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物語 ~ある恋の物語②~

②夏の暑さ

照りつける太陽。
地面は陽炎のように揺れ、セミはひたすら鳴き続けている。

東京の夏は本当に恐ろしい。
できれば涼しいオフィスに籠もって、この気温が落ち着くまで仕事をしていたい。そう思いながらも、出先に行かなければならない日もある。

取引先との打ち合わせで降り立った「本郷三丁目駅」。
出口を出た瞬間、引き返したくなるほどの熱気が身体を包んだ。

「川田主任、アッツイっすねぇ〜」

カラカラと笑う後輩に、少し不満げに返す。

「君が打ち合わせをリモートにしなかったからでしょ」

個人的には「不忍池」や「国立現代建築資料館」、「赤門」など、このエリアはプライベートなら歩きたい場所だ。
だが今日は仕事。
照りつける太陽に辟易しながら、取引先へ向かった。

「それではこの案で進めていきましょう。次回はリモートで。ハハハ」

担当者の乾いた笑いが、会議室に響いた。
ビルに入った瞬間、私と後輩が同時に漏らした「あぁ〜」を見られていたのだ。

“くっ……はずかしい”

心の中で赤面しながら、油断した自分を呪う。

「なんか、半笑いでしたね……」

取引先のビルを出てから、後輩がそう漏らした。
蒸し返せば、彼がリモート会議を提案しなかったのが原因……いや、もう何も言うまい。

「私、赤門見たいんだけど、場所分かる?」

話題を逸らすもりで話掛けると、後輩はすぐに切り替えて答えた。

「あ、わかりますよ。こちらです」

流石の切り替え。
企業人たるもの、このくらいの切り替えがなければやっていけない。
そう思いながら、彼の案内する方へ歩き出した。

東京大学本郷キャンパスにある、あの「赤門」。
正式名称は「旧加賀屋敷御守殿門」。加賀藩前田家ゆかりの門らしい。

今では東大の象徴としてテレビでもよく見る風景だ。

「おぉ……赤い……」

「いや、赤門ですから」

サラリーマンがする会話としては、なかなかシュールだ。
どこかの漫才のようだなと思い、ちょっと恥ずかしい。

門は改修工事中で閉鎖されていたが、朱色の姿はしっかりと見えた。

何人かの学生が奥へ歩いていく。
日本最高峰の学び舎の学生といっても、見た目で特別な違いがあるわけではない──そう思っていたところで、見覚えのある後ろ姿が視界に入った。

初夏の深夜に、不思議な再会をした彼だ。
かなりの歩幅で、ずんずんと赤門の方へ向かっていく。

別に声を掛けるような間柄でもないか……。
そう思いながら、去っていく背中を目で追った。

「いやぁ……流石東大生ですね。利発そうな子ばかりだ」

後輩くん……見た目で判断できるなら、君はもうエスパーだよ。

「暑いし、さっさと事務所に帰りましょう。」

「えぇ〜、近くにメロンソーダの美味しいところがあるんで、寄っていきましょうよ」

メロンソーダか……悪くない。
そう思い、後輩くんの提案通り──いや、これは彼の策略か?
喫茶店に寄ってから事務所へ戻ることにした。


「赤門」で彼を見かけてから数日後、私はいつもの立ち飲み屋にいた。

今日も終電ギリギリまでお疲れ様でした──と自分を労いながら、生ビールを流し込む。
冷えたビールが喉を通るだけで、暑さも疲れも一気に溶けていく気がする。
やきとりを一口かじったところで、背後から声がした。

「今日も遅いんですね」

聞き覚えのある声だ。

「さとしさんは今日はお仕事ですか?」

軽い警戒とカウンターのつもりで返す。

「あれ、今日は驚いてくれないんですね」

クスクスと笑う。無邪気な笑顔だ。

「今日もオフなんですよ。
 川田さん、この前、赤門のところにいませんでしたか?」

今度は本当にビールを吹き出しそうになった。
……見られていたのか。

「あぁ……取引先が近くにあってね。
 帰りにちょっと寄ってみたの。私、お上りさんだからさ」

軽い自虐を添えて返す。

「なるほど…あ、ビールとハムカツください〜」

今夜もこの子は、自然に私の隣についた。
そんな感覚を覚えながら、運ばれたビールで乾杯した。

「学生さん……というか、東大生だったんだね」

言ってから、少し決めつけがましかったかと後悔する。
だが彼は気にした様子もなく、

「苦学生してます」

と笑った。

奨学金やバイトで学費を賄う学生は珍しくない。
その言葉が、妙にリアルに響いた。

「今日はなんとなく、川田さんがここに来てるんじゃないかって。
 この前、赤門で見たときから気になってて」

どういう意味だろう。
言葉としては成立しているのに、意図がうまく掴めない。
赤門で見かけて気になった──そこまでは分かる。
でも、だから私に会いに来た? なぜ?

逡巡しながら考え込んでいると、

「聞いてます〜?」

前回と同じ台詞だが、状況は違う。
酔っているわけではなく、ただ彼の言葉の意味を探っていただけだ。

「聞いてる聞いてる。見かけたから、また話したくなったの?」

精一杯考えて出てきた言葉がこれとは……。

「そうそう。川田さん、壁打ち役ぴったりだから」

無邪気に笑う。
東大生は、例えに使う言葉まで企業向けなのか。

「壁打ち」──自分の考えを誰かにぶつけて、反応や気づきを得るための対話。
つまり“思考の整理のための相手”だ。

いやいや、東大生の偏差値相手に壁打ちなんて、そんなスキルは持ち合わせていないはずだが……。

「それは光栄だけど、力不足は否めないかな」

その言葉を聞き、彼はいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。

「それこそ、ご謙遜ですよ」

その笑みの裏に何があるのだろう。
そう思いながらも、彼の表情に心が揺さぶられている自分がいた。



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