眠れぬ夜は君のせい
夏が近づくと肩が疼く。
そういうのない?
雨が降る前に頭が痛くなるとか。
台風が来たら目眩するとか。
それのお仲間みたいな感じよ。
昔、20年以上前。
部活中の怪我で肩の手術をしたことがあるのね。
それ以来、毎年夏が近づくと痛みが増す。
だからこの肩の痛みとはもう長い付き合いになる。
ちょっと違うか。
夏が近づくと痛みがってより、少し疼き方が変わるんよね。
手術の跡、傷の奥がジンジンする。
疼きが出始めると寝付きが悪くなる。
その疼きを感じると共に思い出す記憶。
2002年6月。
世間は日韓ワールドカップで大騒ぎやってさ。
街を歩けばサッカー。
テレビをつければサッカー。
どこもかしこもサッカー。
日本中がお祭りみたいな空気やった。
なにせ韓国との共同開催と言えど、日本にワールドカップが来たんやからね。
少年雲呑も気持ちの高揚が止まらへんかった。
それでも俺は病院のベッドの上にいた。
雑踏する街並みや画面の向こうの非日常感、友達とのワールドカップ談義から遮断された世界。
それはほんまに孤独で、14歳の子供には少し場違いな空間やった。
2002年7月11日。
肩の手術を受けた日。
手術室で平井堅の“KISS OF LIFE”が流れてたのをよく覚えてる。
手術は全身麻酔やったからそこまで不安に思うこともなかったし、寝て起きたら終わってるんかーくらいにしか思ってなかった。
全身麻酔ってすごいんね。
噂には聞いてたけど、ほんまに10秒数える前に意識がなくなる。
4か5くらいで意識がなくなった。
手術が終わり、手術室から病室へ帰ってきてハッキリと意識が戻ったのは真夜中やった。
麻酔が切れて熱が上がる。
痛い。
しんどい。
上半身は包帯でぐるぐる巻き。
寝返りも打てへん。
喉がカラカラで唾も飲み込めへんほどに喉が痛い。
とにかく看護師さんを呼んで、飲み物を持ってきてもらった。
薄いポカリみたいなやつ。
それがめ〜〜ちゃくちゃ美味しかってん。
バケツでいけると思ったね。
人生で一番美味しかった飲み物はなんですかと聞かれたら、今でも多分あのなんちゃってポカリを挙げる。
飲み物をもらった時に、携帯をテレビ台の引き出しから取ってもらってさ、病室では使ったらあかんのよーとか言いながらも渡してくれた。
愛想笑いしながら受け取り、携帯を開いてセンターに問い合わせした。
センター問い合わせの瞬間ってドキドキしいひんかった?
誰からも来てなかった時とか泣きそうになったもんな。
その時は幸いにも友達から結構な数の励ましのメールが来ててね。
嬉しかったなぁ。
ありがたかった。
でも正直、その時の俺は返信する余裕はなくてさ。
熱はあるし痛いし眠れへん。
なんならさっきまで寝てたから目がギンギン。
長い夜の始まり。
病院の夜って静かやねんよ。
当然なんやで?
みんな寝てるしな。
でも、静かやから余計に痛みのことばっかり考えてしまう。
とにかくなんでもいいから気を紛らわせたくて、看護師さんにテレビをつけてもらったのよ。
深夜やからあんまり番組やってへんくてさ。
それで何個かチャンネル回してたら、たまたま深夜に音楽番組やってたのね。
でも見始めた頃にはもう番組も終わりかけの雰囲気でさ、終わってほしくないなーって焦点が合わへん目でボサっとテレビを眺めてた。
そしたら最後に一曲だけ流れてん。
MISIAの“眠れぬ夜は君のせい”
今でも鮮明に覚えてる。
当時『恋愛偏差値』ってドラマの主題歌でパワープッシュ的なんされてたんやと思う。
俺はそれまであんまりMISIA知らんかってんよ。
知ってはいたけど好んで聴きはしいひんかった。
やけど少しでも気が紛れるならって口半開きでぼーっと見てた。
じゃあさ、不思議なもんでね。
その歌が流れ始めた瞬間、ピントが画面に吸い寄せられて目の焦点が合って映像がクリアに見えた。
たった一曲。
でもその一曲の数分だけは痛みを忘れててん。
傷が治ったわけじゃないし、熱が下がったわけでもない。
何も変わってへんのよ。
それでもその歌を聴いてる間だけはほんまに楽やった。
人生で初めて音楽に助けられた瞬間やったんかもしれん。
曲が終わり番組も終わって、
街の景色を映したライブカメラに切り替わり、左上に時間だけが表示されてる。
ライブカメラにたまに映る小さなヘッドライトを見てると、画面の向こうにも誰かが居る気がしてひとりじゃないって思えた。
でも、そんな画面も30分ほどで砂嵐に変わって、いよいよひとりぼっちになった。
仕方なくテレビを消し、友達からのメールを読み直す。
そしてまた目を閉じて夜を終わらせる。
あれから20年以上経った。
ソファで目を覚ますと変な体勢で寝たから、首が痛い。
肩は相変わらず痛くて動かへん。
年々ポンコツになってる。
可動域は狭まって、自分の腕の重みで肩の関節が抜けるほどにまでなった。
最近は手の痺れがひどい。
俺の肩はもう役目を終えたんやと思う。
そして夏が近づけば傷口はジンジン疼く。
するとまたあの夜を思い出す。
真夜中の病室で熱を持った体。
バケツで飲めると思ったなんちゃってポカリ。
眠れへん夜。
MISIAの眠れぬ夜は君のせい。
痛みと寂寥。
どうやら今年も夏が来るみたいやね。
できれば風鈴とか蚊取り線香とか、そういう風情のある方法で教えてほしいんやけどなぁ。
そうも言うてられへんか。
今年もMISIAを聴いてあの夜に戻る。
それまでぼやけてた風景が、あの曲を聴くとピントが合う気がして。
彼女は俺のピント調節機能なんかもしれんね。
ここからは余談として少しだけ。
あれから20数年経った今やから思うねん。
結果として手術はうまくいかへんかったし、不自由も残った。
でも、あの時の俺には手術という選択肢しかなかった。
だから14歳の俺の選択を俺は尊重したい。
あの時の君にはそれしかなかった。
それにその選択のおかげで、人の優しさに敏感になれた。
随分と人に優しくしてもらった。
この体じゃないと見られへん景色も見た。
それもこれもあの選択のおかげ。
だから悪いことばかりじゃないから、どうか俺のことは気にせんといてほしい。
でもな、ひとつだけ。
ひとつだけ小言を言わせてもらえるのなら、
眠れない夏の夜が増えたのは君のせい。
あの頃夢見た予定では、オダギリジョーみたいなイケおじになってるはずやってんけどね。
おかしいな。
まだ俺はオダギリジョーになれてへんわ。
よく見たら寝癖もピコンって跳ねてるし。
オダギリジョーになるにはもうちょいかかりそう。
なのに鏡に映った顔はあの頃より楽しそう。
