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物語 ~めぐり⑰~

《17》

土曜日の朝。
昨日の一連の出来事で気持ちが高ぶっていたのだろう。
俺はLINEの画面を見つめながら、頭を抱えていた。

『明日休みだよね? ご飯食べに行こうよ』
『了解』

あのときは“気分転換にはちょうどいい”と思った。
だが、今になってみると、
どうしてこんなに軽く返事をしたのか自分でも分からない。
別に嫌なわけじゃない。
嫌じゃないが――どこか罪悪感のようなものを感じる。

待ち合わせに遅れないよう、早めに着替えを始める。
クローゼットを開けると、ざっと見て“おめかし”に分類される服はない。

スーツ? いや、これは絶対に違う。
ポロシャツ? 嫌いではないが、違う気がする。
Tシャツ? 無難だよな……。

「……無難が一番だよ」

自分のオシャレ度の低さを認めるように独り言を漏らし、
無地のTシャツを選んだ。

マンションの玄関を出ると、雲ひとつない青空が広がっていた。
初夏の風が、少しだけ気持ちを軽くする。

駅まで歩き、電車に乗る。
ふと、こんなふうに“女性と会うために出かける”のは
いつ以来だろうと考えた。

昔、亜希子との待ち合わせは、
ほとんど車で迎えに行っていた。
窓の外を流れる景色はあの頃とは違う。
それでも、待ち合わせに向かうこの感じ
――少しだけあの頃のように高揚している。

と考えてはみたものの、ただ飯を一緒に食いに行くだけだ。
そんな色っぽい話になるわけがない。
そう思い、自意識過剰な自分を笑った。


そう。笑ったのだ。

そして今、俺の目の前では――
カナと福島が、互いを牽制している。

"なぜこうなった!?"

時を戻そう。

待ち合わせの十五分前。
俺は少し早く着きすぎたかと思いながら、
周囲を見回していた。

そのとき、背後から

「佐々木さん」

と呼ばれた。
振り返ると、福島が立っていた。

「おお、福島さん。こんにちは」

偶然の遭遇だが、特に焦る理由もない。
いつも通りに挨拶を返す。

「こんにちは。
 今日はどうされたんですか?」

どうされたって……。
俺だって街に出るくらいはする。

「知り合いと食事の約束をしててね。
 今、待ち合わせなんだ」

そう答えると、福島の表情がわずかに固まった。
その瞬間、逆方向から声が飛んできた。

「陽介!」

カナだ。
俺は振り向き、軽く手を上げる。

「陽介……?」

背後で、福島が低く呟く。

「待った?
 てか、こちらの方は?」

「俺も今来たところだ。
 こちらは同僚の福島さん」

俺はカナに福島を紹介し、
続けて福島にもカナを紹介する。

「福島さん、こちらは知り合いの森 加奈さん」

「知り合い……」

再び福島が小さく呟く。
その気配を逃すはずもなく、カナも同じように呟いた。

「同僚……」

……なんだろう。
なぜ二人の間に緊張が走っているのだろう。
やめてほしい。普通に居づらい。

「ドウモ、ハジメマシテ、
 佐々木さんと一緒に働いている福島といいます」

「ゴテイネイニ、アリガトウゴザイマス。
 陽介とネトゲで仲良くしている森と言います」

お互いに一部の言葉を強調しながら牽制している。
あぁ……頭の中で“ガクブル”の絵文字がログを埋め尽くしている……。

すると福島が、

「佐々木さん、森さんとお付き合いされているんですか?」

と、いきなり直球を投げてきた。
俺は一瞬焦りながら、

「いや、そんなことはないよっ」

と答える。
するとカナが、少し怪訝な顔で言った。

「そういうこと、本人の前で聞きます?」

……いや、ホントにやめて。
どうしよう。 こんなの慣れてないんですが……。
困惑しながら、俺は口を開く。

「と……とりあえず、どこかでお茶しない?」

周りの視線も痛い。
俺の心も痛い。
とにかく、この場から離れたい。

「私との約束だったよね?
 なんで、フクシマさんも来る必要あるの?」

カナの憤慨は理解できる。

「あら、ちょっとお話するくらいいいでしょ?」

……“福島さん”、なんすかその余裕は。
二人は、もう完全に互いを敵として見ているかのように
真正面から対峙している。
俺はなんとかカナをなだめて、近くのカフェに移動した。

席に着くと、俺の正面にはカナと福島が並んで座っている。
注文したアイスコーヒーが運ばれてくる。
沈黙。
覇気。
空気がひりついて痛い。

……なんだろう。
俺、断罪される側の席に座ってる?

そう思いながら、
グラスの外側を流れる水滴を見つめていた。

「森さん?
 貴方、佐々木さんのことどう思っているの?」

福島が口火を切る。

「良い仲間だと思ってるし、
 もっと仲良くなりたいと思ってる」

カナは迷いなく答える。

「そういう福島さんはどうなの?」

カナもすぐに返す。

「頼りになる先輩。
 そして、男性としても魅力的だと思ってるわ」

……顔が熱い。
でも、ここで口を挟むことはある意味死を意味する。
黙っておこう……。

そして、また沈黙が訪れる。

永い……。
この時間はなんなんだ……。
昨日の河野との、あのしびれるような推理時間が
懐かしく思えてきた。

「福島さん、私も陽介のこと諦めるつもりありませんから」

カナが口を開く。

「いや……待て。
 そもそも二人とも、
 俺のことどうしたいと思ってるんだ……?」

カナの一言に、ついに俺は口を出してしまった。

すると、二人は同時に俺を見て、
そして、顔を見合わせた。

「問題は、佐々木さんのこのニブチンなところよね」

「そうですね。ホント陽介ニブいですよね」

……待て。
なんで俺が悪者になる。
二人は顔を見合わせながら笑っている。
あぁ……それで解決するなら、俺は悪者でもいいか。
なんとなく、そう思った。

「お互い、いい大人なんだし。
 つべこべ言わず」

「えぇ。望むところです」

……なんだろう。
少年漫画のライバル同士みたいなこと言ってる。

そんなことを思いながら、俺は二人を遠い目で見ていた。

カフェを出ると、福島はこちらを向き、

「今日は、二人の約束ですよね。
 楽しんできてください」

そう言って、笑顔で手を振った。
俺は苦い顔をしながら、手を振り返す。
すると、カナは俺のTシャツの端を引っ張り、

「さぁ、デート楽しみましょう‼」

と意気込むように言った。
……あれ、"デート"になってる。

「ねぇ、私、観たい映画があるんだ」

カナが嬉しそうに言う。
心の中は色々と複雑だが、
なるようになれだと思い直し、

「たまには映画もいいか」

と答え、映画館へ向かった。

映画は、かつての「キング・オブ・ホップ」の伝記映画だった。
少年時代に見た世界的スター。
スキャンダルの話も多かったが、
功績は“素晴らしい”というより“凄い”という印象だった。

その彼の生涯を描いた映画は、思った以上に没入できる作品だった。

思わずパンフレットを買い、映画館を出たあと、
カフェで二人して読みふけってしまったほどだ。

「いや、想像以上に面白かった」

素直に感想を口にする。

「そうだね。
 私は記録映像とかばっかりで、
 実際の映像は見てなかったから半信半疑だったけど……
 すごく集中して見ちゃった」

カナも同じように感じていたようだ。
カフェを出て、夕食まで街を歩き、
駅近くの居酒屋に入った。

散策中に少しオシャレな店も見かけたので、
カナに「あそこは?」と聞いてみたが、首を振られ、
結局、彼女に手を取られて入ったのがここだった。

向かい合わせに座り、ビールで乾杯する。
冷たいビールが喉を通る感触に浸りながら、
今日は一部散々だったな、と振り返る。

するとカナが口を開いた。

「あのね。私はゲームの中の陽介はよく知ってる。
 いつも周りに気を配って、クランのこともたくさん手伝ってくれて、
 ホントに頼りにしてる」

頬を少し赤らめながら、続ける。

「今日、福島さんが貴方に好意があるってはっきり言ってて、
 すごく嫉妬したの。
 私も貴方のこと好きなんだって」

……魅力的とは言ってたけど、それ好意なのか?
これは言ってはいけないと思いながら、今日のやりとりを思い返す。

「でも、現実世界の貴方のことは、まだちょっとしか知らない。
 だから、もっといっぱい貴方のこと知って、
 自分の気持ちを確認したいの」

カナは真剣な眼差しでこちらを見ている。

「だから……もっといっぱい遊んでね‼」

少しはぐらかしたような言い方だが、真っすぐな思いは伝わってきた。

「ありがとうな……。
 俺自身、恋愛から遠ざかりすぎて、どうしていいか分からないけど、
 カナの気持ちは伝わった」

心の中で、亜希子が微笑んだ気がした。
あぁ、進むってこういうことか。

「どうしたらいいとか、まだ分からないが……
 その気持ちに応えられるように頑張るよ。
 何を頑張ったらいいか分からないけど」

少しの照れと、少しの苦みを感じながら、そう答えた。



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