見出し画像

物語 ~Fading World -1~

《1》happen to see

梅雨に入り、校舎の外は雨だ。

中村隼人は、窓の外を憂鬱そうに眺めていた。
「世界史探求」の授業——2年になり選択した。
教師は“近世の魔女狩り”について淡々と説明している。

『魔女狩り』——
近世ヨーロッパでの、宗教改革と寒冷化による社会不安による現象。
人々が不幸の原因を“魔女”に求めて行われた悲劇。
今の世界では、魔女も魔法もファンタジーの中の存在だ。
そんなものに怯え、誰かを犠牲にしてきた人間の愚かさに、
どこか冷めた気持ちになる。

隼人の教室——校舎の3階からは、学校を囲う灰色の壁が見えていた。
その向こう、校門前の道路のさらに向こう側に、三つの人影が立っている。

一人と、二人。
一人は傘をささず、雨の中でじっと二人と向き合っている。
二人のうちの一人はフードを深く被り、こちらも傘をさしていない。
もう一人は傘をさし、フードの人物のやや後ろに立っていた。

遠すぎて、それが男なのか女なのか判別できない。

「喧嘩かな……」

隼人は、ぼんやりとその対立を傍観していた。
しかし、次の瞬間——一人の方の“周囲の空気が、ぐにゃりと歪んだ”。

「え」

思わず声が漏れた。
刹那、その人物が炎に包まれた。
それはまるで、人体発火のようだった。

炎は外から火がついたというより、
内側から噴き出したようだった。
隼人は思わず立ち上がり、窓を開けた。

隼人の突然の行動に、教室の視線が一斉に外へ向く。

「人が燃えてる!!」
「きゃぁぁぁぁ!!」
「お前ら、落ち着け!!」

教室内は波紋のようにざわめきが広がり、軽いパニックとなった。
他の教室でも、少し遅れて同じような悲鳴が上がり始めていた。

隼人は、燃え上がる人物のそばにいた残りの二人へ視線を移した。
その瞬間——“目が合った”と感じた。

"俺を見た?"

距離的にあり得ない。
だが、確かに目線が交差したかのような感覚があった。

二人組は、隼人の視線を振り払うように踵を返し、
そのまま雨の中へ消えていった。

隼人は、自分の頬を流れる冷たい汗に気が付いた。

「なんだったんだアレ…」


教室のカーテンは閉められた。
複数の教員が校門側の教室を回り、
カーテンを閉めるよう指示を出していた。

それでも教室内のざわめきは止まらない。
ショックを受けた生徒が保健室へ連れていかれたが、
隼人は自席に座ったまま、考えを巡らせていた。

"あいつら、確実に俺を見ていた"

顔の判別もつかないほどの距離があるのに、
隼人は彼らの視線を確かに感じた。
それは、冷たい何かを首筋に当てられたような感覚だった。

まもなく、外にサイレンが鳴り響いた。
カーテンを開けて様子を見たい衝動に駆られたが、
周囲の空気や教師の目もあって、それは叶わない。

授業ができるような状況ではない。
教師は教室に留まっているものの、
落ち着かないのはここだけではなく、
学校全体にざわめきが広がっていた。

終礼のチャイムが鳴っても、事態は一向に変わらない。

しばらくして、教師が別の教員に呼ばれて教室を後にした。
その途端、教室内は先ほどのショッキングな光景の話題で
もちきりになり、ざわめきが一気に大きくなった。

「隼人くんだよね。一番最初に声を上げたの」

クラスメイトの津田小春が声を掛けてきた。

「ん…ちょっと外眺めてたら、ちょうどその瞬間を見ちゃって」

隼人は、ありのままに答えた。

人体発火——そう例えるしかない現象だった。
ただ、その前に起きた“歪み”はなんだったのか。
隼人は、あの瞬間の異様さをあらためて思い返していた。

「大丈夫? 気分悪いなら、隼人くんも保健室に行く?」

小春は心配そうに隼人を見つめた。

「いや、大丈夫。ちょっと考え込んじゃっただけだから」

見た光景を忘れることはできない。
だが、小春をこれ以上心配させるわけにはいかない——
隼人はそう思い、考えるのをやめた。

ザワつく教室に、ふたたび教師が戻ってきた。
教室内は一瞬だけ静まり返る。

「中村、ちょっと」

教師が隼人に声を掛け、手で合図した。
来い、ということだ。
隼人は席を立ち、教師の方へ向かう。

「なんでしょうか」

「悪いが、ちょっと来てくれ。ここでは伝えられない」

教室は異様な盛り上がりを見せており、
ここで話すのは得策ではないと判断したのだろう。

「わかりました」

隼人はそう返事をし、教師の後について歩き出した。
向かう先は職員室の方か——。

階段を下り始めたところで、教師・向井秀直が口を開いた。

「今、警察の方が来られていてな。
 さっきの件について、話を聞きたいそうだ」

隼人はすぐに問い返した。

「なんで俺なんですか」

向井は少し振り向き、頭をガシガシとかきながら言った。

「うちの教室で一番最初に声を上げたのが、お前だったからな。
 ただ、お前だけじゃなくて、他の教室からも呼ばれているよ」

少し安心させるようなトーンだった。
隼人は「まぁ仕方ないか」と思いながら、向井の後を歩いた。

——応接室

学校生活で、この部屋に入ることは滅多にない。
絨毯が敷かれ、立派な応接セットが置かれている。

こちらを正面にする位置には校長が座っており、
向井はその横へ移動した。

「中村、そこに座って」

向井は、校長の隣を指し示した。
隼人は言われるまま校長に軽く会釈し、席についた。

正面の椅子には二人の男が座り、
その両脇には男女の警察官が立っていた。

右側に座っている男が口を開いた。

「申し訳ないね。
 今日見たことを少し聞きたいんだ。
 時間を取らせるつもりはないから」

銀縁の丸眼鏡をかけた男だった。
声色は柔らかく落ち着いているのに、
眼鏡の奥の眼光は、隼人を品定めするように鋭い。

「あ…はい」

その視線に押され、隼人は思わず身が縮こまる思いがした。

「木崎、おめぇ目つき悪いんだから、
 笑顔で話せって言っただろうが。
 学生さん、ビビっちまってるじゃねぇか」

眼鏡の男——木崎の横に座る、でっぷりとした男が口を挟んだ。

「鈴木部長、これでも優しく接しているつもりなんですよ」

木崎は不満そうに、鈴木と呼ばれた男へ抗議した。
このやりとりで、校長と向井は少し気が緩んだような空気を感じた。
だが隼人には、同じようには思えなかった。
木崎は構わず質問を投げ掛ける。

「今日の授業中に、男性が燃えたのを見たと思うんだけど、
 その時のことを教えてほしい」

どうやら、あの燃えた人物は男性だったらしい。
隼人は、見たままを話すことにした。

「えっと…最初、男性か女性かは分からなかったけど、
 燃えた人と二人組が対峙していて…」

その瞬間、木崎の目がわずかに見開かれた。
隼人は気づかず、話を続ける。

「その後、急に燃えて…二人組は、そのまま立ち去ってました」

目が合ったかもしれないとは言えない。
確証もないし、厄介なことになりそうだ。
何より、あの瞬間の視線の冷たさが話すことを遮った。

「二人組? 燃える前に二人組がいたのかい?」

木崎は、ひどく丁寧に確認してきた。

「あっと…遠くて性別とかは分からないですけど、
 一人はパーカーみたいなのを着てて、フードを被ってて…
 もう一人は傘をさしていました」

木崎と鈴木は顔を見合わせた。
そのあと、鈴木が低い声で言う。

「二人組がいたって話は初めて聞いたな。
 もう少し詳しく聞かせてもらえるか」

隼人は、一瞬「まずかったか?」と胸の奥で苦虫を噛み潰した。



いいなと思ったら応援しよう!