子どもが少なくなっても、残したかった――ちびっこ消防隊と地域のつながり | DECKY ARCHIVE 第35話
2017年12月28日。
この日も、阿曽では毎年恒例のちびっこ消防隊を行った。
ちびっこ消防隊については、第18話でも一度書いている。
子どもたちが拍子木を持ち、消防団員と一緒に地域を歩きながら、
「火の用心」
と火災予防を呼びかける。
だから今回は、その行事そのものをもう一度詳しく書くつもりはない。
今振り返って思うのは、
なぜ僕たちは、これを毎年続けてきたのか。
そして、
どうやって消防団だけの行事から、地域のみんなが関わる行事へ変えていったのか。
そのことを残しておきたい。
毎年同じようで、毎年少し違う
消防団には、毎年繰り返す行事がたくさんある。
春や夏の訓練。
秋季訓練。
火災予防運動。
そして年末警戒。
ちびっこ消防隊も、その一つだった。
けれど、同じ行事をしていても、毎年そこにいる人は少しずつ変わっていく。
消防団員も入れ替わる。
子どもたちも大きくなる。
去年いた子が今年はいなくなり、また新しい子が参加する。
僕自身もそうだった。
若い頃は、先輩から教えてもらう側だった。
それがいつの間にか分団長になり、副団長になり、
今度は自分が、次へ伝えていく側になっていた。

子どもが少なくなってきた
この頃になると、
地域の中で少しずつ感じることがあった。
子どもの数が減ってきたことだった。
少子高齢化という言葉はよく聞く。
でも地域に暮らしていると、それが数字ではなく、目の前の景色として見えてくる。
昔なら普通に集まった子どもの人数が集まらなくなる。
学校の児童数も減っていく。
地域行事に参加する子どもも少なくなる。
それでも、ちびっこ消防隊には子どもたちが出てきてくれた。
人数が多いか少ないかではなかった。
寒い冬の夜に、
拍子木を持って、
消防団のおっちゃんたちと一緒に町を歩く。
その経験をしてもらうことに意味があると思っていた。
消防団を知ってもらいたかった
僕は、
「将来、消防団に入ってくれ」
と思って、ちびっこ消防隊をしていたわけではない。
もちろん、いつかその中の誰かが消防団に入ってくれたらうれしい。
でも、それよりもまず、
地域には消防団というものがある。
自分たちの住んでいる町を守っている人がいる。
それを知ってもらいたかった。
子どもの頃に消防車に乗った。
拍子木を叩いた。
消防団員と一緒に町を歩いた。
そんな記憶が一つでも残ればいい。
大人になった時に、
「そういえば、子どもの頃にやったな」
と思い出してもらえれば、それでいいと思っていた。
最初は、本当に小さな仲間だけだった
ちびっこ消防隊が終わると、その後には消防団の年末警戒がある。
寒い夜を地域内で巡回し、火災予防を呼びかける。
そして巡回が終われば、温かい豚汁を食べる。
今では当たり前のように見えるその形も、
最初から今のようだったわけではない。
豚汁を作り始めた頃は、
僕とりえ、しのぶちゃん、コズエちゃん。
そんな本当に小さな仲間で準備していた。
材料を用意し、
大きな鍋で豚汁を作り、
寒い中を回ってきた消防団員に食べてもらう。
最初は、それで始まった。

消防団だけでやるのは違うと思った
続けていくうちに、僕は考えるようになった。
「これ、消防団だけで全部やるんは違うんちゃうか」
消防団は地域を守る組織ではある。
でも、地域を守るのは消防団だけではない。
阿曽という地域そのものが、いろいろな場面でまとまっていく必要がある。
僕はそう思っていた。
そこで、豚汁づくりを、
阿曽の婦人会のおばちゃんたちにもお願いするようになった。
「年末警戒の時、豚汁を作ってもらえんやろか」
とお願いして、
みんなに出てきてもらうようになった。
材料代も地域から出してもらう形へ
最初の頃は、豚汁の材料代も消防団側で出していた。
それも阿曽区へ話をして、
地域の活動として、材料代を出してもらう形
へ変えていった。
金額そのものが大事だったわけではない。
僕が大事にしたかったのは、
「これは消防団だけの行事ではなく、阿曽の行事なんや」
という形にすることだった。
婦人会の人が豚汁を作る。
阿曽区がそれを支える。
子どもたちが町を歩く。
消防団が一緒に回る。
交通安全に関わる人たちにも協力してもらう。
少しずつ、関わる人を増やしていった。

阿曽がまとまっていかなあかん
僕の中には、ずっと一つの思いがあった。
阿曽が、いろいろなことでまとまっていかなあかん。
消防団は消防団。
婦人会は婦人会。
区は区。
交通安全は交通安全。
それぞれが別々で動くのではなく、
何か一つのことを一緒にすることで、つながりができる。
僕はそういう形を作りたかった。
ちびっこ消防隊という一つの行事を中心に、
子どもたちがいて、
消防団がいて、
婦人会がいて、
区がいて、
地域の安全を見守る人たちがいる。
これこそが、
僕が思っていた地域活動だった。
年末警戒の夜
ちびっこ消防隊が終われば、大人たちは年末警戒へ入る。
2017年も、12月28日から29日にかけて消防団が警戒にあたった。
消防詰所に集まり、
消防車で阿曽地区を巡回する。
年末の家々には明かりが灯っている。
正月の準備をしている家もある。
そんな町をゆっくり回り、
火災が起きないよう呼びかける。
消防団というと、
火事が起きた時に出動する姿が一番目立つ。
でも、本当は、
火事を起こさないために動くことも大切な仕事だった。

巡回のあとに食べる豚汁
巡回を終えると、詰所へ戻る。
そこで待っているのが、温かい豚汁だった。
冷えた体で食べる豚汁は、本当にうまい。
特別な料理ではない。
でも、あの寒い年末の夜に、
みんなで食べる豚汁は特別だった。
消防団員だけで作っていた頃から、
婦人会のおばちゃんたちが作ってくれるようになった。
その変化を見ていると、
ただ食事を用意してもらっているというより、
地域の人が消防団を一緒に支えてくれている
ように感じた。

自分がいなくても続く形にしたかった
僕がしたかったのは、
僕がいる間だけ盛り上がる行事ではなかった。
自分がいなくなっても続く形を作りたかった。
消防団員は変わる。
婦人会の人たちも変わる。
区の役員も変わる。
子どもたちも少なくなっていく。
だからこそ、
一人の人間だけに頼るのではなく、
地域のいろいろな人が関わる仕組みにしておきたかった。
そうすれば、
誰かが抜けても、
次の人へ引き継いでいけると思っていた。
でも、本当に伝わっていくんやろか
今になって思うこともある。
最初の頃を知っている人は、少しずつ少なくなっていく。
なぜ婦人会へ豚汁をお願いしたのか。
なぜ区に材料代をお願いしたのか。
なぜ交通安全の人たちにも協力してもらったのか。
その理由まで、
次の世代へ伝わっていくんやろか。
形だけが残って、
「毎年しとるから、今年もする」
になってしまうのは、少し寂しい。
僕が残したかったのは、
拍子木でも、
豚汁でも、
行事そのものでもなかった。
その向こうにある、
地域みんなで子どもを見守ること。
地域みんなで火災を防ぐこと。
そして、地域みんなが少しずつつながっていくこと。
それだった。

毎年続けるということ
あの頃、
ちびっこ消防隊も、
年末警戒も、
僕たちにとっては毎年恒例の行事だった。
でも今振り返ると、
毎年繰り返していたからこそ、
少しずつ人がつながっていったのだと思う。
最初は数人だった。
そこへ子どもたちが入り、
婦人会が入り、
区が入り、
地域のいろいろな人が入った。
一度に大きなことをしたわけではない。
毎年少しずつだった。
だからこそ、
あの冬の夜に響いていた、
カン、カンという拍子木の音を、
できるだけ長く残してほしいと思う。
子どもの数が少なくなっても。
消防団員が入れ替わっても。
人が変わっても。
「地域は、地域のみんなで守る」
という思いだけは、
次の世代へ引き継いでいってほしい。
それが僕が、
あの頃いろいろな人を巻き込みながら、
この行事を続けていた理由だったのだと思う。
