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物語 ~Fading World -3~

《3》white space

うずくまった隼人の前にしゃがんだ女性はフードを外した。
どことなく勝気な印象を与える顔だった。

「アンタ、“魔法”って分かる?」

女性はぶっきらぼうに問いかけた。
隼人は意味が分からず、首を何度も振る。
そして、改めて周囲を見渡し、その異様さに息を呑んだ。

どこまでも続く真っ白な空間。そこには物音ひとつもしない。
存在するのは、自分を含めた三人だけ。
心臓は破裂しそうなほど脈打ち、耳鳴りすら覚える。

「雨宮さん、彼はやはり何も知らないと思いますよ」

背後の男が落ち着いた声で言う。

「ちっ……やっぱり天然か」

雨宮は軽く舌打ちし、隼人を“天然”と呼んだ。
隼人は恐る恐る口を開く。

「あ……あんたたちは何者なんだ。ここは俺の部屋じゃないのか」

虚勢を張ったつもりだったが、声は震えていた。
男は深いため息をつき、ゆっくりと隼人に語りかけた。

「落ち着いてください。
 私たちはあなたに危害を加えるつもりはありません。
 私たちは “Mage” と呼ばれる者です……と言っても、
 分かりませんよね?」

男はにっこりと微笑んだ。
隼人は言葉が出ず、ただ何度も頷く。

「ふむ。そうですね。
 “Mage” というのは、分かりやすく言えば “魔法使い” です。
 アニメやゲームでよく見る職業ですよ」

隼人はその言葉に茫然とした。

魔法使い。魔女。 今日の授業内容で話していたアレか…?
そんなものはファンタジーの産物だと決めつけていた。
いや、今でもそう思っている。
だが、この状況はその考えを根底から揺さぶる。

「信じられないって顔だな」

雨宮はニヤニヤしながら隼人を見つめる。
男は再びため息をつき、口を開いた。

「雨宮さん、あまり彼をいじめないであげてください」

「佐野がさっさと本題に入らないからだろ」

佐野は両手を上げて同意し、

「そうですね。本題に入りましょう。
 中村隼人くん。君には “Mage”、もしくは “M・Spells” の素養が
 あるようです。今日の事件の際、私たちを“認識”しましたね?」

隼人は、あの時二人を確かに見ていた。
そして二人も自分を見ていた。 嘘をつける状況ではない。
隼人は頷いた。

「素直ですね。
 あの時、われわれは “hidden” という魔法を使い、
 他者から認識されないよう空間に干渉していました。
 あれを看破できるのは、同じ “Mage”、もしくはその上位である
 “M・Spells” だけです」

隼人は、佐野の言葉をひとつひとつ理解していった。
聞いたこともない単語が並んでいるはずなのに、
まるで昔から知っていたことをなぞっていくような、不思議な感覚だった。

「わかった……気がする」

隼人は素直に感想を述べた。
頭の中が急速に整理されていくのに、驚きはなかった。

「それで……あなたたちは、その確認のために俺のところへ来たのか?」

隼人がまっすぐ二人を見ると、二人は一度視線を交わし、佐野が続けた。

「“dictionary” が発動するとは驚きました。
 と言っても、あなたにはまだ分からないでしょうね。
 今、あなたの頭の中で私の言葉が急速に理解されたはずです。
 それは “Mage” が遺伝子情報をアップデートする魔法です。
 本来は魔導書のようなもので学んで使うものなのですが……
 それを自然に使ってしまうとは……
 貴方は、とんでもない大物なのかもしれませんね」

言葉とは裏腹に、佐野の表情は困惑へと変わっていた。
少しの沈黙のあと、佐野はさらに説明を続けた。

「失礼。貴方の質問に答えていませんでしたね。
 貴方の言う通り、私たちは貴方が“悪いMage”ではないか
 確認しに来ました。」

「悪いMage……?」

隼人は、佐野の言葉をなぞるように呟いた。

「抽象的な言い方だよ。こんな力を持っちまったんだ。
 性格が歪んでる奴だったら、悪さをするような奴が出てきても
 おかしくないだろ」

雨宮は、うんざりしたような口調で言った。

「そうです。
 残念なことに、この力を利用して世の中を自分の思い通りに
 変えてやろうとする輩が、一定数いるんです。」

雨宮の言葉に補足するように、佐野が続けた。

「アンタたちは、俺がその“悪い奴”じゃないか確認しに来たのか?
 アンタたちは“正義の味方”ってやつか?」

隼人は、少し胸が躍るような感覚で問いかけた。

「ぷっ、正義の味方ってか。
 あたしらはそんな高尚なもんじゃないよ」

雨宮は、笑いを堪えきれない様子で否定した。

「私たちは正義の味方ではありませんよ。
 そうですね……例えるなら自治会の“安全パトロール”みたいなものです」

佐野は真顔で、妙に生活感のある例えを口にした。

「自治会? 安全パトロール……?」

隼人は意味が掴めず、困惑した。

「先ほども申し上げた通り、力を得たことでおかしな方向に進む輩は
 一定数います。ただ、それはごく一部に過ぎません。
 他のMageたちは、君と同じように普通の生活を送っているのです。
 ただ、その一部のせいで騒ぎが拡大し、世の中が無茶苦茶になるのを
 良しとしていません。
 なので、その暴走を防ぐために、私たちは活動しているだけなのです。」

佐野は、言葉を慎重に選びながら話しているように見えた。

「ここ数日、ずっと雨が降っていますね。」

突然の天気の話に、隼人は戸惑いながら

「あ……あぁ」

と答えた。

「……まぁ、世代的にあまりテレビのニュースなどは見ませんか。
 この雨が“悪いMage”たちによって降らされているとしたら、
 貴方はどう思われます?」

佐野がさらりと告げた“真実”に、隼人は困惑しながら

「うっとおしいなって思う……」

と答えた。
答えた瞬間、雨宮が大声で笑い転げた。

「雨宮さん……。
 そうですね、雨が続けば鬱陶しいと思うのは分かります。
 ただ、これが延々と降り続けるとどうなります?」

雨宮の反応に、少しうんざりした様子で佐野は問いかけた。

「え……」

隼人はすぐに答えが浮かばず、困惑した。
佐野は眼鏡を指で押し上げながら続けた。

「現在、日本のほぼ全域で、この三日間ずっと20mm/h前後の雨が
 降り続いています。
 20mm/hは“やや強い雨”に分類される程度ですが、日本各地ではすでに
 河川の水位が上昇し、土砂災害も起きています。
 これがあと一週間続けば、各地で河川の氾濫が起き、
 さらに一ヶ月も続けば、平野部は相当数水没するでしょう。」

佐野の説明に、隼人はその光景を想像し、ゾッとした。

「そんなこと、できるわけないだろ!」

隼人は、自分で思い描いた惨状に寒気を覚え、思わず声を荒げた。
佐野は、そんな隼人をなだめるように静かに応えた。

「それが、魔法の力なんです。」

「そうさせないために、あたしらが犯人を捜してんだよ。」

佐野に続くように、雨宮も言葉を重ねた。

「俺も……犯人捜しを手伝えばいいのか?」

ここまで抑えていた高揚感を隠しきれず、隼人は言葉にしてしまった。
しかし、佐野と雨宮の反応は冷静だった。

「アンタ、高校生でしょ」

「そうです。
 命の危険があることに、未成年を巻き込むわけにはいきません。」

二人の、まるで壁を作るような突然の言葉に、隼人は呆然とした。

「いいですか?これはゲームではありません。
 彼らは他人の死を厭いません。
 もちろん、そんな輩を相手にする私たちも、
 彼らを“平和的に”収めるなんてことは不可能です。
 だから、止むを得ず始末します。今日のように。」

隼人は、今日、自分の目で見た惨劇を思い出した。

「そんな場に、未成年である貴方を巻き込むことはしませんよ。」

佐野は、どこか哀れむような目で隼人に語りかけた。

――ジジジジ……

その時、空間が軋むような音が響いた。

「やれやれ……引っかかったのは、やはり貴方たちでしたか。」

それは、聞き覚えのある声だった。

空間の歪みは陽炎のように揺らめきながら人の形を成し、
やがて現れたのは――「木崎」その人だった。




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