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昔語り ~内省~

本日も引き続き「昔語り」です。
読みやすさのため会話形式で書いていますが、実際はほとんど筆談でした。
そのつもりで読んでいただければと思います。


7.示唆

2人の笑顔は、自分から抜け落ちていた「心」を、そっと戻してくれるような優しさがあった。

それでも、自分の内側にはまだ、重くて苦くて、触れるものすべてを黒く染めてしまうようなものが残っていた。

自然に浮かんだ笑みも、次の瞬間にはその黒いものに呑まれ、胸の奥がきしむような痛みに苛まれていました。

ヘンリクは、私に息子の部屋を使っていいから、しばらくの間は仕事を手伝えと言ってきました。
これから旅を続けるにしても、日本に帰るにしても、お金が必要なんだから働くんだ、と。

言葉も通じないのに働けとは、ずいぶん無茶なことを言うものだと思いましたが、
ヘンリクは私に「ついてこい」とだけ告げ、家の外にあるガレージへ向かいました。

ガレージには、熊手や草刈り機、見たことのない園芸用の道具や機械がずらりと並んでいました。
ヘンリクは庭師の仕事をしており、住宅や公園、公共施設など、さまざまな場所の手入れを生業にしている人でした。

そして、壁にかかっていた麦わら帽子を一つ手に取り、私の頭にそっと被せてから言いました。
「この仕事なら、いろいろ考えながらでも手は動かせるだろう」
「期間は決めない。フラフラし続けるより、きっといい」

その日から、私は庭師見習いとしてヘンリクと共に、庭や公園の手入れをすることになりました。

ある時は、公園で芝刈りをし、刈った芝を集めていると、道行く人や公園で休んでいる人たちが、笑顔で挨拶をしてくれました。

最初のうちは、完全な作り笑いしか返せませんでしたが、そのうち自然と「God morgon(おはよう)」「God kväll(こんばんは)」といった挨拶程度のスウェーデン語は返せるようになりました。
それでも、どうにも笑顔だけは作り物のまま。
そのせいか、ちょっと怪訝な顔をする人もいて、そんなときはヘンリクが「こいつは東洋人で、スウェーデン語が喋れないからこんな顔になるんだ」とフォローしてくれていました。

ひたすら汗をかきながら作業をし、カリンが作ってくれたサンドウィッチ(だと思う)を食べ、また作業に戻る。
そんな日々が続きました。

ヘンリクは、「日本人は勤勉だと聞いていたが、お前もその通りまじめに働くな」と言ってくれていました。
まぁ、異国で逃げ場もなく(無職&所持金ゼロ)、働く以外の選択肢がない状況なら、誰だってまじめに働くのではないのかな……と内心では思っていましたが。

ヘンリク自身も、非常にまじめでこだわりのある職人でした。
ひとつひとつの作業が丁寧で、仕事が終わるころには、クライアントが自然と笑みを浮かべながら、大きな身振りでその仕事を褒めていました。


8.内省

1週間、2週間と時間が過ぎ、その日はヘンリクの家のほど近くにある公園の手入れでした。
公園といっても、日本のように遊具が並んでいるわけではなく、ただ座って休むための場所のような、静かな空間でした。
少し高い場所にあるため、あるベンチからはニュネスハムンの港を望むことができました。

仕事が終わるころ、私はヘンリクに「少し考え事をしたいから」と伝え、一人残してもらいました。
港の見えるベンチに腰を下ろし、そっと目を閉じました。

ヘンリクとカリンに助けてもらい、ただ無心に汗を流して働く日々の中で、あの黒いものはいつの間にか鳴りを潜めていました。
気がつけば、目の前の水平線のように、平らな空間ができていたのです。

そこで私は、初めてネガティブな意味ではなく、彼女の死と向き合いました。

「悲しい」「寂しい」「辛い」

それは当たり前のことなんだと、そして──自分がどうすれば、彼女は笑ってくれるのか。

きっと、彼女は私が死を選ぶことを良しとはしないだろう。
それは、もっと彼女を悲しませることになるのだろう。
では、どうすればいいのか。

内省──自問自答でした。

答えは見つからない。
でも、自分は生きている。
なら、考えることができるんだな、とそのとき思いました。

この重くて苦い、そして息苦しくなるような気持ちを、一生忘れることはできないのだろう。
たぶん、それが“人”なんだな、とそのとき思いました。

でも、だからこそ前を向いて生き続けて、自分の中にいる彼女が笑っていられるようにしなければならないのだな、と。

逃げてもいいじゃないか。
私は逃げたことで、この気持ちに出会えた。
あのとき死を選んでいたら、私はあの気持ちに縛られたまま終わっていた。
歩き続けてみよう。この道を。

そう悟り、目を開けると、あたりはすっかり暗くなっていました。
ベンチから立ち上がり、やや怪しげな方向感覚のまま、ヘンリクの家へと戻っていきました。


ようやく、重くて暗い話のパートが終わりました。
次回がスウェーデン編の最後になります。
最後には、ある「事件」が起こります。
……とはいえ、ややコメディ寄りになると思います。

ここまで暗い話にお付き合いいただき、ありがとうございました。

人は、生きているからこそ前を向けます。
なんなら、前を向かなくてもいい。俯いても、上を見ても、よそ見しても、生きていればなんだってできる。
下り坂ばかりの人生と思っていても、気持ちひとつで大きく変わるものです。


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