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物語 ~めぐり⑫~

《12》

ゲームにログインした途端、
恵比寿、承太郎それぞれから個別チャットが届いた。

「今日は遅かったんだね。
 仕事忙しいの?」

恵比寿はいつも通りの調子だ。

「あぁ、ちょっと仕事が佳境に入っててね。
 しばらくはこれくらいの時間になりそう」

イベント前なので、恵比寿とのやりとりは特別でもない。
問題は承太郎だ。

「sun、どうしたらいい」

主語が無いのに助けを求めてくるとは、これは如何に。

「どうしたもこうしたも、
 何のことだかさっぱり分からないんだが」

俺は冷静に返す。

「あぁ、そうだよね。ごめん。
 オフ以来、クラメンからのアプローチが……」

あー、俺は得心した。
ゲームキャラだと、おちゃらけたキャラで
ムードメーカーな承太郎だが、
中身は、イケメン御曹司。そりゃ狙われる。

「モテる男はつらいねぇ~」

俺は大した問題だとは思わず、
茶化すように返答した。

「俺、ちゃんと付き合ってる彼女いるって言ってるのに、
 毎日電話かけてくるんだ」

彼女の話は初耳だが、毎日電話はさすがに行きすぎだ。

「ちなみに誰だ?」

もし全員からなら、このクランは思った以上に危険地帯だ。

「ランカ……」

承太郎は気まずそうに答えた。
ランカ。
オフの時はキラの後ろに控えていた、あの控えめな子だ。

「ランカだけ?」

念のため確認する。

「最初は他の子も連絡来てたけど、
 彼女いるって言ったら落ち着いた」

俺はあの時の彼女を思い出し、少し考えた。
あの時の彼女は、自ら行動する、そんな積極性を
持っているようには感じなかった。

「それなら、キラに相談した方が早いんじゃないか?」

考えた挙句、提案をしてみた。
キラは、ランカと同居している。
姉妹だし、キラと話した感じも常識的だった。

「いや……それはちょっと」

承太郎の歯切れが悪い。

「お前、なんか隠してるだろ」

直感で鎌をかける。

「いや、あの……」

承太郎は焦り、黙り込んだ。
キラに話しづらい理由……。
さらに鎌をかける。

「お前、キラになんかしたな」

「え!?」

どうやら図星らしい。反応が分かりやすい。

「大方、キラに言い寄って断られた。
 そんなところだろ」

キラは体育会系の美人で、はつらつとして好印象だった。
承太郎が好意を持つのは理解できる。
だが、こいつは“彼女持ち”だ。
気持ちを抑えるべきだし、
他の子にはそう言っているのならなおさらだ。
それなのにキラに思いをぶつけたのは、こいつ自身の至らなさだ。

「sun、見てたの……?」

そんなわけない。

「お前の態度を見ていれば、大体想像つく」

ばっさり言い切る。
この反応なら、当たらずとも遠からずか。

はぁ……。
心の中で大きくため息をつく。
仮想世界から現実世界に一歩出ただけで、
こんな面倒が起きるのか。
そう思いながら、自分にも思い当たる節があって胸が刺さる。

「どうしたらいい……?」

承太郎は弱々しく尋ねてくる。
そのログを見ながら、俺は少し考えた。

「とりあえず、経緯を全部話せ。
 嘘偽りなく」

強めの口調で促すと、
承太郎は重い声で語り始めた。

内容は、ほぼ俺が推測した通りだった。
違うのは、キラが承太郎の誘いを断らなかったこと。
そして、ランカの件を話すと、自分に彼女がいることが
バレるのがまずいと思ったらしい。

ため息しか出ない。
若いな……。
いや、若くなくてもこういうことをする奴は一定数いる。
これも一種のマイノリティなのかもしれない。

「承太郎、それはちゃんと話すべきだ」

静かに伝える。

「キラに?」

承太郎は動揺している。

「そうだ。
 嘘なんて、いつか辻褄が合わなくなる」

嘘を隠すために嘘を重ねる。
それはただの悪循環だ。

「今きちんとしないと、
 いつか取り返しのつかないことになるぞ」

子供を諭すように、俺は語り掛ける。
承太郎は黙り込んだ。
数分の沈黙のあと、

「怖いよ……」

その一言だけが流れる。
それはそうだろう。
自分をよく見せるために貼った皮を剥がせば、
人は簡単に呆れて離れる。
人が離れるのは、誰にとっても怖い。

「お前は、こっちでも現実でも明るくて良い奴だ。
 ただ今回は、目の前の欲に冷静さを失った。
 でも、その一回のミスで俺がお前を切り捨てることはない」

一度の失敗で人を評価するのは違う。
人はミスをする生き物だ。
まぁ、今回のことを"ミス"と言っていいかは考え物だが。

「sun……」

承太郎はまだ若い。
若いからこそ冷静さを欠くこともある。
年長者として道筋を示すのは必要だ。
それでキラに嫌われる結果になったとしても。

「わかった」

そう言い残して、承太郎は画面から姿を消した。
ログアウトではなさそうだ。

「陽介。ゆずるどうしたの?」

カナから個別チャットが届く。
少し考えて、

「うーん……ちょっと説教してた」

大まかに説明することも考えたが、
今は違う。
そう判断して答えた。

「クラメンから、ゆずるに言い寄られたって
 報告が来てるんだけど……」

「はい?」

思わず頭を抱えた。


カナから聞いたところによると、
報告を上げてきたのは二人。
オフ会に参加していた子たちだ。

あまり話さなかったせいで名前と顔が一致しないが、
夕方の店でゆずるの両脇に座っていた子たちだろう。
俺は少し考える。

「片方の言い分だけだと、不公平だよな……」

ゆずるとの会話では、本人も自分が悪いと認めていた。
しかし今回の話は、相手──つまりゆずるが悪いという主張だ。
こういう時は、両方の意見を聞くべきだ。

「そうだよねぇ」

カナも困ったように答える。

ゆずるを除名しないなら自分たちが退団すると言っているらしい。
恋の熱に浮かされてまともじゃなくなることを
「麻疹にかかる」と婆さんに言われたことがあるが、
今のクランはまさにそんな状態なのかもしれない。

「で、ゆずるは何してるの?」

カナが尋ねる。

「あー……たぶん懺悔に行ってるんじゃないかな。
 少し待とう」

「懺悔?」

問い返されたので、
仕方なくゆずる側の経緯を説明した。

「へぇ……まぁそんなことだと思ってたけどね。
 その話だと、言い寄ってきたのは私に話してきた二人になるけど」

文字だけのログなのに、カナの不機嫌が透けて見える。

「ちょっと熱病に罹っただけだよ。
 誰かに実害が出てるわけじゃない」

俺はできるだけ冷静に返す。

「さすがおっさん」

カナが茶化すように返してきて、
少し落ち着いたかと思ったところで、

「sun、謝ってきた」

ゆずるのログが上がった。

「キラはなんて?」

俺が返す。

「『最低』って言われた。
 ランカのことは自分から諫めるって」

まぁ、想定内だ。
下手をすると彼女たちはこのまま退団もあり得る。
そんなことを考える。

「わかった。
 で、もう一つ事案があるから、グループチャット呼ぶよ」

そう言って、俺はカナとゆずると俺の三人のグループチャットを作った。

「え、なに?」

ゆずるが困惑した声を上げる。
そこへカナが経緯を説明する。

「それはない。
 彼女たちから来たLINEもある」

ゆずるは証拠があると主張する。
まぁ、そうだろうなと俺も思う。

仮想世界の中だけなら起きなかったかもしれない。
現実世界で顔を合わせたことで、関係性が大きく変わる。
良い方向に転ぶこともあるが、今回は最悪の方へ転がっている。

「彼女たちには、私の方からもう一度確認してみる」

カナは、結果が見えている辛い役回りを自ら引き受けた。

「すまない。
 何かあったら相談してくれ」

俺はそう言うしかなかった。


【登場人物】
 ※《》で囲んでいるのはMMORPG上の名前
現実世界
佐々木 陽介《sun》
 本物語の主人公。物語は彼の視点で語られる。
 某建設会社の事務方で万年平社員。
 バツイチと語っている。
 会社の本社移転プロジェクトで東京支社に転勤している。
 MMORPG『Weaver Land』ではsunのユーザーネームで
 毎夜遊んでいる。
河野 淳也
 佐々木の同期。
 本社秘書室所属のエリート。役職は、課長。
 佐々木を入社時から意識しており、その異動を要望したと
 言っている。
椋本 弘重
 東京支社の支社長。
 その風貌から陰では「脂狸」と揶揄されている。
 表面的には愛想が良く、人当たりがいいが、
 非常に狡猾な性格をしていると有名。
福島 真綾
 プロジェクトチームの一員。
 名古屋支社から異動してきた。
 中途採用で元SE。
 支社所属時代から様々な業務改革や業務改善を提言して
 優秀な社員として社内で噂されている。
三木 大輔
 プロジェクトチームの一員。
 広島支店から異動してきた。
 中途採用で営業。
 営業成績が高く、今回の異動は本社営業部所属を念頭に
 置いた事前異動とされるが、本人としては不満に思っている。
望月 敏夫
 本社建設候補地の一つを取り扱う真中不動産の社員。
 穏やかな笑顔での接客を心がけている。
 佐々木より年上
井川 美香子
 本社建設候補地の一つの所有者。
 物腰の柔らかい女性。
 世田谷の豪邸に住んでおり、元土地売買業者
大山 幸
 井川家のメイド
天野 俊介
 佐々木の会社の本部長。
 前職は、戦略系コンサルティング会社に勤めていて
 ヘッドハンティングで転職してきた。
 会社のIPOや本社移転を進言した人物
佐々木 亜希子
 
陽介の妻。故人。

■仮想世界※佐々木目線で説明
森 加奈《恵比寿》

 sun(佐々木)と同じクラン『ゴールドシップ』リーダー 
 落ち着いた性格をしており、礼儀もしっかりしている。
 クランのまとめ役ではあるが、年長のsunを頼りにしている
 そぶりがある。
三井 譲《承太郎》
 sunと同じクラン『ゴールドシップ』メンバー
 クランのムードメーカー。
 目端が利き、クランメンバーのことをよく見ている。
 恵比寿、sunと三人でクランを立ち上げた最古参メンバー。
吉田 美紀《Killer》
 攻城戦の対戦クラン→ゴールドシップ所属
 PVP(対人戦闘)で上位ランクイン(ランカー)するほどの
 強さを誇る。
 愛称は「キラ」
吉田 頼子《ランカ》
 キラと共にゴールドシップに移籍した。
 キラの妹。キラと二人暮らし。

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