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「躾」とは、子供が自立するまでの「仮の支え」であり、「優しく正しい方向へ導く」ためのもの

 今日もご訪問頂きありがとうございます。

 昨日は、私が連載させて頂いている月刊私塾界のフォーラムで意気投合した「audiobook」の会長との会合で、本社にお邪魔しました。教育の原点でもある「聴く」について、話が弾み、同じ感覚や考え方、そこに哲学を感じられる方との会話は本当に楽しいですね。
 彼は、中高一貫の進学校で偏差値30台から、東大へ行ったという経歴の持ち主で、その教育理論には自らの体験が十分生かされています。

 人の成長発達は、よく花にたとえられます。桜に先駆けて咲く梅の花、寒さの中にも春を感じさせてくれます。そして、そこから遅れて桜が咲きます。それぞれの花には、それぞれが花を咲かせる時期があります。早い、遅いの差はありますが。

 今日のテーマは「しつけ」です。私は、この「しつけ」には、二通りの意味があると思っています。先ほどご紹介した「audiobook」の会長は、一念発起し、受験に向け必死に教科書などを音読し続けたそうです。その経験が「audiobook」のヒントになったそうです。

 一つ目の「しつけ」は、まさに「しつづける」「しつけ」です。続けることで得られるものは沢山あります。

 二つ目の「しつけ」は、「躾」と「仕付け」です。このことばの持つ深さ、そして、日本人の持つ繊細な心と表現、人を育てる、導く、そして、巣立つことの意味がここに込められているように思います。

 子どもの成長を見守る親の手は、まるで仕立ての途中で仮に縫われた「仕付け糸」のようです。見えないところで形を整え、心を支え、そして最後にはそっと外していく――。
 「仕付け」と「しつけ」には、同じ音だけでなく、深い心の通いがあるのです。

「仕付け糸」と「しつけ」は同じ心から生まれた言葉

 「仕付け糸」とは、洋服や着物を縫うときに形を整えるために使われる仮の糸。この「仕付け」から転じて、人の行いや心を整える「躾(しつけ)」という言葉が生まれました。

どちらも「形を整える」という共通の働きを持ち、
外から押さえつけるものではなく、中に“美しい形”を育てるという点で、深い親和性があります。

 子どもを「仕付け糸」で支えるように、子どもの成長を一枚の布にたとえてみましょう。まだ柔らかく、しなやかで、方向が定まらない布。
 そこに、親の「仕付け糸」が通されます。

ずれを防ぐ ― 正しい方向をそっと示す
仕付け糸が布のずれを防ぐように、親の言葉や態度は、子どもの心が大きくぶれないようにそっと支える役目を果たします。大切なのは「強く縫い付けない」こと。優しく仮止めするように、やさしく導くことです。

形を整える ― 習慣を通して美しさを育む
日々のあいさつや感謝の言葉、姿勢や食事の作法など。これらはすべて、子どもの“人としての形”を整える仕付けのようなものです。
 それは押し付けではなく、整える育て方です。

 目印をつける ― 生きる上でのガイドライン
 仕付け糸は、縫い線や折り線の目印になります。親の背中、日々の生き方が、子どもにとっての目印です。言葉よりも「姿」で教える――それが本当の“しつけ”かもしれません。

最後には外す ― 自立という完成の瞬間
 服が完成すると、仕付け糸は外されます。それは、「もう自分で形を保てるようになった」証。子どもが巣立つとき、親の“仕付け糸”も静かに外されます。それが、愛の手放し。しつけの最終章です。

「身に美しさを添える」ことばの意味

「躾」という漢字は、「身」に「美」と書きます。つまり、しつけとは体に美しさを添えること。それは行儀作法にとどまらず、人の中にある“美しい生き方”を身に宿らせることなのです。

仕付け糸のように、見えないところで支え、整え、
そして、時が来たら静かに外す――。
そんな「しつけ」こそが、子どもにとって本当の自由と自立をもたらします。

おわりに ― しつけは、見えない愛の縫い目

仕付け糸があるから、美しい服が仕上がります。しつけがあるから、子どもの心に美しさが宿ります。でもその糸は、やがて外れるもの。
外すとき、そこに残るのは“跡”ではなく、”温もり”です。

 仕付け糸のように、やさしく支え、やがてそっと手を離す。
 それが、親から子への最高のしつけなのかもしれません。

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