さらば
期待した方が悪いのか。
それとも裏切った方が悪いのか。
これ、難しいよね。
例えばそうやね。
恋人に期待するのは当たり前のことやと思う。
優しい言葉をかけてくれるはず、とか。
会えない日でも自分を想ってくれているはず、とかさ。
でもその「はず」は裏切られやすい。
返事が遅れただけで不安になって、
沈黙が長いだけで胸がざらついたりしてさ。
ほんまはただ忙しいだけかもしれへんのに、
こっちは勝手に期待して、勝手に裏切られた気になる。
俺もそう。
今朝起きた時から決めてたことがある。
必ず果たすと。
夕飯は絶対に麻婆豆腐食べるって決めてた「はず」やのに、いざ買い物に行ったら、無性に焼き魚が食べたくなった。
こんなにわかりやすい期待と裏切りはないね。
朝の決意も虚しく散って、俺はその瞬間の欲望にあっさり負けて魚を買った。
麻婆豆腐に期待して裏切り、次は焼き魚に期待した。
そして今。
焼き魚がいまいち美味しくなかった。
焼き魚に裏切られた。
期待した俺が悪いのか。
それとも裏切った俺が悪いのか。
食べ終えた食器を片すこともできひんくらいに、
自分の意思の弱さに打ちひしがられてる。
朝起きた時は確かに麻婆豆腐やった「はず」なんよ。
でもスーパーで魚売り場の前を通った瞬間に、
真冬から真夏になったように気持ちが変わった。
でも聞いてほしい。
少しでいいから言い訳をさせてくれ。
いい匂いがしたんや。
魚売り場特有の鮮魚の香り、わかる?
あの香りが厄介。
匂いキツいなって思う時もあれば、魚もいいわねって気持ちが傾く時もある。
そして俺は見事に気持ちが傾いて、麻婆豆腐を裏切った。
あんなに麻婆豆腐に期待してた「はず」やのに。
そして裏切ったくせに、焼き魚が美味しくないからと言って、やっぱり麻婆豆腐がよかったと思ってしまった自分がいたことに、ヘドロみたいな感情が湧き出た。
自己嫌悪。
それ以外にない。
だからこそ、俺は…
俺は明日こそ麻婆豆腐と心に決めた。
信じてほしい。
もう心は揺れない。
傾きもしない。
絶対に。
豚の生姜焼きも食べたい欲が少し顔を覗かしてるけど、
でも俺は、麻婆豆腐なんや。
明日の俺に期待してほしい。
そして明日の俺は俺を裏切らないでほしい。
もう自分を裏切るのは嫌やねん。
でも王将の餃子も食べたくなってきたからこんな時は歯磨きするしかない。
歯磨きでリフレッシュして忘れる。
さらば自己嫌悪。
さらば焼き魚。
さらば。
こんにちは麻婆豆腐。
の「はず」やった。
