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「お前って、いつも何考えてんのかわからん顔してるよな」

先日、友達にそう言われた。

まぁ、なんも考えてへんからな。
いや、ほんまに。

晩ご飯どうしよかなとか、
帰ったら洗濯せなあかんなとか、
アイスでも買って帰ろかなとか。

考えててもその程度。

昔から考え事をしてそうって言われることは多いんよ。
眉間に皺寄せてるしやと思う。

何か悩んでるようにも見えるらしい。
そんな深刻な顔してるつもりはないねんけどな。

自分では、ごく普通に生きてる。

でも、その一言を聞いた瞬間、頭の中に流れてきた曲があった。

チャットモンチーの『シャングリラ』

なんでこの曲やったんかは自分でもあんまりわからん。

他にも好きな曲は山ほどあるしさ。
なんでこの曲?と。

それやのに、気づけば頭の中では曲は進んで、ドラムとベースをズンドコベンベン鳴らして、ボーカルの橋本ちゃんの可愛くて力強い声が響いてた。

そして、ある一節だけが何度も繰り返される。

「希望の光なんてなくったっていいじゃないか」

昔から好きな歌詞。

初めて聴いた時、すごいなこの人らって心の底から思った。

でも、歳を重ねるにつれて、この一文の意味が少しずつ変わってきた気がするんよ。

若い頃は、“希望”ってもっとキンキンキラキラしたもんやと思っててん。

夢があって目標があって、
その先には輝く未来が待ってる!

だから頑張れる!

的な?
そんな順番なんかなって漠然と思ってた。

でも、大人になるとそんな日ってめっちゃ少なくない?

自分は何のために頑張ってるんやろ、とか、
この先どうなるんやろ、とかとか、
挙げ句の果てには“幸せ”とはとかとかとか。
そんなことばかり考えてたら、
あの日見た“希望”なんて遥か遠くの夢幻よ。

口に出さへんだけで、
俺に「なに考えてんのかわからん顔面」って言い放った友人も、そんなこと思う日があるはず。

誰にでもあるしな。
ほんま。

だって、希望の光なんか見えへんけどそれでも朝は来るやん?

おっはよー!って学生さんの明るい声が聞こえてきて、黄色い帽子被った幼稚園生はお母ちゃんの自転車の後ろに乗ってるやん。

そんな朝が来るやん?

こっちは寝起きで頭ボケてて、朝か夜かも感覚だけで判断してるのにさ。

それでもお腹は減るやん?
夜寝て朝起きただけでお腹は減るし。
録画してたW杯で夜更かしして、目が半分寝ててもお腹は減るやん?

ほんで洗濯物も溜まるやん。
このパンツ穴開きそうやなとか思いながらも、構わず洗濯機に突っ込んで、目分量の洗剤と柔軟剤放り込んで後は機械にお任せやん?

スーパーへ買い物にも行くし、コンビニでコーヒーだって飲む。

ほら、希望がない日でも生きていけるんよ。

いや、「生きていける」って言い方はちょっと尖ってるか。

ちゃんと笑えるし、ちゃんと誰かと喋れる。
ちゃんと歩けるし、道にも迷わへん。

家に帰って来れる。
そして1日が終わる。

あー、ごめん、ちょっと話が飛んだな。

うーん…そんな生活を続けてる俺にとってこの歌詞は優しかってん。

「希望を持て!」

じゃなく、

「夢を諦めるな!」

でもない。

「希望の光なんてなくったっていいじゃないか」

半ば投げやりにも聞こえる退廃的な言葉やのに胸に刺さる。
棘とか針とか、そんな危なっかしいもんじゃなくて、こう、なんて言うんかな。
使い古したロケット鉛筆の芯くらいぬるっとしてる。
それが逆に刺さる。

しかも、叫ぶでも説教するでもなく、あんな可愛らしい声でふわっと口角を上げながら歌わはる。

客観的に見ればめちゃくちゃ強いこと言うてるのにな。
それこそ棘や針のような鋭さがある言葉やと思う。
でも全然強がってへんの。
だからぬるっとしてる。

そこが好きなんよ。
そこにグッとくる。

そもそも、頑張れ!って背中を押してくる感じが苦手やねん。
応援せんでいいし手握って〜ってなる。
横に並んで歩いてくれるくらいがちょうどいい。

「しんどいよな」

とかまず言わへんし、そこがいい。

ただ、「まぁ、なくったっていいやんか」くらいの塩梅でふわっと笑う。

その距離感が心地よくて、ここが俺のシャングリラや…と、内耳を弄られたみたいにぐるりと世界が回って錯覚する。


友達の言葉が頭の中で反芻する。


「お前って、いつも何考えてんのかわからん顔してるよな」

その通りなんやと思う。

希望に燃えてる顔でもないし、絶望してる顔でもない。
何かを必死で追いかけてる顔でもなければ、諦めた顔でもない。

だから何考えてるかわからへんのやろ?
今だって、こんなこと書きながらアーモンド効果飲んでるしな。
これ一本で1日分のビタミンE摂れるらしい。
でも深夜に飲んだら、その1日分はどこまで加算されるんやろ?
明日の今までかな?
それとも日中限定で効果ありますって感じかな?とか考えつつもこれを書いてる。

でも、それでいいやんって思える。

毎日毎日、人生の意味なんか考えて生きてたら燃費悪くて仕方ない。

今日は天気いいやんとか、アーモンド効果美味しいなとか。
この曲いいね、とか。
あの映画もう一回観たいな、とか。

そんなことを思いながら日々を歩いてる。

それに、希望って探したら見つからへんやろ?
いや、見つけにくいやろ?か。

目の前を笹舟のように流れていくやん?
サーって。
見つけても捕まえられへん。

って思ってるうちは見つからへんのやろな。

だから今は、無理に探さへんのよ。

歩いてたら、そのうちどっかで見つかるかもしれへんし、見つからへんかもしれん。

でも、それでもいいやん。

「希望の光なんてなくったっていいじゃないか」

多分やけど、友達の言うことは正しい。
自分でもほんまに何考えてるんかわからん時あるし。

でも、あの日の俺が何かを考えてたとしたら、頭の中ではチャットモンチーが歌ってたくらいなんよ。

「希望の光なんてなくったっていいじゃないか」

多分そういう顔やったんやと思う。

ほんでよく見たら、アーモンド効果は食物繊維とカルシウムも摂れるって書いてあるわ。

はぇ〜、すっご。

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