物語 ~Fading World -6~
《6》Still Water Runs
隼人は、胸の奥に沈殿した重さを抱えたまま授業を受けていた。
考えたところで答えなど出るはずがない——
そう結論づけたはずなのに、頭のどこかが勝手に動き続けていた。
雨宮のこと。 犯人のこと。 昨夜の光景の断片。
思考は輪のように同じ場所を回り、抜け出す気配がなかった。
「中村~、授業に集中しろ~」
教壇に立つ向井が、気もそぞろな隼人に注意をした。
周りのクラスメイト達からクスクスと笑い声が漏れる。
「すいません」
隼人は、焦りながら反省した。
小春は、そんな隼人を心配そうに見つめていた。
——とある建物の地下
姉小路は、部屋に置かれたホワイトボードを眺めていた。
整然と並べられた八つの事務机。
壁一面の本棚の前に置かれた管理職机。
ほぼ休憩スペースとして使われている応接セット。
ここは、公安特殊事案対応係——姉小路や木崎たちの本部である。
「まさかだな……」
姉小路は、低く呟いた。
「雨宮美香。魔法による背後からの一撃と見られます。
一人になった後に襲撃されたものと思われます。
抵抗の跡はありません」
木崎は、淡々と報告書を読み上げた。
「この雨では、犯人の足取りも掴めまい」
姉小路は、ホワイトボードに並べて貼られた写真のうち、
一枚——雨宮の写真を見つめていた。
「はい。足跡ほか、判別可能なものはありません。
ただ……犯行に使用された魔法は、おそらく“cylinder”と思われます。
検死には前田が立ち会いますので、そこで正確に判明するかと」
“cylinder”。
透明な円柱が対象を貫く、殺傷能力の高い魔法。
姉小路がよく使用する魔法でもある。
姉小路は、悩むような仕草をしながら言った。
「佐野は浅慮ではない。
この惨劇に我々が関わっているとは思わない。
少年……中村くんか。彼はどうだろうな」
木崎は、隼人の顔を思い浮かべながら答えた。
「あの時に部長の魔法を見ている可能性はありますが、
雨宮がどのような形で殺されたかは
公表されるものではありませんから、
疑われるようなことはないかと」
姉小路は、ホワイトボードから目を離し、木崎の方を振り返った。
「少し出掛ける。
前田が帰庁したら、すぐに報告をまとめさせろ」
そう指示を出し、出口へ向かって歩き出す。
「捜査ですか?」
木崎は、姉小路の出先を確認した。
「甘いものが食べたくなった」
姉小路は、さも当然のように答えた。
「その格好でですか……?」
木崎は、上司の突飛な行動には慣れていたが、
本来の姉小路の姿で外に出ることには注意を促した。
「む……それはまずいか……」
姉小路はそう言うと、何かを小さく呟いた。
次の瞬間、姉小路の姿は“鈴木部長”へと変わった。
「いってくる」
“鈴木”は、野太い男の声でそう言い、部屋を出て行った。
木崎は、深いため息をつきながらドアを見つめていた。
放課後——
隼人は、一人で通学路のアーケード街を歩いていた。
結局のところ、いつまでも引きずるこの感情を治めることはできていない。
いくつかシャッターが閉まっている店舗もあるが、
それでも多くの店が営業している。
アーケードを半分ほど進んだ場所にある甘味処「はしもと」。
その店前に置かれたショーケースの前に、見覚えのある姿があった。
“鈴木”の姿をした姉小路——。
隼人はその姿を見た瞬間、焦りを覚えた。
“鈴木”の方も隼人に気づき、こちらへ来るよう手招きをする。
「昨夜ぶりだな。少年」
声は、野太い男の声だった。
「姉小路さんですよね……」
隼人は恐る恐る尋ねた。
「この姿のときは“鈴木”と呼べ。
それと、今だんごと茶を注文した。
君の分も頼んでいる。少し付き合え」
そう言うと、“鈴木”は店内の飲食スペースを指さした。
隼人は、この邂逅が自分の中で渦巻いている気持ちを
解決する糸口になると感じて、促されるままに店内に移動した。
「うむ。うまい」
鈴木は、テーブルに置かれた山のように積み上げられた串団子を、
物凄い勢いで平らげていく。
隼人の目の前にも、同じ量の串団子が積み上げられていた。
"これは無理だろう……"
鈴木の食べる勢いと団子の量を見比べながら、
隼人は「持ち帰りはできないだろうか」と真剣に思案し始めていた。
「昨夜の件、すでに知っているようだな」
鈴木はお茶を飲みながら、鋭い目つきで隼人を見据えた。
だが、その口端には、みたらしのタレがついている。
"タレついてるって指摘した方がいいのかな……"
そう思いながら、隼人は「はい」とだけ答えた。
「結論から言おう。彼女の件に我々は関与していない。
こう言ったところで信用はできないだろうし、
昨夜の私の言動を鑑みても、やむを得ないと言える」
鈴木はそう言いながら、おしぼりで口を拭った。
「君に信用してほしいという立場でも関係でもないが、
疑心暗鬼になって君がおかしな方向に進むのは看過できないのでね」
隼人は、鈴木の言葉を聞きながら思ったことを口にした。
「俺は、あなた方を疑ってはいませんよ。
あの白いところでも俺たちを脅そうとはしていたけど、
殺そうとか、そんな物騒なことは思っていなかった」
思ってもみなかった返答に、
鈴木は目を丸くしながら次の串団子を口に運んだ。
団子が喉を通過してから、ゆっくりと口を開く。
「そうか。やはり君は聡いな。
ところで、話は変わるのだが、父母は息災か?」
鈴木の質問に、隼人は疑問を覚えつつも「はい」と答えた。
「うむ。それは良かった。
しかし、食欲がないようだから、残りは持ち帰るといい」
鈴木は店員に、隼人が食べ残した団子の持ち帰りを依頼した。
鈴木の皿には、串しか残っていない。
"いや……食欲ないというか……この量は無理だろう……"
想像を超える鈴木の食欲に、隼人は静かな恐怖を覚えていた。
お茶を飲み干した鈴木が、ふいに口を開く。
「そういえば、親類以外の男性と二人きりでの食事は初めてだ。
……これがデートというものか」
隼人は盛大に口に含んだお茶を吹き出した。
気管にも入ったらしく、激しくせき込む。
「む。大丈夫か」
鈴木が不思議そうに隼人を見つめる。
「今の格好でそれは言われたくないです……」
隼人は必死に抗議した。
「む、そうか。今は鈴木だったな。
次は、本来の姿のときに行こうか」
鈴木の顔は真顔だった。
隼人は、「この人こそ天然だ」と思った。
そしてその瞬間、雨宮の笑顔が脳裏をよぎった。
隼人は意を決して、鈴木を見つめて口を開いた。
「雨宮さんを……雨宮さんにあんな真似したのは
例の一味なんですか」
真剣な眼差しだ。
鈴木は、隼人のまっすぐな目を見ながら思う。
「それは捜査情報で、一般人の君に応えることはできない」
鈴木は、柔らかく、しかしきっぱりと隼人の質問を切り捨てた。
そして続ける。
「彼女の仇をとろうなどと考えないことだ。
君には魔力はあるが、何の魔法も使えない。
たとえ使えたとしても実戦の経験がない。
そのような者がしゃしゃり出たところで、
相手は人を傷つけることを何とも思わない奴らだ。
無駄死にをするだけだ」
鈴木の正論を前に、隼人は頭では納得していた。
ただ、そんなことは初めから分かっていたのだ。
「戦うことができないまでも
何か俺に出来ることはあるはずです」
隼人は、自分の決意を鈴木にぶつけた。
「決意は理解するが、
佐野も君に接触してくることはもうない。
ただやみくもに動くことは無駄になる。
今は、ただ伏して待つときだと思うよ」
鈴木は優しくそう伝えた。
——甘味処「はしもと」前
隼人は、ずっしりと重いビニール袋を手にしていた。
「若さは我武者羅だが、
それが必ずしも正解に繋がるわけではない。
自分の立場や家族のことも考えて
行動をすることだ。」
何故か同量程度のビニール袋を手にした鈴木が言った。
隼人は、やや戸惑いながら、鈴木の言葉を受け止めた。
「分かりました」
鈴木は、隼人の言葉を聞き、振り返り去って行った。
"……団子が重いと感じる日がくるなんて……"
隼人は、鈴木の姿を見送りながら思った。

