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物語 ~めぐり①~

《1》

東京支社への異動を告げられたのは、
今年の1月だった。
4月着任にしてはずいぶん早い内示で、
この異動には、早々に決めなければならない
事情があるらしい。

「本社移転プロジェクト」。
IPOを狙う会社が総力を挙げる大仕事で、
都心へ本社機能を移すための特別チーム。
そのメンバーに、俺が選ばれたというわけだ。

だが、正直に言えば迷惑でしかない。
40を過ぎ、独身――いや、バツイチ。
人生のどこかで勢いを失い、
そのまま惰性でここまで来た俺に、
周囲が期待するような情熱だのパッションだの、
そんな眩しいものはもう残っていない。


——4月1日。着任初日
支社長は妙に浮き立った声で辞令を読み上げていた。
その表情だけで、俺の胸の奥に嫌な予感が広がる。

「佐々木 陽介くん」

名前を呼ばれ、前に出る。
辞令を受け取る瞬間、支社長は小声で、

「頼むよ」

と囁いた。
その一言で、胸の中で「やっぱりか」と呟く。

東京への本社移転。
そのための新本社建物の確保。
東京で土地や建物を押さえるとなれば、
金も利権も、いろんなものが渦を巻く。
そして、そこの中心に自分を置こうとしているのが、
目の前の“脂狸”――支社長・椋本だ。

俺は何も言わず、辞令を受け取り、
元の場所へ戻った。

辞令交付が終わると、
事務所の一角に新しく用意されたプロジェクトチームの席へ移動する。
チームは全部で12名。
若手から中堅、ベテランまで、さまざまな分野の社員が集められていた。
顔ぶれを見ても、なぜ自分が呼ばれたのかは分からない。

チームリーダーは、本社秘書室の河野淳也。
同期の中でも出世頭と言っていい男だ。

「我々は、これから約2年間で、本社機能をすべて東京に移せるよう
 準備を整えることかを求められている。
 まずは箱の準備。
 そして各種申請の準備や提出など、やることは山ほどある。
 心してかかってほしい」

聞いているだけで眩暈がしそうだ。
配られた機密事項の冊子には、
必要な準備や対応方法が細かく書かれている。

「まず、私と佐々木は、
 すでに候補に挙がっている建築予定地の視察と、
 不動産会社との面談を週内にすべて終わらせる」

ご指名が入った。
候補地は、ざっと見ただけでも十や二十ではない。
これを週内に……。胸の奥に暗澹たる気持ちが立ち込める。

「佐々木、行こう」

河野はすでに準備を終え、外出を急かしてくる。
俺は慌てて冊子をカバンに押し込み、その背中を追った。


——社有車の中。
運転は地理に明るい河野が担当してくれた。

「佐々木……今回のチーム、お前を呼んだのは俺なんだ」

思わぬ言葉に、思わず顔を向ける。

「どういうことだ?」

俺と河野は同期ではあるが、特別仲が良いわけではない。
河野は入社3年目から本社に異動してエリート街道を進み、
俺は田舎の支店――支社にもならない小さな出先で、
延々と平社員として過ごしてきた。

そんな俺を覚えていたことにも驚いたが、
それ以上に、なぜ今回のメンバーに俺を選んだのかが分からない。

「お前のことは、入社した時から意識していたよ。
 要領よく仕事をこなして
 無難にやり過ごすタイプだと思いながらね」

要らぬお世話だ。
大きな組織で生きるなら、
鬱陶しがられない程度に上手く立ち回るのが一番無難だ。

「だが、その実、事の本質をきちんと理解して、
 あらゆる場面で工夫や改善をしてきただろう。
 業務の効率化や得意先の拡大も、上へは支店の実績として
 認識していたが、実際は、お前一人で成し遂げていた」

それは過大評価だ。

「俺の中でお前は、爪を隠すタイプだと思っていた。
 今回のプロジェクトは会社の命運がかかっている。
 だからこそ、お前の本領を遺憾なく発揮してもらう」

これまで、要領の悪いやり方を独自に変えて、
自分だと分からないように自然と広めて業務効率を上げたり、
営業のフォローで得意先を一緒に回ったりしたことはあった。
それがバレていたのか……本社……いや、河野、恐ろしいな。

「とにかく、お前の交渉力や物事を見極める力を頼りにしている。
 支店なんかとは比べ物にならない程忙しくなるが、頼むぞ」

頼むぞ、ね。
同期とはいえ、今や河野は俺より何段も上の立場だ。
断るという選択肢は、最初から用意されていない。

「……わかった」

口から出た声は、自分でも驚くほど小さかった。
俺はシートにもたれ、窓の外を流れていく景色に目を移した。


一日目の仕事を終え、ようやく自宅へ戻ってきた。
玄関を開けると、ワンルームの全景が一目で視界に収まる。

「……さすが都会だな」

自嘲気味に呟き、靴を脱ぐ。
内示が早かったおかげで部屋選びはスムーズだったが、
支社の近くに住む気にはなれず川崎を選んだ。
それでも、以前の街なら同じ家賃で4LDKが借りられる。
ワンルームで同じ家賃。ため息のひとつも出る。

カバンを置き、着替えながらPCの電源を入れる。
しばらくして画面が立ち上がり、
並んでいるアプリの一つをクリックする。
起動画面を確認してから、
冷蔵庫から缶ビールを持ってきて、一気に飲み干した。

『Weaver Land』

PC向けMMORPG。
広大な仮想世界で、多くの出会いや協力、競争ができるゲームだ。
二、三年前、ふとしたきっかけで始めたが、戦闘だけでなく、生産、
釣り、採集、ハウジングなど生活系コンテンツも充実している。
ゲーム内では、現実とは切り離された世界で、
さまざまなプレイヤーと交流できる。
それが今の俺にとって、唯一の心の癒しになっている。(情けない……)

「SUNさん、おつです」

「おつSUN」

「おっさん」

ゲーム内には“クラン”という仕組みがある。
共通の目的や遊び方を持つプレイヤーが集まるコミュニティで、
クラン専用チャットも用意されている。
ログインすると、その通知がクランメンバーにも届く仕組みだ。

俺は『SUN』というキャラ名で、年齢を明かしているせいか、
挨拶の「おつSUN」をもじって「おっさん」と呼ぶ古参もいる。

ちなみに、『SUN』という名前は、
俺の本名である「陽介」の「陽」をもじったものだ。

「SUN、今日は遅かったね」

「攻城戦、間に合ってよかったよ」

古参たちが言っている“攻城戦”。
このゲームでは、フィールドに用意された『砦』を
月に一度攻めることができる。
複数のクランがあるため、応募期間に最初に名乗り出たクランが
攻城権を得る。
前回その砦を制圧、もしくは防衛したクランが守り、
攻城権を持つクランが攻める――そんなイベントだ。

今日は、その攻城イベントの日で、ウチのクランが攻め側になっている。

俺は二缶目のビールを空けながら、チャットを打つ。

「仕事はきついが、楽しみで走って帰ってきたよ。
 攻城戦、楽しみだな」

入力した途端、次々とレスがつく。

「社畜乙wwwww」
「というか、その台詞完全中毒者だろw」
「SUNさん、お疲れ様です_」

現実では、こんなふうに会話が続くことはない。
悲しいかな、自分から言葉を発することも少ない。

夜10時。画面に、

『攻城戦スタート』

の文字が表示される。
その瞬間、クランメンバーは一斉に砦の中央へ向かって動き出した。


すこーし、のんびり書いていくのでお付き合いいただければ幸いです。

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