物語 ~Fading World -5~
※本話にはショッキングな描写が含まれます。
《5》Rain Burial
「貴方のそれは、とんでもない能力なのかもしれません」
佐野は真剣な目で隼人を見つめながら、その能力について語った。
「私も、それなりに長くこの Mage の世界に身を置いてきましたが……
中村くんのおっしゃる“魔法の発動が視覚的に確認できる”という話は、
聞いたことがありません」
眼鏡を指で押し上げながら、佐野は続けた。
「希少な能力であることは間違いありません。
ただ、それで魔法を無効化できるわけではなさそうですので……
今後のことも考えて、何かしら対策は必要でしょう」
そう言うと、佐野は隼人の目の前で拳を握り、何かを小さく呟いた。
次の瞬間、空だったはずの拳を開くと、シルバーの指輪が現れた。
「これは、他者から魔力を“見えなくする”効果を持つ指輪です。
あなたが魔力を持っていることを知っているのは、私たち二人と、
公安のお二人だけ。
これを着けていれば、無用なトラブルを避けられます」
そういうと、佐野は隼人の掌にそっと指輪を置いた。
隼人はその指輪をはめることを一瞬ためらった。
しかし、これまでの二人の言動や態度、そして公安──姉小路との対峙での
言葉を思い返す限り、信用してもいいと判断し、指輪をはめた。
それは、まるで最初から隼人のものだったかのように自然に指へと
馴染んだ。
「うん。それでは、中村くんをご自宅にお送りしましょう。
雨宮さん、大丈夫ですか?」
佐野は雨宮の方へ視線を向けながら言った。
「アタシは大丈夫だけど……佐野の方が魔力限界なんじゃないか?」
雨宮は心配そうに佐野を見つめる。
「いやいや……雨宮さんに心配いただけるとは。
恐悦至極とはこのことですね」
やや大げさな返しに、雨宮は「ふっざけんな」とだけ言って
そっぽを向いた。 佐野は隼人に小声で、
「こう見えて、本当に気配りの効く、素敵なお嬢さんなんですよ」
と囁き、柔らかく笑った。
次の瞬間、隼人の身体がふわりと浮くような感覚に包まれた。
気づけば、周囲の景色は見慣れた自室へと変わっていた。
しかし、佐野も雨宮もそこにはいない。
「え……嘘……」
隼人はそう呟き、ただ茫然と立ち尽くした。
「さてさて……まさか公安が中村くんに “seeker” を仕込んでいるとは、
想定外でしたね」
佐野は、隼人が立っていた場所を見つめながら雨宮に話しかけた。
「あぁ。しかも姉小路まで来るとか……ちょっと覚悟したぜ」
雨宮も振り返りながら返す。
「公安も我々と同じく、中村くんが“一味”か否かの確認だったのでしょう。
ですから、これ以上の接触はまずないと考えています。
我々も、必要以上に彼に近づかないようにしないといけませんね」
「あぁ……学生を巻き込まないようにしないとな」
雨宮は同意しつつ、隼人がいたあたりを見つめた。
「お優しいですね。さすが雨宮さん」
佐野は、どこからともなく傘を取り出し、
雨宮と自分の頭上にそっと広げ、茶化すように言った。
「だから、からかうなっつってんだろ」
雨宮はまたそっぽを向いた。
その姿に、佐野は微笑みながら続けた。
「それでは、今日は解散となりますが……
ご自宅付近までお送りしましょうか?」
佐野が手を伸ばしかけると、
「いや、佐野もギリギリだろ。今日は自分で帰るよ」
雨宮は笑顔でそう言った。
「そうですか。ご配慮ありがとうございます。
ただ……今日はおろしたてのスーツとワイシャツに穴が開いたことを
妻にどう伝えるか。それを考えると……
姉小路と対峙した時よりも冷や汗が止まりません」
真剣なのか冗談なのか分からない佐野の言葉に、雨宮は腹を抱えて笑った。
「それでは、夜道ですのでお気をつけてお帰りください」
雨宮が散々笑い転げたあと、佐野は改めてそう告げ、
傘を雨宮に渡し、霞のように姿を消した。
雨宮は、佐野を見送ると、
「さて、ここは二丁目くらいかぁ……」
と呟き、公園の出口へ歩き出した。
次の瞬間——
鋭い衝撃が、雨宮の身体を貫いた。
背中から胸へ何かが突き抜けた感覚だった。
何が起きたのか理解できず、口からは大量の血が漏れる。
膝が崩れ、視界が揺れた。
衝撃で手から離れた傘が宙を舞い、水たまりに落ちた。
その音だけが、やけに鮮明に響いた。
雨宮は力なく地面へ倒れ込んだ。
雨が激しくなる中、倒れた雨宮を見下ろす、
二人の男が立っていた。
「……」
「……」
短い会話を交わすと、男たちはその場を去っていった。
翌朝——
隼人はリビングで朝食をとっていた。
父親はすでに出勤したらしく、母親はキッチンで洗い物をしている。
テレビではニュース番組が流れていた。
普段はほとんど見ないのだが、昨夜の佐野の
「世代的に、あまりテレビのニュースなどは見ませんか」
という言葉が頭に残っていて、その日は画面に意識を向けていた。
長雨に関する話題が終わったあと、次のニュースが流れた。
「昨夜、●●町二丁目の公園で女性の変死体が発見されました。
被害者は、●●市在住・雨宮美香さん(25)……」
隼人の手からパンが落ちた。
画面に映し出された顔写真は、昨夜、隣にいた彼女そのものだった。
あの後、何が——。
そして、隼人の脳裏には、「アンタ、“魔法”って分かる?」と
尋ねてきた彼女の顔が浮かんだ。
急に視界が揺れ、隼人はテーブルに手をついた。
「どうしたの、隼人」
母親が心配してキッチンから駆け寄ってくる。
「あ、ごめん、母さん。ちょっと眩暈がしただけ。大丈夫」
一旦、自室に戻った隼人は、心を落ち着かせるように
深呼吸をし、カバンを手に取った。
頭の中では、いくつかの可能性が巡っていた。
・佐野が雨宮を手にかけた
・佐野と雨宮の両方が襲われた
・雨宮だけが襲われた
これまでの経緯を考えれば、一つ目の可能性は限りなく低い。
何より、昨夜の二人のやり取り——互いを気遣う言葉や態度は、
作り物ではなかった。
であれば……。
隼人は頭を掻いた。考えたところで答えが出るものではない。
そう切り替えて、カバンを手に取り、学校へ向かった。
校門前のあの区画には、規制線が貼られていた。
その中央には、黒く焦げた跡が残っている。
通学中の生徒たちは、その場所を避けるように歩く者もいれば、
興味深そうに覗き込む者もいた。
隼人は雨の中、立ち止まり、その燃え跡に視線を落とした。
降り続く雨にも消されることなく残る跡。
それは——雨宮が残した痕であり、
この長雨の原因となっている“彼ら”の痕跡でもある。
佐野の言葉が、耳の奥で蘇る。
「いいですか?
これはゲームではありません。
彼らは他人の死を厭いません。
もちろん、そんな輩を相手にする私たちも、
彼らを“平和的に”収めるなんてことは不可能です。
だから、止むを得ず始末します。今日のように」
その言葉の重さを、隼人は改めて噛みしめていた。
隼人の背後から、明るい声が飛んできた。
「隼人くん、おはよう!」
小春だ。
「小春……昨日はあまり話せなくて、ごめんな」
昨夜、小春から電話があった。
だが隼人は気持ちの整理がつかず、まともに応じられなかった。
そのことを、素直に詫びた。
「ううん。お家でなにかバタバタしてたんでしょ。
しょうがないよ」
小春は笑顔を見せて、隼人を責めることはなかった。
そして、二人で校舎に向かった。
人物相関図を作成しましたので、参考にしてください。

