥の足をもつバケモノ』
『4足歩行の茶色い動物』
『ジャガイモみたいに凸凹した【眼球】らしき物』

「てめえら!バカめって言いたいのか!?」
朔が声を荒げる。
「おっと、お前が怒るのはよくわかる」
透が朔の怒りを制するように言った。
「が、俺も一ついいか。このせいで傘が三本、普段使いできなくなってしまった。どうしてくれるんだ?」
「どうしてくれるんだ!?全部お前のせいだろうが!今回ばかしは一方的な被害者じゃねぇか!」

「確かに」

透が眼鏡をなおしながら整然と答えた。
「それに最初の灯が持ってるこれはなんだ!」
「うーん、まったくわからんが。よくこれ見て『バカめ』って解読できたな」

「こ、これでもだいぶよくなったんだよ!」
「これで?」
「無下なり(あまりにひどい)」
「むwげwなwりw」
灯は蹲って顔を隠して立ち上がれなかった。


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