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物語 ~めぐり⑤~

《5》

俺は、釈然としない気持ちを
抱えたまま自席へ戻った。
先日見た、河野と椋本が二人で並んでいた光景が、
余計に気持ちを落ち着かせない。

この会社に対して、いまの自分がどれほど
忠義心を持っているかと問われれば、
胸を張れるほどのものではない。
だが、“重大な問題”が起こった場合、
自分や福島、三木のように
用地買収の実務に関わっている人間は
それ相応の処分なんてこともあり得る。

「知らぬ存ぜぬは通用しないだろうな」

自問自答をするかのように呟いた。

「え、なにがですか?」

隣の席の福島が、思いのほか鋭く反応する。
油断していたとはいえ、聞かれたことに一瞬焦りが走った。

「いや、独り言」

苦笑いでそう返すしかなかった。

「それより、紹介元の不動産会社にも
 確認に行かないとな。
 方向も同じだし、一緒に出るかい?」

今は、とにかく与えられた仕事を堅実に進めるしかない。
そう気持ちを切り替えて、俺は福島に声をかけた。

「あ、助かります。
 やっぱり運転、怖いので」

福島が苦笑いを浮かべる。
その表情が、少しだけ救いに思えた。

そして心の奥では、

“河野が担当する案件が本命ということだろうな”

と、俺は冷静に考えていた。

「紹介してくれた不動産会社に行ってきます」

俺はそう河野に行き先を伝え、
福島と一緒に事務所を出た。

事務所を出る瞬間、河野と目線が交差した
河野はどこか冷静な目で見ていた。
だが、眼差しの奥にある冷たさに、
俺は気づくことができていなかった。


事務所を出て、先に福島を下したあと、
俺は自分の担当用地を紹介してくれた
真中不動産会社を訪ねていた。

「そうですか! 
 あの土地、最終候補になったんですか。
 それは良かった」

担当の望月氏は、気さくな人物だ。

「えぇ。
 ただ今回は“紹介者”という形だったので、
 何か事情があるのかと気になりまして」

俺は、仲介も代理も入っていない理由を尋ねた。

「いやいや、大した話じゃないんですがね。
 この土地の所有者の方は、うちと以前から
 お付き合いがあって、それはもう、
 たくさんの取引をいただいていて……」

望月氏は、こちらを見据えながら続ける。

「本来なら仲介料や代理手数料をいただけるほうが
 ありがたいんですが、
 この物件は“それが嫌だ”と言われましてね。
 他にも継続中の取引がある手前、
 やむなく“紹介”という形を取らせてもらってるんですよ」

俺はそこまで聞いて、
気になっていた疑問をそのまま口にした。

「なぜ、この土地だけなんです?」

望月氏は、少し困ったように眉を寄せ、

「まぁ……本人から聞いていただければ」

と、俺の背後へ視線を移した。

気配を感じて振り向くと、
そこには一人の年配の女性が静かに立っていた。
そのタイミングで望月氏が紹介をしてくれた。

「今回の土地の所有者、井川美香子様です」

俺は慌てて立ち上がり、深々と頭を下げた。

「お世話になっております。
 今回、真中不動産様からご所有地をご紹介いただきました、
 株式会社和光商事の佐々木と申します」

そう名乗ると、井川氏は穏やかな笑みを浮かべ、

「ご丁寧にありがとうございます。
 井川と申します。
 今日はたまたま近くを通りがかったので、
 立ち寄らせてもらったの」

と、落ち着いた口調で挨拶を返してくれた。

望月氏は俺の隣に腰を下ろし直し、
正面には井川氏が静かに座った。
突然の土地所有者との面談に、少し面食らいながらも、
俺は先ほど望月氏に投げかけた質問を、改めて本人に向けた。

「今回の土地ですが、弊社の希望条件にも合致しており、
 本社にも自信を持って上程したいと考えております。
 ただ、お話を伺う限り、この土地だけ仲介や代理を
 希望されていないとのことでした。
 大変不躾な質問なのですが……
 どうして、この土地だけなのでしょうか?」

俺は井川氏を正面に捉えながら、
言葉を投げかけた。
彼女は静かに目を閉じ、そっと口を開く。

「この土地はね。
 主人と私が事業に成功して、初めて買った土地なの。
 主人が亡くなって、子どもたちに譲っても良かったのだけど……
 なかなかね……。相続って上手くいくものじゃないの」

そこまで話した井川氏の表情には、どこか沈痛な影が差していた。
大きな財産を持つということは、また別の悩みがあるのだろう──
俺は、自分の知り得ない世界を想像した。

「他の土地も含めて売ることにしたのだけど、
 やっぱりね。
 この土地は主人と最初に買った思い出があって……
 売る相手だけは、自分で決めたかったの」

そう言うと、井川氏はまっすぐに俺を見つめてきた。

「そうでしたか。
 お話辛いことをお聞きして申し訳ございません。
 もしよろしければ、望月氏を通じて弊社の事業内容などの資料を
 お渡しできればと存じます」

俺は井川氏の言わんとしていることが理解できた。
自分と夫が汗水を流して手に入れた最初の土地。
それを子どもではなく第三者に譲るのなら、
せめてその譲渡先だけは自分で選びたいという気持ち。
その気持ちに対して、ちゃんと向き合いたいと思った。

「ありがとうございます。
 よろしければ、今度うちにいらして。
 その時に、あなたの会社のことを詳しくお聞きしたいわ」

井川氏は、変わらぬ穏やかな笑顔でそう答えた。

真中不動産の事務所前で井川氏をお見送りしたあと、
望月氏が俺の方を見て言った。

「井川様のお眼鏡にかなった、というところですかね。
 初対面でご自宅にお招きになるのは、初めてですよ」

そう言って、どこか嬉しそうに笑った。

「そうなんですか……」

自分のどこがお眼鏡にかなったのか分からなかったが、
とりあえず笑顔だけは返しておいた。

その後、望月氏に挨拶をして会社へ戻ることにした。
事務所のプロジェクトチームの島には誰もおらず、
自分の帰社時間が予定をはるかに過ぎていたことに、
そこでようやく気がついた。


少しずつ、雪が降り積もるように、
様々な問題や想いが重なっていく。
結局のところ、自分にできることを繰り返して
ひとつずつ片づけていくしかないのだろうか。

そんな思いを引きずったまま自宅のドアを開ける。
そこは、いつもと変わらない薄暗いワンルーム。

「ふぅ……」

思わずため息が漏れる。
こんな時、“誰かが迎えてくれる”光景を思い描いてしまう。

『陽介、おかえり』

笑顔で俺の帰りを迎えてくれる彼女の顔……。
最早、古い記憶だ。

もう一度深く息を吐き、
ソファにバッグを放って、カーテンを閉めた。

『今日は、ロールキャベツなんだ』

暗さを増したはずの部屋は、
記憶に引き寄せられるようにふっと明るさを取り戻す。
小さなダイニングテーブル、二人掛けのソファ。
あの頃の景色が蘇る。

その中心には、エプロン姿の彼女が
笑顔でこちらを見ていた。

暗い部屋の中で、
涙が一筋だけ頬を伝っていた。

「……いかんな。疲れてるのか」

自分に言い聞かせるように呟き、
部屋の電気をつける。
途端に、いつもと変わらない光景が広がり、
また小さくため息をついた。


【登場人物】
 ※《》で囲んでいるのはMMORPG上の名前
現実世界
佐々木 陽介《sun》
 本物語の主人公。物語は彼の視点で語られる。
 某建設会社の事務方で万年平社員。
 バツイチと語っている。
 会社の本社移転プロジェクトで東京支社に転勤している。
 MMORPG『Weaver Land』ではsunのユーザーネームで
 毎夜遊んでいる。
河野 淳也
 佐々木の同期。
 本社秘書室所属のエリート。役職は、課長。
 佐々木を入社時から意識しており、その異動を要望したと
 言っている。
椋本 弘重
 東京支社の支社長。
 その風貌から陰では「脂狸」と揶揄されている。
 表面的には愛想が良く、人当たりがいいが、
 非常に狡猾な性格をしていると有名。
福島 真綾
 プロジェクトチームの一員。
 名古屋支社から異動してきた。
 中途採用で元SE。
 支社所属時代から様々な業務改革や業務改善を提言して
 優秀な社員として社内で噂されている。
三木 大輔
 プロジェクトチームの一員。
 広島支店から異動してきた。
 中途採用で営業。
 営業成績が高く、今回の異動は本社営業部所属を念頭に
 置いた事前異動とされるが、本人としては不満に思っている。
望月 敏夫
 本社建設候補地の一つを取り扱う真中不動産の社員。
 穏やかな笑顔での接客を心がけている。
 佐々木より年上
井川 美香子
 本社建設候補地の一つの所有者。
 物腰の柔らかい女性。

■仮想世界※佐々木目線で説明
《恵比寿》Lv.323

 sun(佐々木)と同じクランの人物。 
 落ち着いた性格をしており、礼儀もしっかりしている。
 クランのまとめ役ではあるが、年長のsunを頼りにしている
 そぶりがある。
《承太郎》Lv.258
 sunと同じクラン。
 クランのムードメーカー。
 目端が利き、クランメンバーのことをよく見ている。
 恵比寿、sunと三人でクランを立ち上げた最古参メンバー。
《Killer》Lv.???
 攻城戦の対戦クラン所属。
 PVP(対人戦闘)で上位ランクイン(ランカー)するほどの
 強さを誇る。

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