物語 ~めぐり⑯~
《16》
西岡慎太郎氏は「売ったりできない」と明確に言った。
土地の現状を正しく理解しているからこその発言だ。
つまり、三井氏と契約を交わした“西岡慎太郎”は?
別の誰かが関わったという可能性が濃厚ということになる。
しかし、それが誰なのかまでは断定できない。
三井氏のコンサルタントと椋本が絡んでいるのは、
ほぼ間違いない。
「そうでしたか。
大変失礼いたしました」
何か言いかけた河野を手で制し、
俺は西岡氏に礼を述べて店を後にした。
車に戻ると、河野が不満げに口を開く。
「おい、佐々木、
もっと確認することがあったんじゃないか」
今度は俺が運転席に座っている。
「落ち着け。
とりあえず、場所を移動しよう」
そう言って、車を発進させた。
少し移動した街道沿いのファミリーレストランに車を停め、
店内へ入る。
昼時を過ぎていたため客は少なく、両隣が空いた角席に案内された。
「河野、あれ以上西岡氏からは何も得られないよ。
それに……お前は親族の誰かがやったんじゃないか、
そう考えているだろ?」
お冷を一口飲みながら問いかける。
「あぁ。あの様子からして西岡氏本人じゃない。
なら、親族――弟の相続人とやらが絡んでいる可能性があるだろう」
河野はやや興奮気味に答えた。
「反論はない。
だが、俺たちは警察でも法務局でもない。
踏み込むべきじゃない」
真実を暴きたい気持ちは分かる。
だが、それが目的ではない。
「俺たちが、やるべきことを見失うなよ」
河野の顔が苦悶に歪む。
「椋本が明らかな詐欺を働いているんだぞ。
それを放っておけっていうのか」
声が少し荒くなり、
店員がこちらを気にしているのが分かる。
「だから、河野、落ち着け。
何も“放置する”とは言っていない」
河野は俺の言葉を聞き、軽く咳払いをした。
「とりあえず、飯を頼め」
俺は自分の分を入力したタブレットを渡す。
河野はブツブツ言いながら注文を入力した。
「ここで俺たちが騒いでも何にもならない。
じゃあ放置するのか?
それも違う。詐欺の証拠は三井氏のところにある」
河野は真剣な目で俺の話を聞いている。
「であれば、コンサルタントと椋本を断罪することは可能だ。
もっとも椋本のことだ、コンサルのせいにして
逃げる可能性はあるがな。
……ここからは俺の推理だが」
周囲を確認したところで、配膳ロボットが料理を運んできた。
皿を受け取り、ロボットが戻っていくのを見届けてから口を開く。
「コンサルの裏に、まだ別の人間がいるんじゃないかと思っている」
少し間を置き、河野の表情が変わった。
「まさか……天野さんかっ!」
「声を抑えろ。あくまで俺の推論だ」
興奮する河野を小声でなだめる。
「もし今日、三井氏が手付金を払っていたら、
コンサルは飛ぶ。三井氏は被害者になるわけだ。
そして椋本は“自分も紹介された”と言えば逃げられる。
コンサルが消えていれば、真偽なんて分からない」
河野は喉を鳴らした。
「そして、上がりを共謀者で分ける……か
だが、なぜコンサルの裏に天野さんがいると思う?」
河野の疑問に、俺は味噌汁を一口飲んで答えた。
「想像だ」
「ぶっ」
河野は噴き出して笑った。
だが俺は、確証がないだけで、かなり真実に近いと感じていた。
椋本の“これは天野本部長からの口利きだ”という言葉が、
ずっと頭に残っていたからだ。
「とりあえず、三井氏に連絡しておくべきだな」
俺はチキン南蛮を一口頬張り、話を続ける。
甘酸っぱい塊が口の中でほどけて広がる。
「そのコンサルが飛んでしまったら
何もかもが闇の中に隠れてしまう」
河野は俺の話を聞きながら、スマホを取り出す。
「河野、俺にも変わってくれ、
あの方は聡明だが、念のため入れ知恵をしておく」
そう言うと、河野は頷き電話を始めた。
"さて、どうなるのかな……"
俺は様々なことを想定しながら頭を回転させていた。
俺たちは一旦事務所に戻ることにした。
帰社して自席に戻ると、福島がいた。
「福島さん、助かったよ」
西岡氏の情報のお礼を伝える。
「いえいえ。
実は井川様から連絡をいただきまして」
意外な名前に思わず目を瞬かせる。
そうか……井川様は土地売買を生業にしていた。
その情報網がここで生きたのか。
またお礼に伺わなければ――そう考えていると、河野が近づいてきた。
「椋本が午後休だと言って帰ったらしい」
あまりにもタイミングが良すぎる。
三井氏は俺たちとの面談後、すぐにコンサルに連絡し、
午後から会うと言っていたが……
嫌な予感が胸をよぎるが、今は確かめようがない。
「河野……ちょっと付き合え」
そう言って喫煙所へ連れ出した。
「あれ? お前タバコなんて吸ってたっけ?」
「嫌なことが続くとな。
どうしても吸いたくなるんだ」
喫煙所に入り、タバコに火をつける。
河野は電子タバコを取り出して吸い始めた。
「まさかと思うが……椋本、飛ばないよな?」
最悪の可能性を口にする。
「それな……俺も少し考えた」
その言葉を最後に、しばらく無言が続いた。
もし奴が飛べば、コンサルに逃げ道ができる。
そして、その奥にいるかもしれない黒幕の存在は、
永遠に闇の中だ。
「コンサルの結果を待って、
飛ぶか否か判断する……そんなところか」
俺が呟くと、
「そうかもな……」
河野も同意し、また沈黙になった。
週明けには社長と天野さんが来店する。
まずは、あの土地が候補から外れたという結果は得られた。
これで良しとはならないが――。
俺たちは事務所に戻り、資料を整理してその日の業務を終えた。
自宅に帰ると、いつものようにLINEの通知が届いていた。
『明日休みだよね? ご飯食べに行こうよ』
カナからのメッセージだ。
思うところがないわけではないが、
気分転換にはちょうどいい。
そう思い、
『了解』
と返す。
すぐに時間と場所が送られてきた。
もう一つのメッセージはゆずるからだった。
長文すぎて読むのに苦労するが、今日の出来事、
詐欺を未然に防げたことへの感謝、
そしてコンサルタントについて書かれていた。
『それで、コンサルタントの件なんだけど、
門田っていう人なんだけど、会社に来て
父さんから詰められて、任意だけど警察に連れていかれた』
任意? 警察? 話が飛びすぎて、理解が追いつかない。
俺はLINEの通話ボタンを押した。
ゆずるはすぐに応答した。
「もしもし、陽介? 今日はありがとうね〜」
あまりの軽さにズッコケそうになったが、
――そうだ、こいつはこういう奴だった。 と思い直し、
「重要な部分がかいつまみすぎて理解できん。
任意とか警察とか、ちゃんと説明してくれ」
河野や福島とは違う、身内のような口調になるのは、
長い付き合いの証拠なんだろう。
「あぁ、ごめん。
コンサルに連絡する前に、
ウチの顧問弁護士さんに相談したら “自分も同席する”って言ってさ。
で、念のために警察の人にも待機してもらえって言われて、
別室で待っててもらってたの」
三井氏は俺の入れ知恵を受け入れてくれたらしい。
「で、いざ面談したら、もうしどろもどろでさ。
俺、後ろで聞いてたんだけど、笑いこらえるのに必死だったよ」
暢気な奴だ…… 親が数億円を詐欺られかけていたというのに。
「で、弁護士さんが警察の人にも話をして、
被害届を出して、任意って形で門田さんを連れていったよ」
任意同行。
契約書という明確な証拠もある。
背後関係を洗うためにも当然だろう。
ということは――。
俺は頭の中で、再びいくつもの可能性を組み立て始めた。
「で、父さんが“河野さんと陽介にも連絡しといてくれ”って」
……おい。
ビジネスの連絡を、そんな気楽な口語調でLINEする奴があるか。
頭を抱えたが、必要な情報は得られた。
「……ありがとう」
そう答えた俺に
「どういたしまして!」
とにこやかな口調で返してくるゆずるに、
多少の苛立ちを覚えたのは言うまでもない。
