見出し画像

「お前は現場の役に立てるのか」【最終話】「賽(さい)を投げたのは、現場だった」

その日、私は事務所にいた。
パートナーであり、30代半ばの優秀なフルスタックエンジニアである佐々木さんと打ち合わせをするためだ。
 
佐々木さんは日々多忙を極めながらも、「顧客ともっと深いコミュニケーションを取り、上流工程から関わりたい」という強い熱意を持っていた。
そのため、私のプロジェクトマネジメントや業務分析の手法について、熱心に指導や助言を求めてくる。
 
しかし、急な来客の対応で、彼を1時間ほど待たせることになってしまった。
 
「いや、佐々木さん、待たせてしまって申し訳ない」
応接室からお客様を見送り、戻ってきた私は彼に声をかけた。
 
「いいえ、大丈夫です。・・・ずいぶん熱心にお話しされていましたね。どなただったんですか?」

「先週、業務改善のフェーズが一区切りついた食品製造業の担当取締役だよ。前回の報告会で、私は『ボールを渡して』そのまま帰ってきたんだが・・・」
 
「で、そのボールは返ってきたんですか?」
 
佐々木さんが興味深そうに身を乗り出す。

取締役との話を、私は語る。

取締役は興奮気味に、話し始めた

営業部門の現場リーダーが取締役の席にやってきたのは、あの緊迫した報告会からわずか2日後のことだった。定時を少し回った頃だったという。
 
真剣な表情で「ちょっとお時間よろしいですか」と切り出された時、取締役の脳裏には『嫌な予感』がよぎったそうだ。
 
「また退職相談か・・・」と。いま、人望も厚く、仕事もできる彼に辞められるのは会社にとって大打撃だ。
 
「どうした、何かあったか?」と身構える取締役に、現場リーダーは澄んだまなざしでこう言ったという。
 
「石さんとの会議の件、部長から聞きました・・・。
業務改善のリーダー、俺にやらせてくれませんか」
 
取締役は耳を疑った。現場リーダーの言葉は続いた。
 
「石さんの言う通りですよ。新しい業務フォーマットやルールを定着させるには、俺たち現場がみずから動かなきゃ絶対にダメです。
正直、このプロジェクトが始まった時は『めんどくせえな』って思ってました。でも、やっていくうちに気づいたんです。これ、結局は自分たちのための仕組みなんだって。
これが定着すれば、新人の教育工数も減る。全員の作業の進め方が同じになれば、管理工数も減る。抜け漏れが減ってトラブルがなくなれば・・・残業だって減ります。そうすりゃ、人が辞めない会社になるはずなんですよ」
 
取締役は私に、手振りを交えながら熱弁した。
 
「いやー、石さん、私は本当にびっくりしましてね!
あなたに厳しく言われて、現場にリーダーをお願いしなきゃいけないとは思いつつも、『みんな忙しいし、反発されて辞められたら元も子もない』と足がすくんでいたんです。そんな時に、彼が自らかって出てくれた」
 
その場で「助かるよ、頼む」と告げると、現場リーダーは力強く頷いて去っていったそうである。
 
しかし、取締役が本当に驚いたのは、翌週の月曜日のことだった。

「賽(さい)を投げたのは、現場だった」

いつも通りの月曜日 いつもの全体朝礼

週はじめのけだるい雰囲気が漂う中、事業部長の挨拶が終わり、司会が「他に連絡事項のある方はいますか?」と問いかけた、その時だった。
 
「はい、皆さんに話があります!」
 
朗々と響く通る声とともに、現場リーダーが前に出てきた。
彼の後ろには、2人の若手社員がぴったりと従っている。
 
「今日から、営業部30名は業務改善として新しい帳票フォーマットと、統一された仕事の進め方を導入します!
これによって大幅な業務工数の削減、そして人が辞めない会社を作ります。経費が削減されれば、会社の業績だって上がっていくはずです。
しかし、それは今回決めたことを、俺たちが本当に『定着』させることができればの話です。
だから、私が責任を持ってリーダーとして進めます。
ここにいる2人も、俺が趣旨を話したら『ぜひいっしょにやらせてください!』と手を挙げてくれた仲間です」

「不都合やうまくいかないことがあれば、すべて俺に言ってきてください。ぜひ、皆さんの協力を願いします!」
 
取締役はしみじみと言った。
 
「あんな朝礼は、今まで見たことがありません。
彼の声は廊下まで響き渡り、社員全員が聞き入らざるを得なかった。
すべては石さんのおかげです。あの時、あの場所で、私たち幹部に厳しいことを言ってくれて本当に良かった」
 
現場リーダーからは、さっそく「今後の運営についてもぜひ石さんの助言をもらいたい」と要望が出ているという。
 
「ええ、喜んで。来週どこかで時間を合わせて、現場リーダーとお二人のサブリーダーの方々と打ち合わせをしましょう」

私がそう答えると、取締役は何度も頭を下げて、晴れやかな顔で帰っていった。

仕事はなんのため、だれのため

話を終えると、じっと聞いていた佐々木さんが、ふと私に問いかけてきた。
 
「こんなこと言ってすみませんが、今回はうまくいったけれども、今回のお話は結局、どういう結末になるかは、相手次第だったということですよね?」
 
「ははは、その通りだね。」
 
「そうなると、出たとこ勝負みたいで、心配になりませんか」
 
「いいや、ぜんぜん。と言えば嘘になるな。
『こうすりゃ良かった』という過去や、『本当に大丈夫だろうか』という未来についての心配なら、いつでもしているよ」
 
「やっぱり、そうですよね」
 
「でもね、ネットの記事か何かで読んだんだが、過去も未来も、現実には存在しないそうなんだ。言われてみれば確かに、今という現実があるだけで、過去はただの記憶だし、未来はただの妄想とも言える・・・」
 
佐々木さんは黙って私の言葉を聞いている。
 
「すまないね、突然こんな哲学みたいな話をして・・・。

ただね、誰に頼まれたわけでもないのに、自ら手を挙げて朝礼で堂々と宣言したあの現場リーダーは、まさに『今』という現実を生きているんじゃないかと思ったんだよ。

過去のしがらみも、未来の不安も乗り越えて、自分のことはちょっと置いといて・・・、
会社全体の中で、自分を役割を眺めていたのかもしれないね」

「お前は現場の役に立てるのか」

いつも私の中に投げかけられている、その問いが、再び胸の中で小さく木霊(こだま)する。
 
しばらく考え込んでいた佐々木さんが、静かに口を開いた。

「石さんは、なんのために仕事をしているんですか?」
 
「まずは、人の役に立つことだね」
 
私は一呼吸置き、佐々木さんの目を見て続けた。
 
「誤解のないように言っておく。佐々木さんはまだ若いからね。
我々のように外部からプロジェクトに参加する場合、役に立たないものにお金は払われない。だから、お金をいただいている時点で、一定程度は役に立っているとも言える。しかし、それでは甘い。たいへん不十分です」
 
「不十分・・・ですか」
 
「外部からのコンサルティングである以上、私たちが目指すべきなのは、相手方に対して、ハッとするような、目を覚ますような『違い』をもたらすことだ。
 
それができた時、いただいている金額の枠なんて良い意味でぼんやりと消え去って、顧客と共により良い結果をもたらす好循環が生まれる。
まあ、偉そうに言っているけれど、私自身もまだまだ、これから・・・道半ばなんだよ」
 
佐々木さんは深く頷き、まっすぐな目を私に向けた。
 
「自分にはまだ経験が足りませんが、言われていることはよくわかります。石さんは、さっきの来られた取締役の会社に、
間違いなくその『目を覚ますような違い』をもたらしたんですね」
 
「どうかな。でもね・・・」
 
私は書類をまとめる手を少し止め、微笑んだ。
 
「取締役が帰り際に、ホントに嬉しそうに話してくれたんだ・・・。
あの劇的な朝礼があった日の晩に、
彼はその現場リーダーとはじめて二人で酒を酌み交わし、会社のことをトコトン話し合ったんだってさ・・・」

窓のカーテンが静かに呼吸をしている。
 
日が長くなったなあ。梅雨だけど、いい気候じゃないか。

佐々木さん、続きはビールでも吞みながら・・・
 
現場が変わる。会社が変わる。その確かな足音が聞こえる。
 
(完)


いいなと思ったら応援しよう!