「まともな美容師になれん」と言われた話
「お前なんかどうせまともな美容師になれんから、早く辞めろ」
そう言われると、無言でサラサラっと紙に書いた。
そして、深々と頭を下げた。
時間はさかのぼる。
当時の僕はアシスタント。
「シャンプー係」というやつだ。
「修行時代は大変やなぁ」
美容師はそう思われがちですが、シャンプー係の時が、来てくれたお客さん全員と関われる一番楽しい時期。
こんな風に思う。
「いらっしゃいませー!」
「今日も元気そうやなー! あんたが居てるからここの店来てしまうわ」
「ありがとうございます! (あぅー、スタイリストの前でそれゆうのやめてくれー。)」
メガネ先輩の視線を感じる。
スタッフルームに呼び出された。
「お前、お客さんと喋りに来てるんか? 仕事しに来てるんか?」
「いえ、普通に仕事してますけど。どういう意味なんですか?」
「いちいち言いごたえするな。」
静かに眼鏡の奥の目に力が入る。
「質問に答えたつもりですが。仕事をしに来てますよ。」
「お前、もう喋るな。」
僕は人差し指と親指で丸を作り、「おっけー!」のポーズ。
そのまま仕事に戻った。
シャンプー待ちのお客さんに深々と頭を下げる。
「どうしたん? めっちゃ頭下げて、めっちゃニヤニヤしてるやん(笑)」
両手で「ちょっと待ってください!」のポーズをし、紙にサラサラっと書いた。
お客さんの肩をちょんちょん。
紙を差し出す。
『お前もう喋るな!って言われてもたッス!』
その紙を見せながら眼鏡先輩を指差す。
「あんた! 何やったらそんなこと言われるん!? めっちゃおもろいやん!」
ひそひそ話が、めちゃくちゃデカい(笑)。
もちろん冗談。そう思ったのだろう。
手でシャカシャカとシャンプーのポーズをし、シャンプー台へ案内する。
「あ、シャンプーな! その喋らんのいつまで続けるん?」
首を5センチ傾げ、「さぁ?」のポーズをした。
もちろん視線を感じていた。
営業時間が終わり、お待ちかねの時間だ。
「お前、なめてるやろ。」
紙にサラサラっと書いて見せた。
『なめてないから言うこと聞きましたよ。』
眼鏡先輩は黙った。
もう一度、紙に書く。
『なめてないから言うこと聞きましたよ♡』
「お前なんかどうせまともな美容師になれんから辞めろ!」
そう言われると、サラサラっと紙に書いた。
『喋るなと言われて言うこと聞いてみましたが、これがまともな美容師なんですか?』
それを眼鏡先輩の胸ポケットに入れた。
そして、深々と頭を下げた。
この人はいつも僕を困らせるようなことしか言わない。
そんな人に「まともな美容師になれん」と言われると、
「あ、もうこの先輩、僕に抜かれるって確信したんやな」
そう感じたからだ。
また別の日。
眼鏡先輩に「お前喋るな」と言われた。
「社長に確認したところ、喋るようにと指示がありました。社長の指示に従います。すみません。」
そう言うと、何も喋らなくなった。
あれから数年。
僕は自分の美容室を開業した。
「いらっしゃいませー! 髪型お決まりですか?」
「前の髪型、ショートボブにしたら子どもに『ママかわいい』って言われたし、今回おまかせにしてみようかな!」
「では夏も近いですし、モヒカンはいかがですか?」
「おまかせはやめとくわ。笑」
眼鏡先輩の
「まともな美容師になれん。」
それは見事に的中していた。
