ちびっこ消防隊が生まれた冬 | DECKY ARCHIVE 第18話
2015年。
PTA会長としてクリスマス会を準備していた頃を思い返していると、もう一つ、冬になると必ず思い出す出来事がある。
消防団で始めた「ちびっこ消防隊」だ。
当時、僕は消防団で部長を務めていた。
年末になると消防団では「年末警戒」を行い、小型ポンプ車で地域を巡回しながら火の用心を呼びかけていた。
そんなある日、隣の第三分団の同級生、かんだと消防団の話をしていた。
「うちは子どもらも連れて火の用心をやっとるで。」
その一言を聞いた瞬間、
「それ、ええやん。」
と思った。
同時に、
「うちの分団、負けとるやん。」
という気持ちも湧いてきた。
だったら、うちもやろう。
そうして始まったのが、ちびっこ消防隊だった。
最初は、第4分団の一つの部だけで始めることにした。
ただ「火の用心に参加してください」と呼びかけるだけでは、子どもたちは集まらない。
何か子どもたちがワクワクする名前が欲しかった。
最初は「ちびっこ消防団」も考えた。
でも、「消防団」と名付けると、本当の消防団と同じになってしまう。
子どもたちは僕たち消防団員と一緒に活動する小さな隊。
だから、
「ちびっこ消防隊」
という名前に決めた。
校長先生にも相談し、小学校にも協力していただき、チラシを配って参加者を募集した。
当時は子どもの数も多く、一度に20人から30人ほど集まってくれた。
子どもたちに持ってもらう拍子木は、消防団に昔からあったものも使った。
しかし、それだけでは人数分が足りなかった。
そこで消防団員のゆうじに相談した。
ゆうじの家は製材所だったので、一緒に木を切り出し、足りない分の拍子木を手作りした。
子どもたちが持ちやすいように削り、音を確かめながら仕上げていく。
今思えば、何でも手作りだった。
でも、その準備も含めて本当に楽しかった。
当日になると、子どもたちは拍子木を鳴らしながら地域を歩いた。
小型ポンプ車には、一人ずつ順番に助手席へ乗ってもらい、マイクを使って火の用心を呼びかけてもらった。
ただ「火の用心」と言うだけでは少し堅い。
そこでインターネットで、子どもたちが言いやすく、地域の人にも親しみやすい掛け声を探した。
「火の用心、さんま焼いても家焼くな!」
そんな元気な声が、夜の集落に響いた。
「次は僕!」
「次は私!」
助手席は、子どもたちにとって一番人気の場所だった。
小型ポンプ車が集落を回ると、家の窓が開く。
「寒いのに、ご苦労さん。」
「頑張ってな。」
「ありがとう。」
地域のおばちゃんたちが、子どもたちへ温かい声を掛けてくれた。
子どもたちは少し照れながら、また拍子木を鳴らす。
消防団だけで回っていた頃とは違い、地域全体が明るくなったような気がした。
活動が終わると、待っていたのは温かい豚汁だった。
準備をしてくれたのは、りえと、りえのいとこのしのぶちゃん、そしてこずえちゃん。
子どもたちだけではなく、消防団員の分まで用意してくれたので、全部で40人から50人分にもなったと思う。
机を並べ、器や割り箸を用意し、大きな鍋いっぱいの豚汁を作る。
今思えば、一番大変だったのは、待っていてくれたみんなだったのかもしれない。
寒い夜に食べる豚汁は、本当においしかった。
ちびっこ消防隊には、かずき、こうよう、まっきーも参加した。
最初は小さかった三人も、年々大きくなり、高学年になる頃には、自分より小さな子どもたちの面倒を見るようになっていた。
その姿を見ていると、子どもたちの成長を感じてうれしくなった。
ちびっこ消防隊は、火の用心を呼びかけるだけの活動ではなかった。
地域のみんなで子どもたちを見守り、一緒に育てていた時間だったように思う。
今では、あの頃参加していた子どもたちも立派な大人になった。
でも、冬になると今でも思い出す。
拍子木の音。
小型ポンプ車のスピーカーから聞こえてきた子どもたちの元気な声。
そして、地域のみんなの笑顔。
あの冬の思い出は、僕にとって今でも大切な宝物である。
