Frelsun《フレルスン》①
《1》
旧世界の遺構のひとつ。
その集落には、五十人ほどの人類が細々と暮らしていた。
地下二十メートルまで掘り下げられた遺構の最奥。
“シェルタ”と呼ばれる場所。
「ハヴェヤ。今日でお前も十五歳となった。
この集落から出て行ってもらうぞ」
集落の最長老、カルザはハヴェヤを見つめながら言った。
「あぁ、カルザ婆。
ここまで育ててくれてありがとう」
ハヴェヤはすでに覚悟を決めており、言葉に動揺はなかった。
「せめてもの餞別だ。
これを持って行くといい」
カルザは脇に置いてあった鉈(なた)を手渡した。
「これは……?」
「それはお前の父、ファジルが使っていた鉈だ。
旧世界で使われていた武器。金属でできている」
旧世界の遺物はほとんどが腐り、崩れ、用を足さなくなった。
ただ、ごく稀に出土する“金属”と呼ばれる遺物だけは、
今でもその輝きを失ってはいなかった。
「親父の……」
ハヴェヤは鉈を見つめながら、
見たことのない父に想いを馳せた。
「集落を出た後は、別の集落を探すなり、好きにすればいい。
ただし、そんな集落が本当にあるかどうかはわからない。
外には獣が潜んでいて、いつ襲われるかわからない。
夜になればWispが現れる。
夜になる前に……どこか地下の遺構を探すのだ」
カルザも忌み子であるとはいえ、十五の歳まで我が子のように
育てたハヴェヤが可愛くないわけではない。
しかし――。
「カルザ婆、ありがとう」
その未練を断ち切るようにハヴェヤは立ち上がり、シェルタを後にした。
カルザはその姿を見送りながら、こぼれる涙を止めることが出来なかった。
しばらくして、集落の男たちが何人かシェルタを訪れた。
「カルザ……ハヴェヤはまだ十五だ。
あと一年待っても良かったんじゃないか」
男たちの中で最も体躯の良いミフネが、カルザに尋ねた。
「十六年前……お前たちが決めたことだろう。
それを私に言わせるだけでも酷だというのに、
今度はそれを責めるって言うのかい?」
カルザは俯き、苦悶の表情で応えた。
「ハヴェヤは、幼子の頃から忌み子として育てられ、
集落から追い出される運命を背負わされてきた。
それでも腐ることなく、ここまで育った」
カルザの脳裏には、獲物を仕留めて喜び、
走って自分のもとへ来たハヴェヤの姿が浮かんでいた。
「あんな良い子に育ったのにね……。
この集落を壊してしまう可能性がある。
良い子であればあるほど……」
男たちは、その言葉にただ黙るしかなかった。
ハヴェヤは集落のある地下道を抜け、外に出た。
食料調達のために外へ出たことは何度もあったが、
一人で出るのは初めてだった。
木々が揺れ動くざわめき。
鳥の鳴き声。
正体のわからない獣の声。
そのすべてが恐ろしく感じられた。
「一人ってのは、やっぱり怖いものなんだな」
ハヴェヤは独り言をつぶやき、歩みを進めた。
背には、集落の皆から渡された数日分の食料と水、
そして使い慣れた弓。
腰には、さきほど受け取った父の鉈を据えている。
数時間歩き続け、猟でも滅多に訪れない遺構に辿り着いた。
日は頂点から少し傾き始めていた。
「どうするか……
この先に遺構があるなんて、聞いたことはないな……」
夜になればWispが現れる。
地上にいれば容赦なく襲われる。
どれほど素早く逃げても、あっという間に囲まれる。
ただ、地下へ下りれば奴らは追ってこない。
ハヴェヤは昔、集落の男の一人がWispに喰われるのを見た。
血を流すこともなく、削られるように消えていく。
悲鳴だけを残して。
その凄惨な光景を思い出し、
ハヴェヤはこの場所で夜を過ごすことに決め、
周囲の探索に重点を置いた。
年に数度、集落の男衆が団結して行う"大狩猟"
獣や鳥類、様々な植物など集落の保存食を作るために
出掛ける場所。
それが今ハヴェヤがいる場所だ。
鳥獣はともかく、植物については生えている場所は
それほど変わらない。
なので以前の記憶を辿りながら食料となる果実などを探す。
太い枝の先になる果実。
ハヴェヤの身長では届かない。
いつもならば木を昇り刈り取るのだが、
ハヴェヤは、腰に据えた鉈を枝に向けて振り下ろした。
"ザンッ"
ハヴェヤの一閃で太い枝はいとも簡単に切れた。
「すごいな……」
ハヴェヤはその美しく輝く鋼の鉈を眺めながら呟いた。
いつも使っていた石を加工したマサカリでは何度も叩かなければ
これほどの枝を切ることは叶わなかった。
それに何度も叩けば、果実は枝から落ちてしまっていた。
ハヴェヤは切り落とした枝から果実を獲り、それを齧った。
甘さと酸味が絶妙に調和し、口の中で広がる
それはまだ一日目とはいえ、歩き続けた身体に染みわたっていく。
「この奥は……ミフネは崖だって言ってたな……」
手に持った鉈を再び腰に差し、今度は弓を携えながら
慎重に歩みを進めて行く。
しばらく歩くと、木々が抜け、大きく周りが見渡せる崖に
辿り着いた。
眼下には、延々と続く森があり、所々に遺構が見える。
「地下のある遺構はあるのかな……」
ハヴェヤはそれらを眺めながら考える。
そもそもこの切り立った崖をどう下りるかも考えなければ
ならない。
「あのあたりの遺構には地下はないよ」
突然、横合いから声を掛けられた。
ハヴェヤはすぐに矢を引き、声の方に向き直る。
「おいおい、よしてくれ」
向かい合った先には両手を上げた男が立っていた。
集落の男ではない。
男はハヴェヤのような獣の皮から作った軽鎧ではなく、
サラサラと風になびく布をその身にまとっていた。
「お前、誰だ?」
ハヴェヤは初めて出会う"集落以外の人間"に最大の警戒を
払っていた。
「俺はフェネシュ。旅人さ」
「……旅人?なんだそれは」
ハヴェヤは初めて聞く"旅人"という言葉の意味を尋ねた。
「ふむ……君も旅人だと思ったんだが……」
「俺は、集落を出てきただけだ」
フェネシュは、少し間を置き、質問を投げ掛けてきた。
「何か悪さをしたのかい?」
「いや、俺は忌み子だから集落には暮らせない。
だから、集落を出たんだ」
追い出されたとは言わない。
自らの意志で集落を後にした。
それはハヴェヤなりの矜持なのだ。
「なるほど……そういう。
では、やはり君も旅人だよ」
フェネシュは両手を上げたまま笑顔でそう答えた。
「だから、その旅人っていうのは何なんだ」
成り立たない会話に少し苛立ちを感じながら
ハヴェヤは、弓をさらに引く。
「ん~……一所に居付くことなく、
色々な場所を放浪する人って意味かな」
フェネシュはなるべく嚙み砕くように言葉の意味を
伝えてきた。
「お前も忌み子なのか?」
引ききっていた弦を少し緩めながらハヴェヤは尋ねる。
「そういうことではないんだけどね。
私の場合は。
でも、自分の意志で集落を出たという意味では
君と同じかな」
フェネシュは笑みを絶やすことなくハヴェヤの質問に答える。
そんなフェネシュにハヴェヤは疑問が次々に湧いてくる。
「集落に居れば、Wispに襲われることはない。
安全だし、何より仲間がいる。
わざわざ旅に出る必要があるのか?」
至極真っ当な質問だ。
今、この世界においては、如何に生き残るか。
それだけが生きる理由なのだから。
「確かにね。
でも、それは退屈じゃないか」
笑顔のまま答えるフェネシュの言葉に
ハヴェヤは衝撃を受けた。
