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お茶室を作れるかもしれない



私には、去年から贔屓にしてもらっている方がいる。
きっかけは、月に一度出店している蚤の市。

100円の栞を売ったり、頼まれれば家具を作ったり。
完全に趣味の延長みたいなものだ。


そこにはいろんな人が来て、よく話をする。
特に年配の方。特に男性。

なぜか不思議と話しかけられることが多い。

本当は若い女の子の方が嬉しいけど、
まあ、そんなことはほとんどない。



昨年、そこで知り合った一人の男性がいる。
80歳を過ぎた方だ。

いつものように何気なく話をしていた。

普段は大工をしていて、趣味でこんなものを作っているんです。
そう話すことはあっても、
そこから仕事に繋がることはあまりない。

別に仕事が欲しくて出店しているわけでもない。

たまに家具を直してほしい、と言われることはある。
そのくらいだ。



そんな中、その男性から

「痛んだ柱があるから、一度見に来てほしい」

と言われた。

その時は、よくある床の間の柱か、
古い家の廊下の柱か、その程度に思っていた。

後日、見に行くことになった。



案内されて中に入ると、
そこには埃をかぶった古い茶室があった。

しかも、かなり本格的な茶室だった。
今はもう使われていない茶室。
和室はあっても茶室まであるお宅は滅多にない。



痛んだ柱というのは、床柱だった。

茶室の中でも、かなり大事な場所の柱。
ただの構造材ではない。
空間の顔みたいなものだと思う。

その床柱が、虫に食われていて、
中がスカスカになっていた。

表面だけ見るとまだ立っている。
でも中身はやられている。

長い年月と、使われなくなった時間が
そのまま出ているような状態だった。



そして、その男性は茶道の師範だった。

なるほど、と思った。

この茶室は、ただの古い部屋じゃない。
その人にとって、長年使ってきた大事な場所なんだとわかった。

だからこそ、
「痛んだ柱を見てほしい」という一言の重みも変わってくる。



正直、簡単に「直せますよ」とは言えないと思った。

普通のリフォームなら、
傷んだら交換、悪ければやり替え、で話が進むことも多い。

でも茶室は、そういう単純な話ではない気がした。

特に床柱なんて、
ただ新しい木に替えればいい、では済まない。

普通のリフォーム工事とはまた別段の技術力と知識が必要になってくる。



壊して作るのは、ある意味わかりやすい。

でも、残しながら直すのは難しい。

古いものを活かす仕事は、
新しく作るよりもずっと神経を使う。

しかも相手は茶道の師範。
見る目もあるはずだ。

変にごまかした仕事はすぐに伝わると思う。



でも逆に言えば、
こういう仕事に関われるなら、
自分がこれからやっていきたい方向に近づける気もした。

ただ直すだけじゃない。

その場所の意味や、使ってきた人の時間ごと
受け取って直すような仕事。

そういう仕事ができたら、
ただの大工仕事では終わらない気がする。



蚤の市で何気なく話していたことが、
まさかこんな話に繋がるとは思わなかった。

やっぱり、人との縁はわからない。

趣味で出していた場所が、
思いがけず次の扉になることもある。



この茶室を本当に触ることになるのか。
どこまで関われるのか。
まだそれはわからない。

でも、もしやるなら
中途半端な気持ちではできない仕事だと思う。



床柱を見た時、
これはただの修理じゃないと思った。

もしかしたら今後、
こういう仕事に繋がっていくのかもしれない。

続く。

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