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物語 ~めぐり⑮~

《15》

瞬間、
変な声が出そうになるのを必死に飲み込んだ。

これまでの彼の言動は、
外から自分の父親の会社を見ているような言い方だった。

"心配ないよ。
 父さんの店だから、安くしてもらうようにお願いしてある"

それでも、社員として店舗で働いたりしているのかと
勝手に想像していたのだが……。
まさか目の前に秘書室の人間として登場するとは思っていなかった……。

ゆずるもこちらに気づき、
一瞬笑顔を硬直させたがすぐにスンとしたおすまし顔になった。

「社長室にご案内いたします」

山中氏は、何も気づかないかのように俺たちを先導した。
立派な扉には「Executive Office」とプレートが掲げられている。

"コンコンコン"

山中氏がノックすると、
中から「どうぞ」と短い声が返ってきた。

扉を開けると、広々とした部屋が広がる。
両側の壁一面には書棚が並び、ぎっしりと蔵書が詰まっている。
正面には応接セット、その奥には大きな机と、左右に小型の事務机。
そして、その大きな机には銀髪の男性が座っていた。

「和光商事の河野様と佐々木様をお連れしました」

ゆずるが告げる。
――この人が、ゆずるの父親であり、今回の土地売買のキーマンの一人か。

「河野さん、先日はありがとうございました。
 佐々木さん? 初めまして、三井です」

机を迂回して正面に立った男性は、
年齢を感じさせない精悍な笑顔と体格をしていた。
その人懐っこい笑顔は、ゆずるにも受け継がれているようだ。

俺は名刺を差し出しながら挨拶する。

「和光商事の佐々木です。
 本日はお時間を頂戴し、ありがとうございます」

促されて応接セットに腰を下ろすと、山中氏は退室し、
ゆずるは社長席横の事務机へ移動した。

「本日は土地売買の件と伺っていますが、何か問題でも?」

三井氏は婉曲表現を挟まず、まっすぐに切り込んできた。

河野が応じる。

「今回の土地について確認を進めたところ、
 現在の所有者が三井様ではなく西岡様であることが分かりました。
 先日の打ち合わせでは、三井様が所有されているとのお話でしたので、
 確認に伺いました」

三井氏は頷き、落ち着いた声で答える。

「ああ、先日は椋本さんの手前、ああいう言い方をしましたが、
 現状は私の土地ではありません。
 西岡さんでしたか。
 売買契約を進めていて、先日締結したところです」

筋は通っている。だが――。

「この土地ですが、処分禁止の登記がなされていました。
 売買は相続人全員と締結されたということでしょうか?」

俺が口を挟むと、三井氏の表情がわずかに強張った。

「どういうことですか?」

河野が登記簿謄本を差し出す。

「こちらは昨日取得した謄本です。
 ご覧の通り、令和〇年〇月に処分禁止の登記が入っています」

三井氏はそれをじっと見つめ、指示を出した。

「ゆずる、登記情報を取得してくれ。
 ……河野さん、佐々木さん、疑うわけではないが、
 改めて確認させてほしい」

「ええ、構いません。
 この土地はどちらで情報を取得されたのですか?」

河野が落ち着いた声で尋ねる。

「以前から土地売買については、
 コンサルタントから助言を受けていてね。
 この土地も彼の紹介だ。
 とある会社が用地購入を検討している候補地だから、
 短期譲渡でも利益が出ると言われてね」

少し焦りの色を浮かべながら、三井氏は言葉を続けた。

「土地の確認や売買価格の設定を
 コンサルタントと進めているときに、
 椋本くんを紹介されたんだ」

「弊社の椋本は、コンサルタントからの紹介だったのですか?」

俺は確認するように口を開く。

「あぁ、そうだ。
 土地を探している企業の人だということでね」

三井氏は少し考えてから答えた。

――つまり、そのコンサルタントと椋本は繋がっている、ということか。

河野が口を開く。

「差し支えなければ、
 先日締結されたという売買契約書を拝見できますか」

「あぁ、ゆずる……」

言い終える前に、
ゆずるが大きなバインダーを手にこちらへ歩いてきた。

「謄本の方は、もう少し時間がかかります」

そう言ってバインダーを父親に渡す。
俺たちは三井氏からそれを受け取り、中身を確認した。

――甲:西岡慎太郎。

西岡氏の長男の名前のみだ。
それ以外の名前も、遺産分割協議書の添付もない。
完全にアウトだ。

「この内容ですと……無権利者との契約になります。
 手付金や金銭の授受は?」

俺は、契約書に記載された手付金額を見て眩暈を
覚えながら質問を投げかけた。

「今日、入金する予定だった。
 ……が、これでは支払う理由はないな」

三井氏は、何かを噛みしめるように呟いた。
俺は河野と目を合わせ、小さく安堵する。

そのタイミングを見計らったかのように、
ゆずるが取得した謄本を三井氏へ差し出した。
内容は、俺たちが持参したものと一字一句違わない。

「河野さん、佐々木さん……助かりました。
 今までコンサルタントの言うとおりにして
 利益も出ていたので、確認が甘かった。
 すぐに彼を呼びつけて問いただします」

俺たちは三井氏の礼を受け、
退席することにした。

荷物をまとめ、二、三言だけ言葉を交わすと、
ゆずるがエレベーターまで見送りに来てくれた。

部屋を出た瞬間、俺にしか聞こえないほどの小さな声で、

「陽介、ありがとう」

とささやいてきた。

俺は手を下ろしたまま、親指をぐっと立てて返した。

三井氏の会社ビルを出て車に乗り込むと、俺は河野に確認した。

「西岡氏の確認、どうする?」

河野は少し考えてから答える。

「詐欺であることは判明したし、
 これ以上の確認はいらない気もするが」

だが、俺は首を振った。

「俺は、面談に行くべきだと思うぞ」

土地売買が成立しないのは明らかだ。
わざわざ時間を割く必要はない――その理屈は分かる。
それでも、俺の中には小さなひっかかりが残っていた。

「……お前がそう言うなら、反対はない。
 これから向かってみよう」

河野は意外なほどあっさりと俺の意見を受け入れた。

「ずいぶん素直だな……」

思わず漏らすと、河野は前を向いたまま、
少し間を置いて言った。

「お前のその直感に今回助けられた。
 そして、西岡氏にも何かあるんだろう? 
 俺はそれを信じる」

「……そうか」

俺は空々しく返すことしかできなかった。


車は、福島から提供された住所
――西岡慎太郎氏の家へ向かっていた。
人物像は不明だが、父・安太郎氏が九十五歳だったことを考えると、
六十代から七十代ほどだろう。

「おい、佐々木……ほんとにここか?」

河野の声に、俺も外へ目を向ける。

――西岡米穀店。

店先には米袋が並んでいるが、立派とは言い難く、
繁盛している様子もない。
近くのコインパーキングに車を停め、店へ向かった。

「ごめんください」

声は響くが返事はない。

「ごめんくださーい!」

少し大きめに呼ぶと、

「はいよ〜」

と、奥からよぼよぼと老人が現れた。

「西岡慎太郎さんでしょうか?」

河野が尋ねる。

「そうですが、あんたたちは?」

「失礼しました。
 和光商事の河野と、こちら佐々木と申します」

挨拶を交わすと、西岡氏はため息まじりに言った。

「どうせまた港区の土地の件だろ?
 あれは弟の相続人と揉めてるから、売ったりできないよ」

その声には、明らかな苛立ちが混じっていた。

「え……」

河野は動揺を隠せない。
だが俺は、心の中で静かに呟いた。

――やっぱりか。



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