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物語 ~めぐり⑨~

《9》

俺たちは、ゆずるの案内でいくつかの観光地を巡り、
夕方には彼おすすめの店へ向かった。

「個室だから、多少騒いでも大丈夫だよ」

店は横浜駅のすぐ近くだった。
かなり……いや、相当な高級店に見える。

「ゆずる……ぼったくらないでね?」

冗談めかして言うと、
ゆずるはこちらを見ながら、ニヤリと笑った。

「心配ないよ。
 父さんの店だから、安くしてもらうようにお願いしてある」

そう言われて安心すると同時に、思わず店内を見回す。
やっぱり高級店だ。ここの御曹司かよ……。

クランメンバーも「すごい」「驚いた」と口々に反応している。
イケメン、明朗快活、御曹司。どれだけバフを盛るんだ。
あらためてゆずるの属性に驚かされる。

「「「かんぱ~い」」」

乾杯を交わし、酒宴が始まる。
話題の中心はやはりゆずるだ。

こういう子はモテるんだろうな、
とぼんやり思いながらビールを飲む。

「おーおー、羨んでるねぇ~」

カナが茶化すように隣へ座ってきた。

「羨ましいとは違うかな。それよりも大変そうだなって。
 カナはあっちに混ざらなくていいのか?」

カナはきょとんとした顔でジョッキを傾ける。

「いや~年下すぎてないなぁ~」

ベージュのサロペットに白いシャツという
落ち着いた格好がよく似合っている。

「今日の服、悩んだの?」

思い出したように聞くと、カナは顔を真っ赤にした。

「あまりこういう場に来ないからね。
 悩んだよ。変?」

「全然。似合ってるよ」

差し障りない言葉で返した。
カナは、真っ赤な顔をしながら俯いた。

「あ~!なんかそっちでいい雰囲気出して!」

ゆずるが、囲みから逃げるようにこちらへやってくる。

「ゆずる人気を、第三者目線で検証してたんだよ」

笑いながら言うと、ゆずるは“ふぬぬ”という顔をした。

「俺、創設メンバーで話すの楽しみにしてたんだ」

そう言って、俺とカナの前に腰を下ろす。

「創設メンバーかぁ……そうだよな」

しみじみと返す。

「そういえば、どんな経緯でクラン作ったんですか?」

ランカが後ろから声を掛けてきた。
その質問に呼応するように、メンバーが俺の周りへ集まってくる。

「え、そんな話?」

酔いも助けになって、俺はクランの始まりを話した。
ゆずると俺、カナの三人で始めた物語を。

質問や思い出話が次々と出て、時には大笑いし、
時にはしんみりしながら語り合う。宴は夜半まで続いた。

店を出る頃には、終電が近づいていた。
メンバーは連絡先を交換し、三々五々帰っていく。

俺とゆずる、カナの三人は、その背中を見送っていた。

「陽介、今度さ。横浜か川崎で飲もうよ」

ゆずるが嬉しそうに言う。

「あぁ、時間作って行こうか」

俺も頷いた。

「私には声かけないの?」

カナが不満そうに言う。

「だって、カナ遠いじゃん」

「そんなの関係ないよ。ちゃんと誘ってよ」

ゆずるとカナのやり取りは、
今日初めて会ったとは思えないほど弾んでいる。
俺はその様子を見て、自然と笑みがこぼれた。

ゆずるは、俺とカナを京急線の入り口まで見送ってくれた。

「ゆずる、ずっと楽しそうだったね」

電車に乗ってから、カナがぽつりと言う。

「そうだな。
 ようやく会えたのが嬉しかったんだろうな。
 俺も同じだけど」

しみじみと答える。

「陽介って、表情にあんまり出ないよね」

カナが悪戯っぽく笑う。

「おっさんだからな」

アルコールで少しぼんやりした頭で返す。

「ははは。
 ねぇ、川崎で降りて、もう少し飲み直さない?」

電車はまもなく川崎駅に滑り込むところだった
思わぬ提案だった。
カナを見ると、こちらを見ていた。
普段の俺なら、一線を引いて断っていたはずだ。

「あぁ、たまにはいいかな」

酔いと、ここまでの楽しさから抜け出したくない
気持ちがそのまま口に出た。

川崎駅から適当な飲み屋に入る。
今日何度目か分からない乾杯を交わす。
さっきまでとは違う、少し落ち着いた空気で話す。

カナは都内に住む会社員だという。
地元は東北で、訛りを直すのに苦労したと笑っていた。
俺より九つ下だが、今日のメンバーの中では俺の次に年上になる。

「そういえば、陽介はバツイチって言ってたよね」

カナが日本酒のグラスを傾けながら言う。
話すかどうか一瞬迷って、

「まぁね」

とだけ返した。
カナは俺の顔を見たまま、さらに踏み込んでくる。

「なんか含みあるよねぇ。
 今、付き合ってる人とかいないの?」

俺は両手を軽く挙げて、

「残念ながら」

と答えた。
今のところ恋愛に積極的になる気はない。
こじらせていると言われれば、そうなのかもしれない。

「ていうか、カナの方はどうなんだ?」

質問が深まりそうだったので、逆に投げ返した。

「……いたら、今陽介と飲んでると思う?」

「失礼」

軽いやりとりで笑いが生まれる。

「ねぇ、今日泊めてよ」

その言葉は想定の範囲内だった。
終電はとうに過ぎている。
それを分かったうえで誘いに乗ったのだから、
この流れも読めていた。

「変なことしないならいいよ」

そう返すと、カナは笑った。

「それ、普通私のセリフじゃない?」

どう受け取ったのかは分からない。
女性のこういうところは本当に計り知れない。

店を出て、タクシーで俺の自宅へ向かった。

「せまっ」

玄関に入った瞬間、カナが漏らす。

「独り者の社宅なんてこんなもんさ」

俺は靴を脱ぎ、予備のスリッパを出す。

「ありがと」

カナは部屋に入ると、
入口近くの書棚の一段に目を留めた。

そこには遺影と香炉がある。
カナの視線がそこに止まり小さく息を呑むのが分かった

「バツイチだけど、死別なんだよ」

俺は、そっと口を開いた。

「いつ?」

カナは、それまでとは打って変わって静かな口調で、
遺影を見ながら聞いてきた。

「もう十年になる。癌だった。
 あっという間だったよ」

胸にチクリと痛みが走る。
幸せな日々はいつまでも続くものだと思っていた。
仕事も順調で、何もかもが絶頂だった。
そこからの転落。這い上がる気力すらなくなった。

「そっか……」

カナは静かに応えた。

「ベッドはカナが使っていいよ」

こういう空気になるのは分かっていた。

「お風呂も借りられる?」

カナは努めて明るく振る舞うように声を出す。
俺はバスタオルを出して渡した。
カナはそのまま風呂場へ向かった。

俺はベランダに出て、タバコに火をつける。

「苦いなぁ……」

独り言を漏らしながら煙をふかした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「陽介……あのね?」

初秋の夜。
テーブルに並べられた夕食を前に、
亜希子が口を開いた。

「ん?どうした?」

結婚して二年目。
仕事は順調で、今年から主任を任された。
仕事量は増えたが、その分収入も安定し、
夫婦の間ではそろそろ子どもを、という話も出ていた。

「今日、お医者さんのところに行ったんだけど……
 次の水曜日、家族と一緒に来てくださいって」

亜希子は不安で押しつぶされそうな表情だった。
俺も、その言葉が何を意味するのか察していた。
先日、会社の定期健康診断で再検査になったばかりだ。
若いんだから大丈夫だろう――
そんな思い込みが、どれだけ身勝手だったか思い知らされた。

即日入院。

乳癌はすでにリンパ腺へ転移していて、
あっという間に彼女の全身を蝕んだ。

雨の告別式。
涙が止まらなかった。
喪主としての挨拶すら、まともに話せなかった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

パチパチと、タバコの火が縮むかすかな音が聞こえた。
夜風が冷たい。

「引きずるなという方が無理だろう……」

俺は星空に向かって、もう一度独り言を漏らした。

ガチャ、と風呂場の方から音がする。
バスタオルと一緒に渡した俺のスウェット上下を着た
カナが立っていた。

「タバコ吸うんだ」

カナもベランダに出て、俺の横に立つ。

「ごく稀にな」

そう答えて、煙をふかす。

「あのね。勘違いしてほしくないんだけど……
 こんなふうに男の人の部屋に来るの、初めてだから」

恥ずかしそうに俯きながら言うカナを見て、
思わず笑い声が出た。


【登場人物】
 ※《》で囲んでいるのはMMORPG上の名前
現実世界
佐々木 陽介《sun》
 本物語の主人公。物語は彼の視点で語られる。
 某建設会社の事務方で万年平社員。
 バツイチと語っている。
 会社の本社移転プロジェクトで東京支社に転勤している。
 MMORPG『Weaver Land』ではsunのユーザーネームで
 毎夜遊んでいる。
河野 淳也
 佐々木の同期。
 本社秘書室所属のエリート。役職は、課長。
 佐々木を入社時から意識しており、その異動を要望したと
 言っている。
椋本 弘重
 東京支社の支社長。
 その風貌から陰では「脂狸」と揶揄されている。
 表面的には愛想が良く、人当たりがいいが、
 非常に狡猾な性格をしていると有名。
福島 真綾
 プロジェクトチームの一員。
 名古屋支社から異動してきた。
 中途採用で元SE。
 支社所属時代から様々な業務改革や業務改善を提言して
 優秀な社員として社内で噂されている。
三木 大輔
 プロジェクトチームの一員。
 広島支店から異動してきた。
 中途採用で営業。
 営業成績が高く、今回の異動は本社営業部所属を念頭に
 置いた事前異動とされるが、本人としては不満に思っている。
望月 敏夫
 本社建設候補地の一つを取り扱う真中不動産の社員。
 穏やかな笑顔での接客を心がけている。
 佐々木より年上
井川 美香子
 本社建設候補地の一つの所有者。
 物腰の柔らかい女性。
 世田谷の豪邸に住んでおり、元土地売買業者
大山 幸
 井川家のメイド
天野 俊介
 佐々木の会社の本部長。
 前職は、戦略系コンサルティング会社に勤めていて
 ヘッドハンティングで転職してきた。
 会社のIPOや本社移転を進言した人物
佐々木 亜希子
 
陽介の妻。故人。

■仮想世界※佐々木目線で説明
森 加奈《恵比寿》

 sun(佐々木)と同じクラン『ゴールドシップ』リーダー 
 落ち着いた性格をしており、礼儀もしっかりしている。
 クランのまとめ役ではあるが、年長のsunを頼りにしている
 そぶりがある。
三井 譲《承太郎》
 sunと同じクラン『ゴールドシップ』メンバー
 クランのムードメーカー。
 目端が利き、クランメンバーのことをよく見ている。
 恵比寿、sunと三人でクランを立ち上げた最古参メンバー。
吉田 美紀《Killer》
 攻城戦の対戦クラン→ゴールドシップ所属
 PVP(対人戦闘)で上位ランクイン(ランカー)するほどの
 強さを誇る。
 愛称は「キラ」
吉田 頼子《ランカ》
 キラと共にゴールドシップに移籍した。
 キラの妹。キラと二人暮らし。

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